1-18.幸せだった前世
「そのぱとかーとか言うのが何か知らないけど、俺達はただの兵じゃなくて魔法使いだ。何かあればすぐ、近くにいる奴に伝える術がある。今は少しでも目が欲しいんだ。二人や三人で同じ所を見るような余裕は、人数的にないんだよ」
いくら他に魔法使いがいても、この城の周りを全て網羅する、という訳にはいかない。
ジュリエンナ姫の配下の兵士が、同じように見張りをしている。しかし、相手が魔物である以上、最後に頼らなければならないのは魔法使いなのだ。
その魔法使いが固まっていては、魔物が現れた現場へいち早く行き、何らかの魔法を使って対処する、ということができなくなってしまう。
だから、ばらばらに動いているのだ。
「早く広間へ戻ってろ。あそこなら、たとえ俺達の目をかすめて奴が現れても、結界があるからすぐには入れない。その間に、誰かが駆け付けて何とかするから」
「けど、あそこで一晩中いる方が怖いもん」
魔物にとっての餌が集められているようなもの。まさに「魔物まっしぐら」なのだから、怖くないはずがない。
広間にいる親や、まだ魂を抜かれていない子ども達はどんな思いでいるだろう。魔法使いからは、魔物から守るため、と言われているだろうが、飛鳥が考えたように「自分達が囮にされている」と思ってはいないだろうか。
「何言ってんだよ。今はあそこがシェルヴァンナの中で、一番安全なんだぞ。だからこそ、子ども達を全員呼んだんだから」
「理屈はそうか知らんけど、怖いて思うんやからしゃーないやん」
外の様子はどうなっているのだろう。魔物は現れたのだろうか。今まさに広間の扉を破って、ここへ入って来るのでは。
ついついそんなことを考えてしまう。
もっとも……飛鳥は口では「怖い」と言いながら、実はそんな風に思っていない。どうなっているのかわからない状態、というのがいらいらしてしまうだけ。
だから、昼間も外へ出て森まで行き、ああいう場面に遭遇したのである。まかせっきりがいやなのだ。
「だったら、どうしようってんだ」
「わからんけど……何かできることない?」
「お前ができることってのは、広間に戻っておとなしくしてることだ」
「うち、そんなつれない返事はいらん」
そういう場合ではないのに、飛鳥は拗ねた顔になる。
「飛鳥っ、今は遊んでる時じゃないんだぞ」
「あほやないんやから、遊び時間がどんなもんか、それくらいわかってる」
ああ言えばこう言う。
サンジュリアンは渋い顔をして、髪をかき上げた。
「なぁ、トゥレーヌとしゃべる時も、サンジュリアンはいつもカッカしてたんか?」
ふいに話題を変えられ、サンジュリアンはどきっとした顔になった。
「別に……そんなことはない」
「うちとしゃべる時、サンジュリアンはいつも怒ってるやん」
「飛鳥がするなってことをするからだろ」
あいつ、怖いんだよ。
グルナッシュが、そんなことを言っていた。
飛鳥を巻き込んでしまった自分に腹を立て、飛鳥がトゥレーヌの時の二の舞になってしまわないかを恐れて。
「今日の昼間は悪かった。ごめんな」
「何だよ、改まって」
突然の謝罪に、サンジュリアンは戸惑った表情を浮かべた。
「ちゃんと謝ってなかったから、言うてんねん。うちは魔物やなくて、あの赤い玉を守りたかったからあんなことしてんけど……結果的には魔物を助けたようなもんやったし」
サンジュリアンが、ふいと視線をそらす。
「なぁ、サンジュリアン……怒ってる?」
リラックにしたのと同じ質問をする。
だが、サンジュリアンはすぐにどちらとも答えてくれない。
飛鳥は、彼が顔を向けている方へ移動した。
「人の真ん前に来るなよ」
「やっぱりサンジュリアン、怒ってるんや」
「……怒ってねぇよ」
「顔が怖いで」
「悪かったな。俺はどうせ、目付きが悪いよ」
「そういう、顔の造作の問題とかとちゃう。眉間にたてじわが入ってるって言うてんの」
言いながら、飛鳥はサンジュリアンの額をつつく。
「ほんまにごめん」
「人の額をつついておいて、よく言うな」
サンジュリアンは、怒るよりあきれてしまった。
「そのことやのうて……会いに来いって偉そうなこと言うといて、肝心のうちがそういう話を全部忘れてしもて。みんなのこと、覚えてないけど何となくわかる。けど、今はそれだけや。ええ加減なこと、はなはだしいわ」
会いに来い、と言っておきながら、せっかく会いに来てくれたその人を覚えていない。あまりにも無責任だ。
生まれ変わるのがわかっていたのなら、その時の自分がどういう状態かまで調べておけばいいのに。
生まれ変わった、という自覚はあるのか。
シェルヴァンナでの記憶、周囲にいる人達の記憶は残っているのか。
魔法を今と同じレベルで使えるのか。
昔の自分は、そういったことを確認しなかった。
もし、確認しようとしたができなかったのなら。生まれ変わる、という情報のみしか手に入らなかったのなら。
会いに来て、なんて気軽に言うべきではなかったのだ。
だから、こうして前世に住んでいた世界へやって来ても、役に立つどころか邪魔をしている。周りにたくさん心配をかけて。
「トゥレーヌもうちも、ほんまあほやわ。普通、生まれ変わったら前世の記憶はなくなるって言われんのに、それも考えんと会いに来いとか言うてるし。うちはうちで、せっかく来てもろたのにわからんで、サンジュリアンをほとんど泥棒扱いやったし」
今更ながら、ふとんたたきでサンジュリアンを殴らなくてよかった、と思う。
「それを言われたら、俺だってどうしようもないバカになっちまうだろ」
大きく息を吐き、サンジュリアンが飛鳥の言葉をさえぎる。
「何で?」
「飛鳥が言ったように、生まれ変わったら前世の記憶や経験は消えると言われてる。それが事実かはわからないけど。そういう話を知っていながら、俺はトゥレーヌに、いや、飛鳥に会いに行ったんだ。俺の……俺達のことを覚えてなくても当たり前なのに、変に落胆してさ。期待する方が悪い。それに、いくら魔法使いの人手がなくても、別世界の人間に助けを求めるってのも無茶だ。頭に血が上った奴ってのは、何をするかわかんねぇよな。誰か止めろっての」
「けど、何回か失敗しても、ずっと探してくれてたんやろ」
暗くてはっきりしなかったが、サンジュリアンの顔が少し赤くなったようだった。
「だ……誰か言ったのか?」
「ユニ・ブランから聞いた。今回は成功したけど、うちに魔法が使えへんてわかった時点で、巻き込むのをやめようとしたって」
「あのタンスに戻ったら、すぐに道を閉じるつもりだったんだけどな」
飛鳥がしっかりくっついていたから、すぐに閉じるということもできずにシェルヴァンナへ戻って来たのだ。
「けど……うち、シェルヴァンナへ来てよかった」
「こんな異常な時に来てるってのに?」
「それについてはこの際、関係ないねん。……うちが前世でどんな魔法使いやったとしても、それはあくまでも過去のことで、今は違う人間として生きてる。けど、懐かしいと感じる人達と話ができたのは、やっぱりよかった。はっきりした記憶がうちにはないとしても、来てよかったって思えんねん」
「……」
トゥレーヌを知っている人達。
彼らは、飛鳥を受け入れてくれる。いくら前世と顔立ちが同じでも、別の人間には変わりないのに。現在のお互いのことを知らないはずなのに。
ちゃんと、飛鳥を受け入れてくれている。
それが、無性に心地いい。
それなら、最初からお互いを知っていた時は、どれだけ彼らに大切にされていたのだろう。
飛鳥がこの世界を、この世界の人達を懐かしいと思えるのは、前世の自分がとても幸せだったからに違いない。
今はとても大変な状況だ。それはわかっているが、やはり「来てよかった」と思える。
「記憶がなくても、魔法が使えたらちょっとは手伝いができんのにな」
「使えなくてよかったと思ってるよ、俺は」
「何でやな」
魔法が使えないとわかった時、がっかりしていたくせに。
「今の飛鳥が魔法を使ったら、とんでもないことをしでかしそうな気がする」
「放っといて。どうせ破壊活動しかできひんわ」
むくれる飛鳥を見て、サンジュリアンはぽんと彼女の頭を叩いた。





