1-31.またね
だが、飛鳥は無理矢理について来た。困ると思った反面、嬉しくもあり。
昔と変わらない。思わずため息をつきたくなるようなことを言ったり、行動したりするところなんかは特に。
だから、サンジュリアンはついつい昔と同じように、少しひねくれたような口調になってしまう。彼女もすぐに突っ掛かってきて。
そんな飛鳥を見ていると、複雑になってしまう。
あまりにも、トゥレーヌを間近に感じてしまって。
しかし、同じであっても。たとえ、間違いなく彼女がトゥレーヌの生まれ変わりであっても。
今は飛鳥という、違う人間。
トゥレーヌはあの日、ペガサスが言ったように、風になったのだ。
「もう来られへんのかな」
飛鳥が小さくつぶやく。
「あっちの世界じゃ、魔法は使えないんだろ」
「そういう所とちゃうしな。使えたとしても、誰かに見られたら大騒ぎになってしまうわ。そやから、自分ではシェルヴァンナに来られへんな」
来られないということは、彼らと会えない、ということになる。
「なぁ、サンジュリアン。また来たい」
「何だって?」
飛鳥の言葉に、サンジュリアンは面食らう。
「もっぺん、シェルヴァンナに来たいねん」
「……お前なぁ、簡単に言うなよ。疲れるんだぜ、この魔法は」
「けど、見付けるまでずっとやってくれてたんやろ」
「……。誰に聞いたんだよ」
「ユニ・ブランからや」
「余計なことを……」
ユニ・ブランだけではない。
サンジュリアンは密かに何度も、異世界への道をつなげる魔法を行っていた。そのことは、実は他の魔法使い達も知っている。
だから、彼女が言わなくても、そのうち誰かが言ったかも知れない。
「次は邪魔せんし」
「されてたまるか」
小さくため息をつく。
邪魔されたことより、危ない目に遭いかけるのを目の当たりにさせられることの方が、ずっといやだ。今回のことで、何度寿命が縮みそうになっただろう。
「事件が起きてから呼ぶんやなかったら、邪魔にもならんやろ」
「そりゃ……まぁ、な」
「ほんなら、また呼んでぇや」
「約束はできないぜ」
「トゥレーヌの時は、こうして約束守ってくれてるやん。うちとは、約束できひんの?」
「う、うるさいな。俺は別に、約束した訳じゃない」
厳密には、会いたくなったら来てね、と言われただけだ。
「それでも、来てくれたやんか。一回来られたんやから、もう次はなんぼでも来られるやろ」
「あっさり言ってくれる奴だな、全く……」
心のどこかで「飛鳥にここにいてほしい」と願う気持ちが、サンジュリアンの中にあった。
誰にも言えない。まして、飛鳥になんて絶対に言えないが、確かに彼の中でそんな想いがあった。
でも、飛鳥はもう「トゥレーヌ」ではない。シェルヴァンナの人間ではないのだ。ここに縛り付けてはいけない少女。
彼女は新しい生を得て、別の人生を歩んでいる。次元が作用してトゥレーヌだった時と同じ年齢で彼の前に現れていても、この少女は「飛鳥」だ。
彼女は「サンジュリアンが愛した少女」ではない。
「それじゃ、暇になったら呼んでやるよ。これでいいだろ?」
「んー、ちょっと頼りないけど、それでいいわ」
そんなことを話していると、グルナッシュやユニ・ブラン達がこちらへ来るのが見えた。
「お、間に合ったな。サンジュリアンがもう無理に帰しちまったかと思ってた」
「まだちゃんと挨拶してへんのに、帰るかいな」
無理に帰らされそうになったら、きっと逃げていた。
「残念ね。あなたが帰ったら、静かになるわ」
ユニ・ブランは本当に残念そうだが、飛鳥がとんでもなく騒がしかったようにも聞こえる。考えすぎだろうか。
「元気に生きてるってわかったんだから、それでいいよな」
グルナッシュが笑う。
「前と同じように、元気すぎるが」
本人にそんなつもりはないのだろうが、リラックの突っ込みにアロース・コルトンが横を向いて吹き出す。
「サンジュリアンに約束してもろたん。また呼んでくれるって」
「へー、また迎えに行くの? サンジュリアン」
ナーチェが、サンジュリアンの脇をこづいてからかった。からかわれた方は、赤くなって咳払いをする。
「けど、帰ってここの話をしても、誰も信じてくれへんやろな。マンガの見すぎや言うて、バカにされるわ。みーやんも、さすがにほんまのことやとは思わへんやろな」
「みーやん?」
「あ、うちの彼氏」
「ええっ?」
飛鳥のセリフに、みんなの目が丸くなった。
「飛鳥、あなた……恋人がいるの?」
ユニ・ブランの言葉に、飛鳥は大きくうなずいた。
「いるで。学校の二つ上の先輩や。付き合い出したんは、つい最近やけど」
衝撃の事実に、誰もがサンジュリアンの方を盗み見る。
「向こうの世界には、すっげぇ物好きがいるんだな」
動揺を押し隠し、サンジュリアンは軽口をたたく。
「……サンジュリアン、また足踏んでええか」
「俺は素直な感想を述べただけだ。そいつ、飛鳥と一緒にいて毎日が大変だろうな。ああ言えばこう言う。するなと言われることを全部する」
飛鳥はサンジュリアンの足を、遠慮なく思いっ切り踏んづけ……ようとして、逃げられた。
「リラック、魔法使いの責任者やろ。サンジュリアンの性格、もうちょっと真っ直ぐにしといて」
「確かに、魔法使いの責任者ではあるが、性格の矯正は専門外だ。もっとも、やるとしても難しいだろうが」
「あ、そら納得するわ」
「お前に人のことが言えるかよ」
サンジュリアンが、飛鳥の頭を軽くこづく。
「さぁ、道を開くから準備しろ」
「ん。ほな、みんな、元気で」
サンジュリアンが呪文を唱え、魔方陣が光り出す。
「飛鳥も元気でねっ」
ナーチェが泣きそうな表情で、それでも元気な声で飛鳥を見送る。
飛鳥とサンジュリアンの姿が魔方陣の光の中に包まれ、魔法使い達の姿が見えなくなる。
最後にユニ・ブランが手を振っているシルエットが、かろうじてわかった。
かしゃっ、と聞き慣れた音が耳に入る。飛鳥の洋服ダンスが開く時の音だ。
そう思った途端、自分の部屋の光景が目に飛び込んで来た。
「やっぱり、タンスから出るんか」
先に、飛鳥がタンスの外へ出た。
「さっきと同じ時間と場所で設定したからな」
「同じ時間? そしたら、シェルヴァンナへ行く前のうちがいるはずやんか」
「そこまで正確じゃない。わずかにずらしてある。シェルヴァンナへ行った直後辺りだ」
見ると、サンジュリアンがタンスの中へ戻ろうとした時に彼を追い掛ける際、飛鳥が放り出したふとんたたきが落ちている。
「よかったぁ。そしたら、家出少女扱いにはならんわな」
「ああ、大丈夫だ」
とりあえず、おかしな言い訳をしなくて済みそうだ。
「じゃあな」
短く別れの言葉を残し、サンジュリアンはさっさと背を向ける。その背を、飛鳥の声が引き止めた。
「あ、サンジュリアン。約束、忘れんといてや」
「……わかってるよ」
サンジュリアンが笑い、それからタンスの中へ、シェルヴァンナへ続く道へ戻る。
「サンジュリアン」
また名前を呼ばれ、サンジュリアンは振り返る。
「何だよ、まだ何かあるのか」
「またね」
彼女はこの言葉にどんな意味が込められているのか、知っているのだろうか。
あの時も、今も、知っていて使っているのだろうか。
しばらくサンジュリアンは飛鳥の顔を見ていたが、小さくうなずく。
「ああ。それじゃ」
シェルヴァンナへ戻って行く彼を掴まえて、もう一度一緒に行きたい気もする。あの懐かしい人達と、もっとゆっくり話をしたい。
でも、飛鳥はその場から動かなかった。じっとサンジュリアンの背中を見守るだけ。
光る道の奥にサンジュリアンの姿が消え、扉が勝手に閉まった。
飛鳥はそれを黙って眺めていたが、そっとタンスを開けてみる。
そこにはいつもと変わらず、飛鳥の服が吊り下げられている。光る道は、どこにもなかった。これはもう、普通のタンスだ。
もしかしたら、長い夢を見ていたのかも知れない。
そんな気さえしたが、飛鳥のひざの傷が夢ではないことを教えていた。
シェルヴァンナで魔物に追われ、転んでできた傷。ちゃんと治してもらう暇もなかった。
「トゥレーヌ、か。ま、うちはうちや。誰でもないわ」
飛鳥はタンスの扉を閉めた。
そのすぐ後に、玄関のチャイムが鳴る。どうやら、両親が買い物から戻って来たらしい。
「もう。自分で鍵持って出てるくせに」
飛鳥は仕方なく玄関の鍵をあけに、階段を降りて行った。





