2-05.記憶封じ
「確かに、街の人間には見せない方がよさそうだ。絵だと言ったところで、精巧すぎて疑う者もいるだろうから」
リラックも、写真を持って聞き回る案は却下した。
「だけど、魔法使いならそんなに問題にはならないだろ。他の魔法使い達にも見せて、手分けして捜した方がいいよな。あまり大勢でやると気付かれる恐れもあるけど、早くこの子を見付けないと」
見せる相手が魔法使いなら、驚くことはあっても、仕事を止めるようなことはしないはず。
「頼むわ、サンジュリアン。泥棒を怒らせる前に、ゆきちゃん見付けたい」
「ああ。これ、少しの間借りていいか?」
「うん。これくらい、なんぼでも」
サンジュリアンが生徒手帳を手に部屋を出て行こうとすると、ちょうど部屋の前に来てノックをしようとしていた魔法使いと鉢合わせした。
「リラック、サンジュリアン。今、道で倒れていた人が運び込まれたんだが」
「え?」
サンジュリアンは不思議そうな顔をして、リラックの方を見た。リラックも、不審そうな表情をしている。
「魔法使いの管轄ではないだろう。なぜ、医者へ連れて行かない?」
ここは魔法使いの館で、病院ではない。その人がどこで倒れていたにしろ、診るのは医者の仕事のはず。
ケガを治す癒やしの魔法はあるが、状況によって使うもの。いつでも、誰にでもかけるものではない。
「それが……たまたまそこに魔法使いが居合わせて、どうも記憶封じの魔法がかけられているらしい、とわかったんだ」
「記憶封じ?」
リラックは、その言葉に反応する。
「意識は? ケガはしているのか?」
「いや、ケガはないようだが、意識がどうもはっきりしない状態で」
「年は? 男か女か」
「少女だ。あ、そこにいる女の子と、同じ服を着ている」
「友希乃やっ」
彼女も制服だった。飛鳥と同じ服を着ている、というのなら間違いない。
「どこ? ゆきちゃん、どこにいんの」
若い魔法使いに殴り掛かるように、飛鳥は勢いこんで尋ねる。相手はその迫力に圧倒されていたが、どうにか答えた。
「と、とりあえず医務室へ」
聞いたと同時に、飛鳥は部屋を飛び出した。その後を、三樹利が追う。
「ちょっと待てや、飛鳥。場所、知ってんのか」
飛鳥が戻って来た。
「リラック、医務室ってどこ」
☆☆☆
飛鳥達が医務室へ駆け付けると、運び込まれたという少女はベッドの端に座ってぼーっとしていた。
少女は、間違いなく友希乃だ。
「ゆきちゃん!」
「友希乃!」
二人が駆け寄るが、友希乃は何の反応も示さない。
「ゆきちゃん、うちや、飛鳥や。わかるか?」
飛鳥が友希乃の手を取り、声をかけてもやはり反応はない。
「ゆきちゃん、しっかりしてぇな。ちゃんと返事して。何も言うてくれへんかったら数学のノート、貸さへんで」
友希乃にとっては脅し文句のはずだが、駄目だ。反応がない。
「友希乃、お前、何かされたんか」
兄の言葉にも、友希乃は肯定も否定もしない。焦点の合わない目で、宙を見詰めているだけだ。
飛鳥は、後から静かに入って来たリラックの方を向く。
「なぁ、どうなってんの? 何かおかしい魔法をかけられたんか」
リラックが友希乃に近付き、そっと手をかざす。その間も、友希乃は表情が変わらない。
「……確かに、記憶が封じられている。少し強引にされたらしい。だから、意識があるようでない状態なんだ」
「それって、魔法なんやろ。あんたらかって魔法使いなんやから、解くこともできるやろ」
三樹利に言われたリラックは、気まずそうな表情を浮かべる。
「やってできなくはないが……かなり時間がかかる」
「かかるって、どれくらい」
「やってみなければ、何とも。だが、恐らく月単位でかかる」
まるで見通しの立たない今でさえ、数ヶ月かかる。もし面倒な状態であれば、年単位でかかってしまいかねないのだ。
「はあっ? 何でそんなにかかんねん。かけた奴は、半日もかけんと友希乃をこんな風にしたんやろが」
三樹利が、思わず声を荒げた。
「ことは、記憶や精神に関わっている。無理に元の状態に戻そうとすれば、封じられただけにすぎない記憶が、今度は壊されかねないんだ」
そう言われては、三樹利もそれ以上の文句は言えない。無理をすれば、植物状態になってしまう、ということだ。そんなことにはなってほしくない。
「飛鳥」
呼ばれて振り向くと、ユニ・ブランが入って来たところだった。
「ユニ・ブラン……」
彼女の優しい緑の瞳を見ると、飛鳥は思わず泣きそうになった。
「うちの友達が」
「ええ、聞いたわ。その彼女、ケガはしていない? 調べるから、殿方はしばらく遠慮していただけるかしら」
ユニ・ブランの言葉に、三樹利やリラックは退出した。医務室のすぐ外にいたサンジュリアンやアロース・コルトンに、リラックが友希乃の状況を話す。
「くそっ」
三樹利は、石も何もない床を蹴飛ばした。
「いくら殺されんでよかったか知らんけど、あんな状態やったら半分死んでるも同じやないか。何も関係ないのに、あんなことしやがって」
殺されずに済んだ。それは喜ぶべきことだ。
しかし、ひどい魔法をかけられてしまった。それがいつかは解くことができると聞いても、悔しさが込み上げてくるのは止められない。
いくら口やかましい妹でも、三樹利にとってはたった一人の妹。大事な家族だ。
「見付けたら、絶対にどついたる……」
少し経って、医務室から飛鳥が出て来た。
「ケガはしてなかった。あの記憶封じとかの魔法だけ。それと……リラック、ゆきちゃんの手に、こんなんがあったんやけど」
飛鳥がリラックに渡したのは、銀色のイヤリングだった。
細い三日月を、縦に二つくっつけたような形をしている。見ようによっては、数字の3にも見えるデザインだ。
「シェルヴァンナでは見掛けない形だな」
横から覗いたサンジュリアンが言った。
「友希乃を連れてった奴は、この国の奴とは違う。そういうことか」
「断定はできないが、犯人を魔法使いと考えるなら、まず間違いないだろう。シェルヴァンナの魔法使いは、指輪をはめることはあっても、こういうものはあまり着けない」
魔法道具の一つとして身に着けることはあっても、普段から着ける魔法使いはこの国では見掛けない。
もちろん、個人の趣味もあるので、絶対にない、とは言い切れないが。
「着けてない奴が落とせへんわな。とにかく、これの持ち主が犯人やってことは確定になるやん」
「待てや、飛鳥。すぐに決め付けんな」
「何で? ゆきちゃんが持ってたんやで。立派な証拠やん」
「あいつが倒れた所にあったのを、たまたま持ってただけかも知れんやろ」
「けど、そんな確率って、低いんとちゃう?」
「ゼロでもないやろ。それにまさかと思うけど、盗聴器みたいなもんかも知れん。罠って可能性かて、ないとは言えんやろ」
「まぁ、待て。調べてみるから」
リラック達には「盗聴器」という物はわからないが、罠という言葉は放っておけない。
イヤリングに手をかざし、リラックが低く呪文を唱える。
「特に魔法はかかっていない。罠という点については、大丈夫だ」
その場にいた一同は、それを聞いて少しほっとする。
「こんな所で、何をしているんだ?」
別の声がして、飛鳥が振り向く。
「あー、グルナッシュやん。見掛けへんと思てたんや」
そこには、体格のいい魔法使いが立っていた。こういう事態が起きた時、リラック達と一緒にいることの多いグルナッシュだ。
「飛鳥? どうして……何があったんだ」
自力ではこの世界へ来ることができないはずの飛鳥がいるのを見て、グルナッシュは仲間の魔法使い達を見た。
「グルナッシュがいない間に、ごたごたがあったんだよ」
アロース・コルトンがかなり大雑把にまとめた。
「グルナッシュは今までどこ行ってたん? いつもみんなと一緒にいんのに」
「俺は、イルブーリングへ行ってたんだ。それで、ごたごたって何だよ。飛鳥が関わったからなのか?」
「どういう意味やな」
飛鳥はふくれたが、飛鳥が前にここへ来た時、どんな行動をしたのか。
グルナッシュの言葉で、三樹利は何となくわかった気がした。





