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異世界でスローキャンプ生活を始めたら、なぜか女神として崇められてました  作者: 佐藤正由
異世界キャンプ生活 第2期

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第170話 異世界で“巨大岩を乗せた日”

 採石場に、人が集まっていた。


 普段の作業とは明らかに違う人数だった。


 ネストリアの兵たちが並び、その中に見慣れた顔も混じる。


 リュカがこちらに手を振った。


「真希さん!」


 その後ろには、ベルデ村の若者たち。


 さらに少し離れた場所には、フォルデン村のバルスと鍛冶職人たちが集まっている。


 金属工具を手に、静かに周囲を見ていた。


 その少し外側で、アエラがひとり、作業の様子を見て回っていた。


 櫓の構造。並べられた工具。丸太の配置。


 興味の赴くままに、あちこちへ視線を走らせている。


 ――明らかに、落ち着きがない。


 私は小さく息をついた。


「アエラ」


 呼びかけると、彼女は何事もなかったようにこちらを見る。


「ここは自治区じゃないわ」


 声を抑えて言う。


「目立つ行動は控えて。余計な警戒を招く」


 アエラは一瞬だけ目を細めて――


 肩をすくめた。


「分かってるわよ」


 そう言いながらも、視線はすでに別の場所へ向いている。


 ……口では分かっていると言っているけど。


 どこまで理解しているのかは、正直怪しい。


 シオーネ村からは、ニコが一人だけ来ていた。


 彼は海の方を一度振り返ってから、ゆっくりと歩み寄る。


 シオーネ村の者たちは、もともとトリスカ村から流れてきた者が多い。


 今回の作業は、そのトリスカ村へと繋がるものだ。


 ――捨てた故郷。


 簡単に関われる場所じゃない。


 それでも、ニコはここにいる。


 シオーネの海で、安全に漁を続けるために。


 そのためなら、向き合うしかないと分かっているからだ。


 私は、ほんのわずかに息を吐いた。


 捨てた過去と向き合うこと。


 それを、自分で選んでここに来ている。


 その表情を見れば、覚悟は十分伝わる。


「これ、成功すれば……変わるんだよな」


「ええ。海も、村も」


 ニコは小さく頷いた。


 そして、視線を巨大な岩へ向ける。


 その先。


 ネストリア兵、総勢七十余名。


 全員がこの岩に向かっていた。


 私は一歩前に出る。


「今日やるのは、これを“運べる状態にする”」


 岩を指さす。


 ざわめきが広がる。


「……本気か?」


「こんなものを……動かすっていうのか?」


 ネストリア兵たちの間に、疑いと戸惑いが走る。


「方法さえ間違えなければ問題ない」


「壊さないように運ぶ。そのための慎重さが必要よ」


 少し間を置く。


「一度動かせれば、成功も同然よ」


 丸太。


 筏。


 重ねた板材。


「完全に持ち上げる必要はない」


「少し浮けばいい」


「その隙に、下へ通す」


「一度乗れば、あとは動く」


 全員が黙って聞いていた。


 バズが笑った。


「分かりやすいな」


 緊張が、わずかに緩む。



 準備はすぐに始まった。


 まず、櫓を組む。


 三本の丸太を組み上げる。


 一本が十メートル近い長さの丸太だ。


 組み上がった櫓は、人の背丈の数倍はある。


 見上げるだけで、首が痛くなる高さだ。


「シエル、滑車お願い」


「任せて」


 シエルは軽く頷くと、滑車にロープを通して肩にかけ、櫓に手をかけた。


 次の瞬間、体がふっと浮く。


 足場もない丸太を、まるで地面のように蹴りながら、一気に駆け上がる。


 下から見ていると、ほとんど落ちる気配がない。


 ――心配しすぎなのはわかっているが、あっという間に頂部へ登っていく。


 細い丸太の上で体を預けながらも、重心はまったくぶれない。


 片手で支え、もう片方で滑車を固定していく。


 金具を締める音が、乾いた空気に響いた。


 ロープを通し、軽く引いて動作を確認する。


「――できた。問題ないわ」


 上から声が降ってくる。


 そのまま、シエルはふっと周囲を見渡した。


「……いい景色ね」


 ぽつりと呟く。


「シエル」


 私は下から声をかける。


「遊んでないで、残りもお願い」


「はいはーい」


 軽い返事。


 ひとつ目の櫓を終えると、


 シエルは躊躇なく身体を反転させた。


 そのまま、ほとんど滑り落ちるような勢いで一気に降りてくる。


 途中で減速する気配もない。


 それでも着地は、音もなく正確だった。


 砂埃がわずかに舞う。


 間を置かず、次の櫓へ。


 地面を蹴り、再び丸太へと取り付く。


 今度も同じだ。


 迷いなく、無駄なく、最短で上へ。


「……速ぇな。しかも、ちょっと楽しんでるだろ」


 ダイチが呆れたように呟く。


 その視線の先で、シエルは軽やかに登っていく。


 高い場所。


 足場の不安定さ。


 縦に広がる空間。


 ――ああいうの、好きそうだものね。



 それを四つ。


 岩の真上ではない。


 筏の中心に最終的な重心が来るように、少しだけズラす。


 バルスたちが固定を確認する。


「ここでいい」


 次に、地面を掘る。


 櫓の内側――岩の下へ入り込む位置。


 土を削る。


 石をどかす。


 空間を作る。


 その隙間に、未来の通り道を作るために。



 その間に。


 ヨラムが板を並べていた。


「三枚をずらして組む」


 厚みを出す。


 継ぎ目をずらす。


 荷重を逃がす。


 彼は手で叩いて確認する。


 鈍く、重い音が返る。


「これなら耐えられるはずだ」


「さすがね、頼りにしてるわよ」


「任せろ」



 丸太が並べられる。


 まず十本。


 地面の上に。


 その上に――


 筏。


 十四本を束ねた土台。


 さらにその上に、重ね板。


 巨大な“台車”が形になる。


 リュカが息を呑んだ。


「これ……本当に動くのか」


「動かすのよ」


 私は短く返した。



「ゆっくりでいい」


 私は言う。


「最初は動かすだけ」


 全員が頷く。


「――引いて」


 ロープが張る。


 ギシ、と櫓が鳴る。


 縄が軋み、腕に重さが食い込む。


 地面がきしむ。


 岩は――動かない。


「止めて」


 一度止める。


 確認。


 ズレはない。


 ロープの張りも均等。


「もう一度」


 今度は、少しだけ力を揃える。


「せーの」


 引く。


 櫓が、軋む。


 土が、押し潰される。


 足元が、沈む。


 最初の引きで、櫓の根元が地面に食い込んだ。


 櫓は、それ以上は動かない。


 ――固定された。


「……いい」


 小さく呟く。


「そのまま。止めないで」


 今度は、力が逃げない。


 踏ん張った櫓が、そのまま力を受け止める。


 ロープの張りが、真っ直ぐ岩へと伝わる。


 ――わずかに。


 岩の縁が、ずれた。


「……さっきより、力が伝わってる」


 ネストリア兵の一人が、思わず呟いた。


 さっきまでの重さとは違う。


 引いた分だけ、確かに返ってくる。


「動いた」


 シエルが言う。


 空気が変わる。


「その調子。無理に持ち上げなくていい」


「少しずつ、ずらす」


 引く。


 止める。


 位置を確認する。


 また引く。


 岩が、じり、と動く。


「今、入れて!」


 隙間に丸太を差し込む。


 次は、さらに動く。


 滑るように。


 少しずつ。


 確実に。


 岩が板の上へと乗り始める。


 押し込む。


 引く。


 支える。


 全員の動きが揃っていく。


 やがて――


 ドン、と鈍い音。


 全員が止まる。


 沈黙。


 誰も動かない。


 私は一歩近づく。


 板の上。


 筏の上。


 そこに。


 巨大な岩が乗っていた。



 数秒遅れて。


 ざわめきが広がる。


「……乗った」


「乗ったぞ!」


 歓声が上がる。


 リュカが目を見開く。


 ゼノが笑う。


 ダイチが息を吐く。


 ヨラムが静かに頷く。


 ニコは何も言わず、ただ岩を見ていた。



 私は、その岩を見上げる。


 さっきまで、動かなかったもの。


 山のように動かなかったもの。


 それが今。


 運べる状態になっている。


 私は静かに言った。


「これで、やっとスタートね」


 夕暮れの光の中で。


 巨大岩は、初めて人の手の上に乗っていた。

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