1-29.魂が解放され
勢い余って、飛鳥は思いっ切り音をたてて広間の扉を開けてしまった。
「飛鳥っ! あなた、どこへ行ってたの。まさかまた」
扉のすぐそばにいたユニ・ブランがその音に気付き、飛鳥の所へ駆け寄る。
「ユニ・ブラン、それどころやないって。ほら、魔物の玉、取り返したんや」
叱られる前に、魔物の持っていた赤い玉を差し出す。
「これがそうなの? でも、どうして飛鳥が……まさか、あなた一人で取り戻したんじゃ」
「聞いてくれよ、ユニ・ブラン」
息を切らしたサンジュリアンが、やや遅れて現れた。
ペガサスではなく、普通の馬に乗って飛ばしたので息が切れ、かなり先を行く飛鳥を全速力で追い掛けて、さらに息が切れてしまっている。
「飛鳥の奴、無茶しやがるんだ。いきなり魔法が使えたのはいいとしても、この玉を魔物から取った後は走って逃げてるんだぜ。風の魔獣がうまい具合に現れてくれたから、何とか助かったけど」
「うん。ミュスカデルは、むっちゃタイミングよかったわ」
持つべきものは、前世で友達になった頼りになる魔獣である。
「笑ってる場合か。あいつが来なかったら、完全にやられてたんだぞ」
サンジュリアンが、飛鳥の頭を押さえ付けた。
「やっぱり、また危ないことをしてたのね」
「ちょっと様子が見たいな、と思って。そこにたまたまミュスカデルが出て来て、乗せてくれたから……はは」
「もう……」
笑ってごまかす飛鳥を見て、ユニ・ブランは頭を抱えた。
「そや、こんなことしてる場合とちゃうやんか。ちゃんとみんなに知らせんと」
飛鳥は大きく息を吸った。
「ここにいる人、聞いてや。魔物は魔法使いが無事に退治したしな。もう大丈夫や。安心しぃな。魂抜かれた子どももちゃんと元に戻るし、心配せんでええで」
最初は静かだった広間は、やがてさざ波が広がるようにざわめき、次第に所々で歓声が上がった。
「もう魂を解放したのか?」
広間に入って来たリラックが、その場の騒ぎを見てサンジュリアンに尋ねた。
「いや、飛鳥が魔物を退治したって言っただけ。飛鳥、それをリラックに渡せ」
「ん」
今度は飛鳥も、素直にリラックへ玉を渡した。自分が持っていても、解放の仕方がわからないので何もできない。
「早く……早くうちの子を元に戻して」
「うちは魔物が出た最初の日に、こうなったの。身体が冷たくなってきているわ。先にこの子を何とかしてちょうだい」
魂を抜かれた子を持つ親達が、次々に魔法使い達の方へと押し寄せる。
「身体が冷えるゆうんは、まずいんとちゃうんか?」
「ああ。魂を抜いた状態で長く置いておくと、よくないからな」
親達には聞こえないように、サンジュリアンが相槌を打った。こんなことが聞こえたら、ますます場がパニックになりかねない。
「みんな、落ち着くんだ。押し寄せられては、魔法が使えない」
リラックの持つ赤い玉に子どもの魂があるらしい、とわかると、人々は一斉にリラックの方へと詰め寄った。
これでは、リラックもゆっくり呪文を唱えていられない。
「待つんだ。今……」
「やかましわっ」
いきなりそんな声が響き、一瞬、場がシーンとなる。
「そんなに急かしたら、できるもんもできひんわっ。魔法ゆうのは、あんたらが思ってる以上に集中力が大事なんや。誰が一番で、誰がべったでもない。魔法使いがちゃんとやってくれんねんから、おとなしゅう待っとき。親のあんたらがいつまでも騒いでたら、子どもが元に戻るのが遅なるやろ」
「でも」
「でももへったくれもない。リラックがやってくれるから、黙って見とき。ほら、下がって下がって」
妙な言葉遣いをする少女に叱られ、子どもを抱いた親達は静かになった。少しずつ後ろへ下がり、魔法使い達の周りの空間に少し余裕ができた。
「ずいぶんと威勢がいいな」
グルナッシュに言われ、飛鳥は胸を張る。
「うち、発声には自信があんねん」
「さっきも、魔物に向かって怒鳴り散らしてたもんなぁ」
サンジュリアンの頭に、さっき飛鳥が魔物に口撃していた光景が浮かぶ。
「ああ、あれ? あんなん、別に珍しないで。うちの友達みんな、キレたらああなるもん。口ゲンカする時の関西弁は、強いよー」
飛鳥が不敵な笑みを浮かべる。
「お前の使う言葉って、時々わからなくなるんだよな」
「気にするもんでもないから、聞き流しときぃさ。だいたい、通じてるんやし」
横でそんな話をしている間に、リラックは玉に向かって呪文を唱え出していた。
赤い玉が、明るく光り出す。魔物が持っていた時よりも、明るくきれいな赤だ。
「リラックは、元に戻す呪文を知ってるんか?」
こそっとサンジュリアンに尋ねる。
あの玉は、隣国エルファンジュの魔法使いが持っていた魔法道具だったはず。どこまで使い方を知っているのだろう。
「還元の魔法を使ってる。全てを元に戻す呪文だ」
同じように、サンジュリアンもささやいて教えてくれた。
やがて、玉がそれまでより一回り大きくなったように見え、そこから白いものが出て来る。
白いオタマジャクシのような形をしているそれは、いくつもいくつも玉から現れた。
「何や、あれ」
「子どもの魂だ」
「あー、あれが……。可視化したら、ほんまにマンガみたいな形なんやな」
魂は玉から飛び出すと、ふわっと天井まで舞い上がり、子どもの方へと泳いで行く。角度や光の当たり具合によっては、その中に人の姿が見えたりもした。
それぞれが子どもの身体の中へ入り、全てが消えるとずっと意識のなかった子ども達の目が次々と開く。
あちこちで歓声が上がった。
「これにて一件落着、やな。よかったよかった」
「何が落着よ。今までどこにいたの、飛鳥」
後ろから、ナーチェにがっしりと掴まえられた。
「まぁったく、あなたって昔も今も本当にじっとしていない子ね。ユニ・ブランだって、おとなしくしてなさいって言ったのに。その意味、わかんなかったの?」
「そ、そう言うナーチェこそ、どこにいたんやな。うちが戻って来た時、おらへんかったやんか」
「水を汲みに行ってたのよ。戻って来たら魔法使いの呪文が聞こえたから、広間の外で立ってたの。さぁ、白状しなさい。どこへ行ってたの」
「どこって……」
また魔の森に行ってました、なんて行ったら、何を言われるやら。
「ナーチェ、俺の分までしめてやってくれ」
サンジュリアンが便乗する。
「まかせて。さぁ、飛鳥。何をしてたのか、ゆっくり聞こうじゃないの」
「ふぇぇ……」
ナーチェに引っ張って行かれる飛鳥。いたずらした子どもを、母親が連れて行くみたいだ。
「そうだ。さっきのペガサスのこと、気になってたんだ。俺も一緒に行く。飛鳥の前に現れた時のこと、聞きたい」
グルナッシュまでついて来た。
「わーん、尋問される」
「拷問の方がいい?」
ナーチェが怖いことを聞いた。
☆☆☆
サンジュリアンが、濃い線で魔方陣を描く。丁寧に、狂いが生じないように注意深く。
飛鳥を元の世界へ戻すための用意だ。
別世界へ道を通じさせる魔法だから、いい加減に描くと途中で消えておかしな作用を起こしかねない。
全く別の世界へ飛ばされたあげく、元に戻れなくなっては大変である。
飛鳥が横で、その作業を眺めていた。場所はクレーレットの城の一角だ。
「結局、一日以上ここにいたんやなぁ。家に帰ったら、家出少女にされてるわ」
昨日の昼間、飛鳥はサンジュリアンの魔法でこちらへ来た。
行かなくていいのに、一人で魔の森まで出かけて魔物に追い掛けられ、夜は広間でおとなしくしていればいいのに、うろうろして魂を抜かれかけた。
朝になって、また魔の森まで出かけ……。
何度も余計な行動をして、命は落としかけたりしたが、どうにか生きている。
今は全てが終わり、空は夕焼け色に変わる時刻だ。
他の魔法使い達は、まだ少し後始末をしている。
魂が戻った子ども達におかしな影響が残っていないか、あの魔物が隠れている間に妙な魔法の置き土産などを残していないかなど、しっかりチェックをしておかなくてはいけない。
サンジュリアンだけが、飛鳥を帰すための準備で抜けているのだ。
「来なくていいのに、強引にくっついて来るからだろーが」
そのつぶやきに、サンジュリアンがすぐに返してくる。飛鳥は笑ってごまかしておいた。





