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前に進むために。  作者: 薄桜
おまけ - ネタばらし編 -
11/12

沈思から行動へ

外伝の1話目です。

ネタ晴らし1。芳彰の内面の話になります。

ではどうぞ。

夜に突然、「今から行くわね。」って用件だけの短いメールが届き、本当に10分もしないうちにそのメールの送り主たる姉がやって来た。

「はい、これあげる。」

と、その姉は、急に茶色い封筒を投げて寄越した。

俺がいない方向に。

その軌道は油絵の具の乗っかったパレット一直線で、中身が何か知らないけど危ないっての。封筒も絵の具まみれになるし、パレットが床に落ちたら大惨事だぞ?

慌てて動いて捕まえると、

「ナイスキャッチ。」

って、能天気な声を上げてくれた。

「・・・せめて俺のいる方向に投げてくれよ。」

「あら、芳彰の方に飛ばなかっただけよ。」

いや、明らかに方向がおかしい。逸れたとかいうレベルでは無かった。

疑わしいながらも、追求した所で碌な事にはならないので、諦めて封筒の口を開けて覗き込むと、その中にはお金が入っていた。

「姉ちゃん・・・何これ?」

「何って、あなたの絵の売り上げ金。画廊の取り分は引かれてるけど・・・たぶんこれ、あなたが初めて自分で稼いだお金よ。」

その言葉に驚いて改めて封筒の中身を見直すと、ざっと20万くらい入っている。

以前描いたキャンバスが、ごっそり10枚くらいは無くなってたが・・・そうか、こんなもんか。

それが素直な感想だった。

「気に入ってくれたお得意さんもいるから、また持っておいでって言われてるんだけど・・・良い?」

既に物色を始めている姉に、形だけの了解を求められ、

「どうぞご自由に。」

と、溜息混じりに言葉を返した。いや、そうするしかなかった。

「今からコーヒー入れるけど、飲むだろ?」

「うん、ありがと。」


俺は一枚一枚、自分のイメージを精一杯形にしてきた。

だから、描いたものにはかなりの愛着を持っている。ドライに金のために描いたものならいざ知らず、だがそんなものは未だ描いた事がない。

だから、手許から無くなって行くのは相当に複雑な気分で・・・その選別作業を平然と見守るほど、気丈でいられる自信は無い。

でも、後生大事にしまっておく程の価値がある訳でも無いと、たった今知らされたばかりでもある。

・・・だから逃げた。

買ってくれた人がいるという事実は喜ばしい。

・・・そう自分に言い聞かせながらコーヒーメーカーに水をセットしていると、不意に姉は声だけを投げて寄越した。

「ところで芳彰?」

「何?」

「いつ帰ってくるの?」

姉は、もう一つの問題に何の遠慮も無く触れてくれる。

腫れ物に触るように窺われるのも心苦しいが、こんなにはっきり言われても返答に窮する。

「・・・近いうちに。」

俺は情けない気分で、曖昧に返した。そろそろ限度だろうという事は感じている。

ここに来た時とは違う理由で、今は居心地が良くて毎日が結構楽しい。

しかし今の環境が、俺がズルをした結果手に入れた・・・偽りのものであるという事実は拭えない。

それ故に俺は、堂々と胸を張って過ごせていない。

ずっと心のどこかに息苦しさを感じ・・・きっとあいつも、そんな俺を観察している。

情けないと思われているのだろうが、一向に口にはしない。その事が逆にきつい。

「そう、じゃぁ決めたら早く教えてよ?」

姉はあっさりそう言い、再び絵を物色する事に没頭し、その日はもうその件に触れてくる事はなかった。



さて、これはどうしたものだろう?

姉がキャンバスを抱えて帰った後、俺は封筒を前にして頭を悩ませる事になった。

手放しで喜べる心境でない以上、この金は俺にとって負担でしかない。特に買いたい物があるわけでなく、貯金というのも何となく違う。

これは思いもかけない泡銭であり、ぱーっと無くなってしまった方が後腐れが無い・・・とは思うのだが。さて、どう使ったものだろう?

自分に使うのでなければ、人にという事になるが・・・。

と、そこまで考えて、使い道は一つしかないじゃないかと、俺は一人で笑った。



8月末まで休学と届けは出しているが、やっとその気になれたのだから、教授陣や友人達に挨拶するために久しぶりに大学に行った。

ひょっとしたらこの行動は、自分が逃げ出さないための楔なのかもしれない。

「9月からまたよろしくお願いします。」と、口にする事で自分自身に言い聞かせ、決めた事を身に刻み込もうとしているのかもしれない。

何となくそう思った・・・その帰り道、すぐ傍でクラクションが鳴って驚いた。

思わず音の方向を確認すると、つい今しがた視界の隅で路肩に停車した、黒いキューブの助手席の窓が下がり、運転席の方から聞き覚えのある声が誘いをかけてきた。

「芳彰くーん、今帰り? 良かったら送るわよ? 乗っていく? もう是非どうぞ。」

「弘美さん・・・びっくりしたじゃないですか。っていうか、そんなに俺を乗せたいんですか?」

身を屈めて窓の奥を覗き込むと、美晴の母親は屈託のない笑みを見せ、何の躊躇もなく何度も頷く。

「そうよ、乗せたいのよ?」

・・・それは、拒否権なんか無いんじゃないかと思うのは俺だけですか?


という訳で、彼女の母親が運転する車の助手席に座る事になった俺は、何を言われるのか内心ハラハラしながら言葉を待った。

「芳彰くん、大学復学したの?」

「いえ、まだです。9月からなんですけど、少し挨拶周りってやつです。」

「へぇー、どうだった? 久しぶりの大学は?」

「・・・どうと言われても、開いた時間は大きいのかもしれないですけど、やっぱり大学は大学ですよ。」

「そう。」

こんな曖昧な答えに対して、弘美さんは納得したように頷いた。俺は今どのくらい探られているんだろう?

美晴の親だと思うだけで、妙に勘繰ってしまう。

「弘美さんは仕事ですか?」

「うん、とりあえず1つ終わって、次の荷物を取りに帰ろうと思ってね。そしたら芳彰くん見つけちゃったのよ。」

「はぁ、」

俺は見つけられたのか。

「ところで、美晴があなたの部屋に入り浸ってるのは知ってるんだけど、デートとかってしないの?」

いきなり本題に入った。何れかを非難している訳でなく、やはりこの人は興味本位で聞いてきているようにしか思えない。

「・・・無いですね。いつも美晴が来て・・・向こうからそんな事を言い出した事も無いですね。だからかな、何となく過ごして・・・、」

「何となくねー。」

親の前では、そうとしか言える訳が無い。だから、解っていてそういう目で見るのはやめて欲しい。

「だからかしらね? あの子の服ぜんぜん可愛げが無いのよ。」

「はい?」

また唐突に話の方向が変わり、俺は瞬時にはついて行けなかった。

「あの子、着飾ろうとかって気が無いのかしらね? 小さい頃、可愛い服ばっかり着せてた反動かしら? 自分で選ぶようになったらまったくそういうのを着てくれなくなったのよねぇ。」

どうやら日頃の美晴の服に不満があるらしい。

確かに可愛らしいと表現できる服を見た事は無いが、あの性格を思えばそんなものだろうと俺は思っている。

おそらくあの個性的なデザインのTシャツの数々は、かなりの拘りを持って選んだものだろう。なかなか面白いものばかりで、俺としては嫌いではないのだが、母親からすれば不満らしい。

しかし、その愚痴のおかげで俺は、美晴への恩返しの良い手段を思い付く事ができた。

「じゃぁ、それも含めてやってみましょうか。」

「何々? 芳彰くん何の話?」

「美晴を着せ替えさせて、デートに連れ出してみましょう。」

「何、どういう事? それ面白そうな話よね?」

運転しながらも、目を輝かせている弘美さんに、実は・・・と、絵のお金と近々家に帰る旨を話した。すると弘美さんは興味深そうに耳を傾けた後、驚くべき事を口にした。

「じゃぁ、美晴をお泊り有りで貸してあげる。」

「は?」

やっぱりこの家族は常識では測れない。

「時間はあるようで無いのよ? 思い出は多い方が良いでしょ?」

とりあえず、納得できるだけの理由があってホッとはしたが。こんな考えを持つ人間を親に持つと日常が大変だろうと、少し美晴に同情してしまう。

いや、余計なお世話というものだろうか?・・・この親がいて、あの彼女が完成したのだ。

「あぁ、でもまだ私、おばあちゃんにはなりたくないからね?」

また改めて念を押され、俺は苦笑するしかなかった。

絵の値段って、本当に分からないんですよね。

ネットで探してみると、

「いくらにしますか?」と聞くと、皆さん困ってらっしゃいます。

的なお話を見つけました。

・・・そうでしょうね。

私だって、自分の描いた絵に、自分で値段をつけろと言われても

相当困ります。

いくらで買ってくれますか? って言う方が気が楽です。

所詮私は投げ出した人で、趣味レベルなんですけどね(^^;

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