1-17.魔獣召喚
「ああ、自慢してやるさ。俺の教えがいいんだってな。けど、トゥレーヌ」
未来を想像し、一人でわくわくしているトゥレーヌに、グルナッシュは釘を刺すことを忘れなかった。
「気が早いようだから言っておいてやるが、魔方陣をまともに描くだけでも、十日や二十日は軽くかかるってこと、覚えておけよ。どんな早くてもな。下手すりゃ、もっと」
「えー、そんなにかかるのぉ」
トゥレーヌが情けない声を出す。
「当たり前だ。火や風みたいに、自然の力を利用するのとは違うんだからな。やる奴が千年に一人の大天才ならともかく、俺達みたいな普通の魔法使いは時間をかけて努力を積み上げるしかないんだ。それと、最初にできた魔方陣から出るのは、ネズミみたいなちっぽけな奴だぞ。乗ることはおろか、足を乗せただけでつぶれちまような」
そう教えられ、トゥレーヌはさすがにちょっとがっかりしたような顔になる。
「どうする? やっぱりやめるか?」
少し意地悪な気持ちで、そう聞いてみた。
しかし、やめるという選択肢は、トゥレーヌのためでもある。
最初からおとなしく服従してくれる魔獣はほとんどいないし、そうなると魔獣との最初の出会いは戦いになるのだから。
「やるっ。負けないもん。ペガサスを呼び出して、サンジュリアンに見せ付けてやるんだ」
「……なんだ、この魔法がやりたい本当の理由は、それか?」
「そ、そんなじゃないけど」
言い訳するトゥレーヌの顔が、少し赤くなる。
「だって、この話をしたらサンジュリアンってば、いくら風が操れたって風の中を生きる魔獣まで操れるかって言うんだもん。だから、やってやるの」
サンジュリアンはトゥレーヌと同い年の魔法使い、ということもあって、いい友達であり、いいライバルだ。
そんな彼の言葉がからかいのものであっても、それで向学心が高まるのならいいことだ。
結局「やめる」を選択しなかったトゥレーヌは、熱心に召喚の術を練習した。グルナッシュが感心する程、熱心に。
半年近くの月日が経ち、とうとうペガサスを呼ぶまでに上達する。グルナッシュが思っていたよりもかなり早く、トゥレーヌは目標点まで達したのだ。
千年に一人、とまではいかなくても、百年に一人現れる天才くらいの能力はありそうだな。
だが、最初は乗ろうとしても拒否され、何とか乗れるようになっても振り落とされたりして、生傷が絶えなかった。暴れ馬を調教しているようなものだ。
教えている立場上、あまりにひどい傷になればグルナッシュが魔法で治療した。だが、ユニ・ブランのように得意ではないので、完治まではいかない。
「骨が折れたり、筋肉が断裂してなきゃいいわ。動けるもん」
「お前、魔法使いより兵隊とかの方が向いてるんじゃないか?」
トゥレーヌは平気そうな顔で言うが、ダメージは深いはずだ。
呼び出された魔獣は、術者が解放しない限り去ることはない。術者の力が弱ければ、振り切ってしまうこともあるが、そもそも力の弱い呼びかけに応えることはない存在だ。
一度呼び出した魔獣は、主従関係を作れなくても一旦解放し、時間をおいて再び呼び出せば、一応現れる。だが、術者の指示に従うかはやはり別なのだ。
そのペガサスのように反抗し、術者を受け入れようとしないことはざらにある。
「お前、風に殺されかねないぞ」
ペガサスを手なづけようと、日々苦労しまくっているトゥレーヌ。グルナッシュはその様子を見て、さすがに心配になってくる。
そうでなくても、自由に空を駆ける魔獣を支配するのは、他の魔獣より大変なのに。
トゥレーヌが呼び出したのは、彼女と魔力の差がほとんどない、成獣になる前のペガサスだ。
ペガサスにすれば、魔力にそう違いのない人間の魔法使いに支配されるなど、プライドが許さない。わずかでもトゥレーヌの方が上であれば、少しは抑えられたのだろうが。
それに、魔獣と人間では成長速度が違う。呼び出した時はあまり差がなかった魔力の強さも、日々を重ねれば魔獣の方がどんどん上がっていくのだ。
こんな状況は、トゥレーヌには不利すぎる。
あの子に教えるのは、やっぱり早かったか。マルベックのじいさんか、リラックに相談してから教えた方がよかったかも知れない。
自分の判断で彼女にこの術を教えたことを、今更ながらグルナッシュは大いに反省していた。
彼とて、まだ一人前とは胸を張って言えない。それなのに、さらに半人前のトゥレーヌに教えたのは、よくないことだったのではないか。
本当にこのまま放っておいたら、彼女はペガサスに蹴られるか、放り出された時に打ち所が悪くて具合がおかしくなることだってある。
しかし。
「やだ。あのペガサスに乗る。絶対に乗るっ。あの子は、あたしが呼び出したんだもん」
グルナッシュがやめさせようとしても頑固に言い張り、トゥレーヌはペガサスを自分のものにしようと格闘を続けた。
一度支配し、主従関係を認めさせれば。その魔獣は、次以降に呼び出されてもおとなしくなる。
だが、その「一度支配する」というのが大変なのだ。
何日も同じことが続き、やむをえずグルナッシュはトゥレーヌから魔方陣を取り上げようと決めた。
トゥレーヌは怒るだろうが、本当に何かあってからでは困る。これ以上続けるのは、危険だ。半人前の自分に、責任は取れない。
だが、その考えは遅かった、と知った。
「ほら、グルナッシュ、見て見てっ」
彼の見ている空に、ペガサスが飛んでいる。黒髪をなびかせる少女を乗せて。
風の魔獣は、とうとう彼女を受け入れたのだ。
「へぇ……やりやがった」
少女はペガサスと共に、風になっていた。
☆☆☆
飛鳥は、サンジュリアンを捜して庭の方へ出た。
「サンジュリアン、どこにいるん?」
ローソクの心許ない灯りだけでは、どこに誰がいるのかなんてわからない。こんな視界の悪い場合は、声を出すに限る。
夜と言っても、まだ真夜中と呼べる時間ではない。多少の大きい声なら、かろうじて許される時間だ。庭なら城の中とは違い、声が響くこともない。
「飛鳥か?」
あまり離れていない所から返事があった。
「そう」
たいまつの明かりがゆらゆらと、こちらへ近付いて来る。やがて、そのあかりを持つ人物の顔も、ぼんやりと浮かび上がってきた。
「何をやってるんだよ。また誰かに叱られるぞ」
「誰かって、もうあんたが怒ってるやんか」
「怒られるようなこと、するからだろ」
ようやくサンジュリアンが、お互いの顔がわかる所までやって来た。
「様子はどぉなん?」
「異常なし。来るとしても、もっと夜が更けてからだろう」
空を見上げるサンジュリアンのそばまで、飛鳥はそっと近付いた。
「明日には片付く。そうしたら、すぐに元の世界へ送ってやるから」
今は、魔物を片付ける方が先だ。
昼間に魔法使いが行動に出たため、あの魔物が報復に来るか、もしくは邪魔が増えないうちにエネルギーをさらに蓄えようとするか、という可能性がある。
「まぁ、半分はうちの方が無理にくっついて来たせいもあるんやし、帰る時間についてはかまへん」
あちらの世界でどれくらいの時間が経っているか気にはなるが、今はこっちの方がもっと気になる。自分が邪魔をしてしまった自覚があるから、なおさらだ。
サンジュリアンが歩き出し、飛鳥もその後ろを歩いた。
「どうしてついて来るんだよ。広間へ戻ってろ」
「単独で行動してたら、危険とちゃうんか? こういう巡回には、二人以上の方がええんとちゃうの?」
パトロールは複数でするものだ。複数いれば危険を回避することができても、一人では巻き込まれてしまうということもありえる。
少なくとも二人いれば、何かを見付けた時に対処しやすい。一人が見張っている間に、一人が他の誰かを呼びに行く、ということもできる。
「パトカー乗ってるお巡りさんかて、単独では行動しやへんって聞いたで。まして、見張る相手は魔物やろ。一人で動いてたら、めっちゃ危ないやんか」
「何だよ、それ」
飛鳥の出す例えに、サンジュリアンは戸惑った表情を浮かべた。





