1-30.会いたかったから
「けど、手助けに来たんか、邪魔しに来たんか、わからんな」
最終的には手助けできたようなものだからよかったものの、それがなければ邪魔以外のことをしていない気がする。
「本当によくわかんねぇよ、俺も。てっきり魔力がないんだと思ってたら、あんなとんでもない風を出すしな。風の魔獣だって」
「あれは、さっきも言うたやん。ミュスカデルは通り掛かっただけやって」
「本気でそう思ってるのか?」
サンジュリアンの言葉に、飛鳥は首をかしげた。
「ちゃうの?」
「半分はそうかも知れない。でも、ただ通りすがりなだけで、わざわざお前の前まで来ると思うか? 相手は人間じゃなくて、魔獣だぜ」
「ほな、ミュスカデルはわざわざうちの前に来てくれたん?」
「俺達はそう思ってる。トゥレーヌはあいつを従えたかも知れないが、飛鳥はしてない。なのに、ああして乗せてくれたってのは、本当にすごいことなんだぜ」
飛鳥にすれば、えらく簡単に乗せてくれたように思うが、魔法使い達から見れば実はとんでもないことだったらしい。
ミュスカデルは性格がいいんだか悪いんだか、今更ながらわからなくなる。やはり単なる気紛れだっただけ……なのだろうか。
ありえる。風は気紛れなものだ。
「うちって、好かれてたんやなー」
「……気楽な奴」
飛鳥の言葉に、サンジュリアンはあきれるしかない。
やがて、魔方陣が仕上がった。
後はサンジュリアンが呪文を唱え、飛鳥を元の世界へ戻すだけ。
「サンジュリアン」
「何だ」
「うち、自分が死んだ時のことは覚えてないけど」
急にそんなことを言い出され、サンジュリアンは飛鳥から視線をそらす。
「……そんなこと、覚えてない方がいいだろ」
眠るように……というのならまだしも、魔物に襲われて大ケガの末に、という最期なんて記憶は、ない方が絶対にいい。
「まぁ、それはそやねんけど。昨夜気絶する前に、うちが死ぬ時と同じこと言うたって、サンジュリアン言うてたやろ」
一瞬、サンジュリアンの動きが止まった……ように見えた。
「うちって、つくづく変わってないんやと思うわ。で、今のうちが昔の自分について考えて、思たんやけど。やっぱりうちは、こうしてみんなにまた会いたかったから、生まれ変わる話をしたんやわ」
「それは、リラックも言ってただろ。この世界から断ち切られるのがいやだったんだろうって」
「うん。ここにいたら、心地いい。トゥレーヌとしての自分は、もういっぺんここへ戻って来たかったんやろと思うわ」
本当なら、もう少し長く生きて、みんなと一緒にいられただろう。自分の好きな人達と笑いながら、歳を重ねて。
もちろん、健康であっても実際に長生きできていたかはわからない。
でも、自分の命が長くないとわかった時、もっとみんなと一緒にいたい、と思ったはず。
「たぶん、サンジュリアンやったら、連れて来てくれるやろと思たんやわ」
「……何が言いたいんだよ」
魔方陣を描いた杖を握り、サンジュリアンは飛鳥の顔を見詰める。
「連れて来てくれて、おおきに。それが言いたかったん」
わずかにサンジュリアンの顔色が変わる。夕焼けのせいだけではなく。
「な、何だよ、急に改まって」
「ここへ来てから、サンジュリアンとはずっと口ゲンカばっかりしてたやろ。ちゃんと言うとかな、帰ってから寝られへんやん」
「お前、そればっかだな。気になると寝られなくなるような、繊細な性格なのか?」
「ううん、単なる口ぐせなだけ。横になったら、すぐ眠ってしまうわ。生まれてこの方、寝不足になったことないもん」
ともすれば、やけに真面目になりかけた空気が、飛鳥の笑い声で吹き飛んだ。
「それに、早めに来てくれてよかったわ。今回は、みんなの顔を見たら名前が浮かんでくれて助かったけど。みんなが老けてたら、顔見てもわからへんやん」
「その場合は、お互い様だろ」
「そうかな。サンジュリアンは中年になったうちを想像しながら、魔法を使う?」
「え? それは……」
おばさんになったトゥレーヌなんて、少なくとも今はサンジュリアンの頭に浮かばない。
そう言われれば、確かに十六歳だった彼女を思い浮かべながら、魔方陣を描いていた。
「なあなあ。うちの名前の飛鳥ってどういう意味か、わかる?」
ふいに飛鳥が、そんなことを尋ねる。
「さぁ。何か特別な意味でもあるのか」
言葉は通じる。だが、飛鳥の使う言葉は意味のわからないものが時々出て来るので、サンジュリアンは今までも何度か首をひねっていたのだ。
「特別って言えるもんかは知らんけど。漢字で……えーと、うちらの使う文字で、飛ぶ鳥って書くねん。風に近い名前や思わへん?」
「へえ……そうだな」
「しかも、名字は風見やで。今のうちも、やっぱり空とか風に関係してるんやわ。飛行機とかジェットコースターとか、バンジージャンプも好きやし」
「……何が好きだって?」
シェルヴァンナにないものを言っても、サンジュリアンにはよくわからない。
「んーと、風を切って動く乗り物とか、高い所から降りたりする遊びのことや。大嫌いって言う人もいるけど、うちは風が感じられて好きやねん。ミュスカデルに乗った時は、最高やったわ。ジェットコースターとペガサスを一緒にしたらあかんやろけど」
性格というものは、生まれ変わってもそのままなのか。彼女だけがそうなのだろうか。
ここにいるのが「以前はトゥレーヌだった少女」とわかるだけに、サンジュリアンの心は複雑になる。
トゥレーヌは、確かに死んだ。自分の目の前で。
そして、またここに生きている。
彼女を迎えに行ったのは、誰でもない、この自分。目の前から消えてしまったトゥレーヌに、どうしても会いたかったから。
魔法使いであろうとなかろうと、最初はそんなことはどうでもよかった。
彼女が彼女でありさえすれば。
トゥレーヌが別世界で生まれ変わるらしい、という話は彼女を知る人達にもしていたが、別世界へ行く魔法を使うのは自分一人だけで行っていた。
しかし、全て失敗に終わる。
なかなか道が通じなかったり、うまく通じても場所が違ったりして、会えずじまいで戻って来たことは数え切れない。
元々、難度の高い魔法だから、すぐにはできないだろうとは思っていたが、考えていた以上に難しかった。
今回の事件が起こり、みんなが原因究明に走り回っていた時。
魔法使いが一人でも多くいれば、少しでも早く問題が片付くかも知れない。成功するかはわからないけれど、トゥレーヌのいる所へ道をつなげる魔法をやってみる。
サンジュリアンは、他の魔法使い達にそう言った。
実際、彼女は年齢も低く、経験も浅かったが、その実力は誰もが認めるものだったから。
話を聞いて「そんな不確定な魔法を行ってないで、原因を探る方に専念しろ」と言う魔法使いもいた。
そう言われるのも、当然だろう。自分が逆の立場なら、そんなことをしている時間なんてない、と言いそうだ。
だが、別の魔法使いが「人手がほしいのは間違いないから、一度だけでも試してみては」と言ってくれたので、サンジュリアンは急いで魔方陣を描いたのだ。
彼女がここにいれば、今回の件に対してどんな魔法を使うだろう。何を言い出すだろう。
また魔法を使う彼女の姿が見てみたい、と思った。それは確かだ。
しかし、それはあくまでも、建前でしかない。
わざわざ別世界に生きる飛鳥を、トゥレーヌを見付け出そうとしたのは、ひとえに彼女に会いたかったから。
トゥレーヌに会いたかったから。
でも、最初に『再会』した時、彼女はサンジュリアンのことがわからなかった。
後で「名前はすぐに浮かんだ」と言っていたが、覚えがなかったには違いない。サンジュリアンを見て「誰だ」とはっきり尋ねていたのだから。
魔力も、彼女からはまるで感じられなかった。
会いたいと思い、シェルヴァンナへ連れて行こうと思っていたサンジュリアンは落胆し、すぐにあきらめた。
力のない彼女を今のシェルヴァンナへ連れて行っても、危険にさらすだけだ。そんなことは絶対にしたくなかった。
あんな場面は、二度と見たくない。
目の前で息を引き取る姿など。





