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タンスから現れたのは前世で幼なじみだった魔法使いでした  作者: 碧衣 奈美
第二話 怠惰な魔法使い

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2-01.黒ずくめの男

 ジュースの入ったグラスをトレイに二つのせて、飛鳥は部屋へ入った。

「おまた~」

 トレイを部屋の中央にある小さなテーブルに置き、一つを相手の前へ差し出す。

「ありがと。飛鳥、あれが話してた魔法使いの出て来たってタンスか?」

 三樹利(みきとし)がタンスを指差す。

「うん。一応、あのタンス……ゆうことになってる」

 飛鳥は、ストローを口にくわえて答えた。

 ほんまに出て来たんや言うても、絶対に信じひんやろ。

 心の中で、そう付け加える。

 風見飛鳥はほんの一週間程前、前世の自分が住んでいたという世界の人間に出会ったのだ。

 初めは、もちろん驚いた。しかし、なりゆきで行ったシェルヴァンナという世界も、現れたサンジュリアンという魔法使いのことも、どことなく覚えがある。明確な記憶こそなかったが、妙になじんだのだ。

 なので、飛鳥は素直にその状況を信じた。信じたと言うより、それが事実だと思えたのだ。

 前世の飛鳥は魔法使いだった、という話を友人達から聞いたり、その時に起こっていた事件に首を突っ込んで本当に魔法が使えたり、と色々なことがあった。

 何やかんやで大変ではあったが、楽しい時間と経験。

 でも、自分の今いる世界でこんなことを誰かに話しても、作り話としか思ってくれないだろう。

 ここは、科学が発達した世界。空の上では、宇宙ステーションが飛び回っている。魔法というのは、物語やゲームの中でしか存在しないものなのだから。

 それで、飛鳥は「夢で見た」ということにして、話したのである。

 そんな無理をしてまで話す必要は全くないのだが、あんな経験をしたのに黙っているのももったいないような気がしたから。

 何のことはない。あんな奇想天外な話を、とにかく誰かにしゃべりたかったのだ。

 うち、前世は魔法使いやってん。

 普通に話せばバカにされかねない話でも、夢のことだと言えば「おもろい夢見たなぁ」と言われて終わるだけ。

 本当だということは、自分だけがわかっていればいいことだ。他人に全部信じてほしいとは、飛鳥も思わない。

 今、一緒にいる安藤三樹利も、その話を聞いた一人だ。

 彼は飛鳥と同じ高校で、クラブの先輩。三年なので、クラブに出ることは少なくなってきたのだが、個人的にはよく会う。

 つまり、三樹利は飛鳥の彼氏だ。

「狭い所から出て来よったんやな」

「けど、ナルニア物語でも、やっぱりタンスから別世界のナルニアへ行くんやで」

 とある物語では、小さな女の子がタンスを開けるとそこは雪国だった、ということになっている。

 シェルヴァンナは雪国でも、魔女が支配している世界でもなかったが、タンスから別世界へ行った、という部分は同じだ。

「タンスの大きさがちゃうぞ。ああいう所は、土地が広いし家も広いやろ。家庭にもよるやろけど、家具もそれなりのもんや。扉一つにしたって、日本のちゃちいタンスとは大きさがちゃうやろ」

 確かに、あの物語に出て来る洋服ダンスは、日本の小さな六畳間には似合わないような大きさだろう。現物は知らないが、たぶん。

「けど、出てきんたやから、ええやん。入って入れんでもないんやし」

「まぁな」

 そんな話をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

 飛鳥が出ると、そこには同級生の友希乃(ゆきの)が立っていた。

「あれ、ゆきちゃん。どしたん?」

「飛鳥、数学のノート貸して。明日、順番から言うても絶対にあたしが当たるやん。もうお手上げやねん。帰るまでに飛鳥に頼もうと思てて、言うの忘れてしもたから。慌てて来たんや」

 飛鳥達のクラスを受け持つ数学の先生は、必ず宿題を出すという、数学嫌いの生徒の敵である。

 次の時間に答え合わせを順にさせるのだが、飛鳥はこの前当たったので次の時間は当たらない。友希乃は問題の数と席順から言っても、確実に当てられる。

 だが、彼女は飛鳥以上に数学が苦手だ。ついでに言えば、当てられる時に限って間違えた答えを出してしまう。授業あるあるだ。

 先生は「次の時間は誰から当てる」というのをノートにしっかりチェックしているので、先生の気紛れで別の人から、という期待はできない。

「何や、電話かメールくれたら、みーやんに持って帰ってもらったのに」

「え、(にい)ちゃん、来てるん?」

「うん。せっかく来たんやから、ゆきちゃんもあがり」

「お邪魔しますー」

 飛鳥に言われ、友希乃も遠慮なく上がり込んだ。

「何や、友希乃か」

 部屋へ入って来た友希乃を見て、三樹利が言った。

「何やて、何や」

 この二人は、兄妹だ。飛鳥はそれを知らずに三樹利と付き合い出したのだが、しばらくしてから自分の彼がクラスメートの兄だと判明したのである。

「親の留守中、彼女の家に上がり込んで。どうするつもりやったんや」

「あほか、お前は。俺が来てから、買い(もん)に行かはったんや」

「ほんまか、飛鳥? 無理して合わせんでええんやで」

 兄の言葉を聞き、友希乃が飛鳥の方を向く。

「してへんって。もう夕方やもん、主婦が買い物に出てもおかしない時間やろ」

「それもそうやな。飛鳥、もしうちの兄ちゃんに悪いことされたら、ちゃんと言うんやで。あたしがしっかりとっちめたるし」

「はは……。その時は頼むわ」

 友希乃は兄の三樹利よりも、飛鳥の味方をしてくれる。ブラコンの妹でなくてよかった、とつくづく思う飛鳥だった。

「ちょっと待ってて。ゆきちゃんのジュースも持ってくるわ」

「あ、おおきに。ごめんな」

 飛鳥が新しくジュースを持って来るべく、部屋から出ようとした時。

 部屋のどこかで、がたがたという大きな音がした。

「え……?」

 飛鳥は驚いて振り返り、二人もどこから今の音がしたのか見回している。

 今の音は……。

 飛鳥はふと予感めいたものを感じ、無意識にタンスの方を見る。

 同時に、タンスの扉がいきなり開いた。その直後に、中から誰かが飛び出して来る。

 その人物は、着ている物が上から下まで黒で統一されていた。まるで、闇に紛れて泥棒をしようか、というような格好だ。

 右の耳にだけ、銀色のイヤリングがついているのが目に入る。その耳たぶの横に、黒いほくろ。

 サンジュリアンとちゃう。誰や、これ。

 前に行った世界で会った人達の、誰とも違う。目元だけをマスクで隠し、その表情ははっきりしない。

 だが、あの世界で会った人の中に、この人物はいなかった、と飛鳥は断言できる。

 それに、その人物を見ても、名前が浮かばない。

 前にいきなり現れたサンジュリアンを見た時、すぐに彼の名前が頭によみがえった。他の誰にしたって、そうだった。

 なのに、この人物はわからない。過去に知っている誰かでも、現在出会った誰かでもない。

 フィットする服を着た侵入者は、ややぽっちゃり体型。だが、男なのは間違いない。

 口元には、うっすらとほうれい線。肌つやから見ても、中年にさしかかっているくらいの年齢。

 少し腰をかがめているので身長はわからないが、そんなに高くはないだろう。

「誰や、お前っ」

 飛鳥が言うより早く、三樹利が侵入者に怒鳴った。

 普通に過ごしていればまず遭遇することのない状況に、三樹利も一瞬戸惑ってはいたが、明らかな不審者をただ眺めている訳にはいかない。

 三樹利の声で、それまで周りを観察するようにきょろきょろしていた黒づくめの人物は、はっと我に返った様子になる。

 わずかにちゅうちょした後、近くにいた友希乃の腕をいきなり掴んだ。

「いやぁっ、何すんのっ」

 友希乃の悲鳴を無視し、男は彼女を連れて再びタンスの中へ戻る。入ってしまうと、扉は勝手に閉じてしまった。

「おい、待て。どこへ連れて行くんやっ」

 三樹利が追い掛け、タンスの扉を開けるが、そこには飛鳥の服が吊り下がっているだけ。どこにも友希乃の姿はない。黒ずくめの男も。

「なっ……どういうことやねん、これ」

 三樹利は服をかきわけ、奥の方まで探してみるが、人の姿はどこにもなかった。

 そもそも、ここに大人が二人も入れるようなスペースはない。隠れるなんて無理だ。

「飛鳥、このタンスが別世界へ通じるんは、夢とちゃうんか。何でタンスから、あんな男が出てくんねん」

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