第4話:泥のスクラップと忍び寄る指先
「左のやつが前輪を狙ってやがる! 弾け、リュウ!」
「言われるまでもねえ!」
リュウは右のブレーキペダルを一気に踏み込み、アクセルを全開にした。急激な信地旋回。悲鳴を上げるサスペンションと空転するタイヤから、激しい白煙が巻き上がる。
迫り来ていた敵機の目の前で、リュウたちの機体はコマのように横滑りしながら鋭角に旋回。追撃のハサミを虚しく空転させた野良機体の側面へ、リュウは車輪を滑らせながらピタリと車体をねじ込んだ。
「位置は最高だ、叩けガンビー!」
「へっ、おあいにく様だなぁッ!」
ガンビーが身を乗り出すようにしてレバーを突きたてる。
一機目の側腹部へ、油圧爪が深々と刺さった。相手の装甲をバリバリと強引に引き剥がしながら、リュウはその勢いのまま残る2台へ向けて車体を「盾」として滑り込ませ、同士討ちを誘導する。
衝突音、破砕音、そして吹き荒れるオイルのシャワー。
『信じられない! 3台の挟み撃ちを、旋回と一撃の完全な同調で返り討ちだぁッ! 元軍人コンビ、10台の乱戦を見事に生き残ってトーナメント進出決定!!』
静まり返るアリーナ。煙を上げる残骸の山の中で、リュウたちの継ぎはぎだらけのマシンだけが、荒いアイドリング音を響かせて立っていた。
「はぁ……はぁ……、やったな竜……いや、リュウ」
「ああ。だが……マシンが限界だ」
コクピット内には焦げたオイルの臭いが充満し、油圧警告灯が点滅していた。
インターバルのピットエリア。
観客の歓声を背に、リュウとガンビーは決勝トーナメントへ向けた応急処置のために一度マシンを降りていた。
「おい、ワークスの整備班! 予備のホースと冷却液を寄こせ!」
ガンビーが苛立ちながら叫び、ピットの奥へと向かう。
そのわずかな隙だった。
ガレージの陰から、くたびれた黒いスーツを着た老人が静かに姿を現す。その背後には、準決勝でリュウたちに無惨に叩きのめされ、執念と憎悪に目を血走らせた敵ワークスのメカニックが潜んでいた。
「……聞いたかい? あの二人の勝ち上がりで、本命の賭け率が暴落して大損だ。次の決勝で『事故』を起こしてもらわにゃ困る」
黒い服の老人が、薄笑いを浮かべながら顎でしゃくる。
敵のメカニックは冷や汗を流しながら、ジャッキアップされたリュウたちのマシン下へと滑り込んだ。手に握られているのは、小型のニッパー。
標的は、アームの「油圧緊急バイパス配管」——限界以上の負荷がかかった際、圧力を外部へ逃がすための安全装置だ。
『カチッ』
暗闇の中で、細い配管が一本、静かに切断された。
これがあれば、どれほど強い負荷がかかっても安全弁は作動しない。次に限界を超えた負荷がアームにかかった時、逃げ場を失った油圧は逆流し、シリンダーごとコクピット内部(ガンビー側)へ向かって爆発する。
「……へへ、これで終わりだ。元軍人様よ」
工作を終えた影は、足早にピットの闇へと消えていった。
それと入れ替わるように、冷却液を抱えたガンビーとリュウがピットへ戻ってくる。
死の仕掛けが施されたとも知らず、リュウはスパナを手に取り、相棒へ向かって短く告げた。
「行くぞ、ガンビー。次が最後(決勝)だ」
「おうよ。サクッと勝って、あの老いぼれから札束をぶんどって酒を飲むぞ!」
満身創痍の機体が、地獄の決勝リングへと向かってゆっくりと動き出した。
(第4話:終わり)




