第3話:戦場の記憶と10台のカオス
スパナを握り、油圧パイプの歪みを強引に叩きのめしていたリュウの手が、ふと止まる。
深夜のガレージ。溶接の火花が散る傍らで、ガンビーが黙々とアームのシリンダーを磨き上げていた。
オイルの匂いと、暗闇の中で散る青白い火花。その光景が、リュウの脳裏にかつての「原点」をフラッシュバックさせる。
陸上自衛軍の薄暗い格納庫。
配属されたばかりのリュウが、同じように壊れかけたビークルの下で作業していた男に声をかけた、あの日の記憶だ。
『岩崎竜雄。コールサインは“リュウ”』
男はレンチを握ったまま、顔だけを上げてリュウを睨み返した。
『……で、そっちは?』
『……ガンビー』
『本名は?』
『それは聞かないほうがいい』
理由など尋ねなかった。互いに表の社会には戻れない事情と、泥を啜ってでも生き残る覚悟を抱えていることだけは、言葉を交わさずとも理解できた。
あの日から、二人はずっと「リュウ」と「ガンビー」だった。
「……おいリュウ、手が止まってるぞ。過去に浸ってる暇があるなら、そのバルブを締めろ」
ガンビーのダミ声で、リュウは我に返る。
隣を見れば、相変わらず無愛想にシケモクを咥えたガンビーがいた。
「……フッ、なんでもない。出すぞ、ガンビー」
「おう!」
『さあ開幕したぁッ! B級クラフトマンクラス、10台無差別のバトルロイヤル!!』
アリーナ中に響き渡る実況の怒号と、観客たちの地鳴りのような歓声。
重苦しい金属音とともに全機のゲートが開き、10台の鉄塊が一斉に爆音を上げてアリーナ中央へと雪崩れ込んだ。
煙と火花が視界を埋め尽くす。
軍用機のような整った陣形など存在しない。前後左右から、重装甲のビークルが牙を剥いて突っ込んでくる地獄の乱戦だ。
「リュウ! 2時方向からグラップル持ちが来る! アームの届くギリギリまで寄せろ!」
「任せろ!」
リュウはアクセルを底まで踏み込み、ステアリングを鋭くねじ込む。
正確無如な車体制御(ライン取り)により、急造のB級機が悲鳴を上げながらも最小限の旋回半径で敵機の死角へ滑り込んだ。敵のグラップルアームが空を切り、アリーナの床を削って激しい火花を散らす。
『なんだあの走りはァ!? ワークスの最新機を紙一重でかわした! まるで車体の端から端まで神経が通っているかのようだ!』
「もらったぁッ!」
ガンビーが阿吽の呼吸でアームのレバーを引き絞る。
精密な計算ではなく、長年の戦場感による「野性のカン」。相手が体勢を崩した絶妙のタイミングで、突貫工事のシングルアームが咆哮を上げた。
——ドカァンッ!!
寸分違わぬ一撃が敵機の足回りを粉砕。相手は片側の舵を失い、悲鳴を上げながら壁面へと激突、沈黙した。
「よし、1台撃破! だがリュウ、後ろだ! 泥泥の野良どもが群がってきやがる!」
「チッ……ハイエナ共が!」
バックミラーには、乱戦の中で弱った獲物を狙う3台のプライベーター機が、アームを振りかざして迫っていた。
(第3話:終わり)




