2-02.再会
飛鳥から「このタンスから前世の知り合いの魔法使いが現れて、どうのこうの」という話は聞いた。でも、それはあくまでも「夢」のはずだ。
それなのに、どうして現実にこうやってタンスから人が現れるのだ?
三樹利は、頭の中が混乱していた。今起きたことは現実なのか、と。
一方、飛鳥は飛鳥でショックを受けていた。
タンスから人が現れるのは、これが初めてではないから、とりあえずそのことはいい。
でも、どうして友希乃を「さらって」行くのだろう。
友希乃も実は飛鳥と同じように、前世であの世界に関わりがあったのだろうか。
いや、仮にあったとしても、それが「さらわれる」という理由にはならないはずだ。
あの男は、誰なのだろう。
あんな黒づくめの男は、見たことがない。知っている誰かが、ああいう変装をしている、というのでもない。何をしに、こちらの世界へ来たのだろう。
三樹利に「何であんな男が」と尋ねられても、飛鳥にだってわからない。
「これ、飛鳥の夢の中か? 俺、映画の見過ぎなんやろか」
三樹利や飛鳥が所属しているのは「映画研究会」だ。映画をたくさん観て感想を言い合ったり、自分達で短編映画を作ったりすることもある。
普通の世界から、いきなり自分の周りが異常な世界になってゆく、というパターンの映画はたくさんあった。ゲームやアニメなどでも、よくある設定だ。
それが頭に残っていて、夢を見ているのでは、と思ってしまう三樹利の気持ちも、飛鳥はわからないではなかった。
自分だって、タンスから人が現れたことより、友希乃が連れて行かれたのは夢ではないか、と思いたい。
「言うても信じてもらえへんやろから言わへんかったけど、あの話は現実のことなんや」
「あの話って……夢の話のことか?」
信じられない、という顔をする三樹利。それはそうだろう。普通なら、何をくだらないことを、と笑うところだ。
しかし、たった今、自分の妹がタンスの中へ消えてしまった事実は、どうしたって消えない。
短時間で少ない会話しかしていないが、友希乃は確かにここへ来ていたのだ。
「うん。うち、ほんまに前世は魔法使いで、タンスの向こうの世界に住んでたらしいわ」
「そしたら、さっきの奴、知ってんのか?」
「知らん。前に向こうの世界へ行った時は、あんな人見ぃひんかった」
別世界であるここへ来たのだから、恐らくは魔法使いだろう。だが、飛鳥が知っている魔法使いではなかった。
飛鳥が知っている魔法使いなら、あちらも逃げることはない。それに何よりも、友希乃をさらうなど、絶対にしないはずだ。
「魔法使いやったら、このタンスどうにかしてくれや。このままやったら、友希乃が消えたままやんけ」
「ちょっと、待ってぇな。魔法が使えたんは、前世での話や。まぁ、シェルヴァンナへ行ったら使えたけど。こっちではあくまでも、普通の人間やから」
魔法が使えるなら、飛鳥は自分の力でシェルヴァンナへ行き来している。
それができないから、戻って来る時サンジュリアンに「また呼んでくれる?」と言うしかできなかったのだ。
「とりあえず、呼んでみる。緊急事態やもん、声が届くかも知れへんし」
飛鳥は、三樹利が開けたタンスの扉を一旦閉めた。開けたままでは、また道がつながった時に「開けるべき扉」がなくなってしまうから、と考えたのだ。
「サンジュリアン! 緊急事態発生や。そっちに用がなくても、こっちにあるんや。今すぐ迎えに来てっ」
事情を知らない人が見れば、飛鳥は単にタンスに向かって怒鳴っているだけにすぎない。実際、三樹利にもそうとしか見えなかった。
でも、飛鳥は真剣だ。とにかく、ここにもう一度道を通してもらわなければ、どこへも行きようがないのだから。
「聞こえたやろか。……あー、もうっ。こういう時のために、何か合図でも考えといたらよかった」
まさかこういうことが起こるとは、誰も想像していない。
「タンス蹴飛ばしたら、わかるやろか」
「その魔法使いの神経と、タンスがつながってるんやったらな」
タンスを蹴飛ばしても、飛鳥の足が痛いだけだろう。
「うー、どうしよ。だいたい、ゆきちゃんがシェルヴァンナの誰かに連れて行かれたんかどうか、それもわからへんもんな」
「その世界以外の奴がやった可能性もあるんか?」
「わからんけど……もしかして前々世と関係してるとか」
「前々世は、仙人でもやってたんか」
「女神かも知れへんで……って、ちゃう! こんな冗談、言うてる場合やないんや」
そんなことを言っていると、またタンスから音が聞こえた。飛鳥と三樹利は、顔を見合わせる。
と、いきなり扉が開いた。
「飛鳥、無事かっ」
薄茶の髪をした青年が、怒鳴りながら現れた。その声と姿は、間違いなくサンジュリアンだ。
「サンジュリアン! うちの声、聞こえたんか」
呼んでからしばらくして、待ち人が現れた。本当に来てもらえるなんて、ありがたい。怒鳴った甲斐があった。
「……え? 飛鳥、お前、何もなかったか?」
「うちは何もない。けど、うちの友達が、いきなり出て来た黒づくめの男に連れて行かれてしもたんや」
「やっぱり、ここへ来てたんだな」
「知ってんのか。そいつ、誰やねん」
サンジュリアンの言葉を聞いて、三樹利が詰め寄る。言われて初めて、サンジュリアンは三樹利の存在に気付いた。
「あんたは……?」
「その変な男に連れて行かれた子の兄や。そいつのこと、知ってんのか」
「いや、まだはっきりとはわかってない」
「ほんなら、何でここへ出て来たんや。そいつのことがわかってたから、来たんとちゃうんか」
「だから……話せば長くなる」
「サンジュリアン、話は後で聞く。とにかく、シェルヴァンナへ連れて行って。みーやんも来て。ほら」
出て来たサンジュリアンをタンスへ押し戻し、三樹利の腕を引っ張って飛鳥もタンスの中へ飛び込んだ。
☆☆☆
前に来た時は、サンジュリアンが魔法を行う時に使っていた家に出た。
今回は、違う場所へ出ている。石造りの、広い部屋だ。魔方陣も、床にしっかりはっきり描かれている。
「ここ、どこなん?」
見覚えのない場所だ。
「魔法使いの館。魔法使いのための建物だ」
「そんなん、前からあった?」
「一年前に造られたんだ」
前世の飛鳥、つまりトゥレーヌが亡くなってから建てられた建物だ。なので、飛鳥に覚えがないのも当然だった。
館という表現ではあるが居住スペースではなく、新人魔法使いが修行するための部屋や会議をするための部屋がある。
ここは特殊な魔法を習得するための、練習場所みたいなものらしい。多少の失敗をしても問題がないよう、造られている。
「この館に、侵入者があったんだ」
サンジュリアンは、飛鳥の部屋へ出たいきさつをかいつまんで話した。
この館には、魔法道具が置かれた部屋がある。そこに泥棒が入ったのだ。
逃げようとしていた時に発見され、泥棒はあらかじめ用意していたらしい魔方陣で姿を消した。
すぐに追跡することになったのだが、どうやら慌てていたらしく、別の世界へ道がつながってしまった。
それが、飛鳥のいる世界だったのである。
そのことがわかったサンジュリアンは、その泥棒が飛鳥の前に現れ、目撃者として何かしでかさないか、とすぐに改めて道をつなげたのだ。
「本当なら、ちゃんとした逃げ道を通るはずだったんだろうが、慌てたせいで力が微妙に狂ったんだ。前に俺が道を開いていたせいもあって、通りやすかったんだと思う。だから、つながったんだ」
「そっか。あの黒づくめも、来る気はなかったんやな」
男もきっと、おかしな場所へ出た、と思って驚いていたに違いない。
あの時、わずかにためらいがあった。すぐに逃げてしまえばよかったのだが、追われている、という意識があったために、もしもの時の人質を手に入れようと考えたのだ。
「こんな所へ盗みに入るゆうことは、そいつも魔法使いなんか?」
「まだわからないが、魔方陣を使っていたことを考えれば、まず間違いない」
「魔法使いが集まるような所やのに、よぉ盗みに入るような大胆なことしよるな」
「……それが穴だったんだ」





