1-20.飛鳥の世界の魔法使い
昼間は得意げにペガサスに乗って元気なトゥレーヌだったが、その夜、熱を出してしまう。
それまでの疲労が重なっていたことと、術がうまくいって気が抜けてしまったせいだろう。
「全くお前って奴は……ひっくり返るまでやるなよ」
熱を出した、と聞いて、心配で駆け付けたサンジュリアン。だが、トゥレーヌにはそんな心配している素振りは見せず、あきれているように装う。
実際、ちょっとあきれてもいた。倒れるまでやるなんて、度を超している。
もしかして、あのペガサスを従えられたのは魔力ではなく、トゥレーヌのしつこさだったりして、なんてことも思えてきた。
ペガサスは魔力で服従したのではなく、単に根負けしたのではないか、と。
「ちょっと疲れただけじゃない」
熱を出そうが、口だけは達者である。
「へぇへぇ。で、次は何を呼び出すつもりなんだよ。熊か、狼か。まさか、ドラゴンとか言わないよな」
「魔獣召喚は、これでもうおしまいよ。グルナッシュと約束したの。練習用の召喚は別として、ペガサス以外は呼ばないって。彼に教えてもらうのはこれだけって、最初の決めごとだから」
ペガサスだけでも、十分に大したものである。
「グルナッシュは教えてくれた先生だから、ペガサスに乗ったところを最初に見せたけど、他の人ではサンジュリアンが最初よ」
「……ユニ・ブランやマルベックよりも先だったのか?」
「うん」
熱のせいか、別の理由からか、トゥレーヌの頬が赤く染まっている。
「きれいでしょ、あの子」
「……ああ」
彼女はペガサスのことを話しているが、サンジュリアンは違うことを思っていた。
魔獣よりも、その魔獣と一体になって風になった魔法使いの方がずっときれいだった、と。
でも、さすがにそんなことは口に出せず、ただ肯定するだけの返事をした。
「もう寝ろ。顔がさっきよりも赤くなってる。俺も帰るから」
「ん……」
トゥレーヌが目を閉じ、サンジュリアンは毛布を上までかけてやって部屋を出ようとした。
「サンジュリアン」
細い声に呼ばれ、振り返った。うるんだ黒い瞳が、こちらを見ている。
その目にサンジュリアンはどきりとするが、何でもない顔で聞いた。
「何だ?」
何か言いたそうにしていたが、トゥレーヌは視線を外す。それから、もう一度サンジュリアンの顔を見て、小さな声で言った。
「……おやすみ」
「おやすみ」
サンジュリアンはそう応え、そっと扉を閉めた。
☆☆☆
「時々、お話の魔法使いを見てて、下手くそって思たりしてたんや。そこでそういう魔法は使わん方がええのに、とか言いながら、それでものめり込んでた。呪文も色々知ってるで。まぁ、こっちの世界では通用せんけど。自分が子どもやから、魔法使いに憧れるんやろって思てたけど、それとは別の理由もあったんやな」
手を伸ばす角度はこの方がきれいなのに、とか、そこでは別の魔法を使った方が効果が大きいのに、など、変な所にこだわったりしてしまう。
所作がきれいだと、魔法の発動にも微妙な違いが生まれるのだ。普段はよくても、命をかけたバトルの時は、それが命取りになりかねない。
前世の記憶はないのだから、経験として理解していた訳ではなかった。でも、いわば本能みたいなもので考えてしまう。
使われる魔法は物語の都合上、とわかっていても、納得しきれない。
杖を使わないと絶対に魔法が使えない、という魔法使いがいたりしたのも、奇妙に思えたりした。
だったら、その杖さえあれば、誰でも魔法使いになれるのではないのか。
他にも、特定の指を伸ばさないと呪文が唱えられないだとか、やけに長い呪文を使っていて、ピンチの時に呪文が命取りになったりするのを見て「何やってんねん」とあきれかえったりしたこともある。
長い呪文は、修行して短く詠唱しても魔法が発動するようにしたらいいのに。なぜ、彼らはそういう努力を怠るのだろう。
子ども向けのお話だから、最後は必ず悪者が倒されてめでたしになる。物語だから通用するが、そうでなければあんな魔法使いが生きていられるはずがない。
中でもおかしく思ったのは、魔法使いのおばあさんはほうきに乗って空を飛ぶ、という部分だった。
「魔法が現実にはない世界は、面白いこと考えるやろ。何が悲しゅうて魔法使いが掃除道具に乗って移動しなあかんねん。普通の人間とちゃうねんし、普通では乗れへんもんに乗ったらいいのに」
「ほうきだって、十分だ。普通じゃ、乗らないぜ」
「そやけど、あんな細い所に乗っても、長時間はしんどいで。風に乗ったら、身体も楽やんか。絶対、その方がええで」
そう思ってしまうのは、自分がそうやっていたからだったのだろうか。
この説については、厳密に言えば魔法使いではなく「魔女」だったり、そう呼ばれる人が現れるようになった当時の状況があれこれ絡んでいるようだが、とにかく妙な伝承だ。
「確かに、トゥレーヌは風に乗るのが上手かったよ」
「ほんま?」
「ああ。自分が風そのものみたいに。風魔法がどうしても苦手だって言う魔法使いはともかく、一応みんな、風に乗ることはできる。けど、あいつ程自然に乗る奴はいなかったな」
魔法を使って風を生み、その風を利用している。
それはわかっているのだが、トゥレーヌ自身が風のように、まるで自分の一部のように使いこなしていた。
その時に広がる彼女の黒髪がとてもきれいで、風を従える女神のようにすら見えて……。
「ふぅん」
飛鳥がじっと見ていることに気付き、サンジュリアンは気持ちを見透かされたような気になった。
それを隠すように、話を変える。
「飛鳥、いつまでくっついて来る気なんだ」
サンジュリアンが「広間へ戻れ」と言ったにも関わらず、飛鳥はパトロールを続ける彼にくっついて歩いていた。
これまでもしゃべりながら、サンジュリアンの横にいたのだ。
「いつまでかわからんけど……まぁ、ええやん」
「よくない」
またサンジュリアンの顔が渋くなる
「外にいるのは、魔法使いと兵士だけでいい」
「魔物は、子どもを狙ってるんやろ。うち、狙われる対象とちゃうもん」
「何言ってんだ。十分にガキだろ」
飛鳥が、サンジュリアンの袖をぐいっと引っ張る。
「それって、どういう意味やな」
「そういう意味だよ」
「そういうって、どういう?」
「身体はでかくなっても、頭の中は停滞してるって意味だ。これで納得したか」
「身体は、やて。魔法使いでも、やっぱ男やなぁ。かなんわぁ」
飛鳥の言葉に、サンジュリアンの顔が赤くなる。もっとも、暗くて飛鳥にははっきりと見えない。
「……お前はっ! いいから、おとなしく広間へ戻ってろ」
「けど、サンジュリアン。たった今、自分で言うたやん。うちも狙われる対象や、て。ここからやったら、広間までちょっと距離があるやろ。その間に、あの魔物が来たらどうするん」
また、ああ言えばこう言う。
「うちがきゃーって叫んで、変なことされる前に駆け付けられるん?」
「ここまでくっついて来ておいて、勝手なことを」
サンジュリアンが怒るが、飛鳥はきょとんとした顔をしている。
「……どうしたんだよ」
飛鳥の目は自分を見ているのではない、ということにすぐ気付いた。
「あれ、何やろ」
飛鳥の指差す方を、サンジュリアンも見てみる。
濃紺の空に、白く小さな粒のような星が散らばっている。先の尖ったような三日月も浮かんで。その下は、中庭の植物が静かに眠っている。
サンジュリアンには、飛鳥が何を見付けたのかわからない。
「何って、どこに何があるんだよ」
「ほら、あそこ。空と植物の影の境目辺り」
言われた場所を、目をこらしてみる。でも、やはりわからない。
「あいつやっ」
飛鳥が叫び、暗闇の中に薄暗く光る赤い点のようなものが、サンジュリアンにもやっと見えた。
子ども達の魂を吸い取る玉を持った、あの魔物。
「まさか……あれが昼間の奴だって?」
一瞬、信じられなかった。
昼間に見た魔物は、白かった。光の中に溶け込んでしまいそうな、白い身体をしていたはず。
なのに、今は闇に溶け込むように黒く、かろうじて例の赤い玉がその存在を知らしめているのだ。
疑っている場合ではない。とにかく、魔物は本当に現れたのだ。





