第5話(最終話):鉄と油の遺言
『さあ、B級クラフトマンクラス、運命の決勝戦だぁッ!!』
熱狂が最高潮に達したアリーナ。
対角線上のゲートに立つのは、資金力に物を言わせたワークス直系の重装甲ビークル。対するはこちら、泥とオイルに塗れ、一晩で組み上げられた野良の継ぎはぎ機。
「竜……いや、リュウ。あのデカブツ、正面の装甲は分厚いが、旋回後の戻りが一瞬遅い」
「ああ、分かっている。合わせるぞ、ガンビー!」
シグナルが青に変わると同時に、リュウはアクセルを踏み抜いた。
激突。火花と唸り声がアリーナを包む。
相手の巨体とパワーに対し、リュウは精密な車体制御(ライン取り)で攻撃を最小限の挙動で受け流し、死角へと滑り込む。
「そこだ、叩けぇッ!」
ガンビーがアームレバーを引き絞る。
突貫のシングルアームが咆哮を上げ、敵機の側量を捉えた。だが——次の瞬間、異変が起きた。
——ガチッ!!
「……ッ!? なんだ、アームが戻らねぇ!?」
敵の装甲を捉えた瞬間、アームが噛み込んだまま固着。
圧力計の針が振り切れ、コクピット内に甲高い警告音が鳴り響いた。
「バイパスが働いてねぇ……圧力が抜けねえんだ! このままじゃ油圧ラインが逆流するぞ!?」
「なんだと!? 引くぞ、ガンビー! アームを切り離せ!」
危険を察知したリュウがステアリングを切ろうとする。
しかし、敵機もまたこの機を逃さず、リュウたちの車体を強引に押し込み、壁面へと叩きつけようとアクセルを吹かした。
アームを通じて伝わる破格の負荷。逃げ場を失った高圧の油圧は、死んだ安全装置を通り抜け、逃げ場を求めて逆流を始める。
「だめだ……切断弁も固着してやがる!」
「ガンビー、レバーを離せ! 席を後ろに引け!!」
リュウが叫ぶ。だが、ガンビーはレバーから手を離さなかった。
どころか、血走った目で歯を剥き出し、歪むレバーを全身の体重をかけてさらに押し込んだ。
「ふざけろ……! ここで手ぇ引いたら、二人まとめて押し潰されて終わりだぁッ!!」
「ガンビーーッ!!」
「押し込めぇぇぇ、リュウッ!!!!」
ガンビーの叫びと、リュウの怒号が重なった。
リュウは涙を呑んでペダルを底まで踏み込み、車体を狂わんばかりにねじ込む。
——ドォンッ!!!!
限界を超えたシングルアームが敵機のメインフレームを叩き割り、完全大破させた。
チェッカーフラッグが振られ、実況の狂乱した歓声がアリーナに響き渡る。
二人は勝った。
だが、その歓声の渦の中——
――カァンッ!!
コクピットの闇に、鋭く乾いた金属音が響いた。
「ガンビーーーッ!!!」
リュウの悲鳴のような絶叫だけが、狂乱のアリーナの中に消えていった。
……病院の集中治療室。
アリーナの熱狂が嘘のように消え去った静かな部屋で、機械の重い脈拍音だけが響いていた。
消毒液の匂いが満ちる中、リュウはただ静かにベッドの傍らに立っていた。
全身に包帯を巻かれ、呼吸も途切れ途切れのガンビーが、ゆっくりと目を開ける。
「……勝った、な……竜雄」
ふと、混濁する意識の中で漏れ出たのは、軍時代にも呼んだことのない、相棒の本名だった。
「喋るな、ガンビー。今、医者が……」
「聞け……時間ねえんだ……」
ガンビーは震える手で、ポケットから血とオイルのべっとりとついた一葉の紙切れをリュウの手に握らせた。そこには、小さな文字で銀行の口座番号と、ひとつの本名——『岩城 元』と記されていた。
「俺の……口座だ……。あのアパートの……床下に隠してある……」
「何言ってやがる……これはお前の金だろ! 一緒に酒を飲む約束は……!」
「……その金で……この泥沼から……足を洗え……」
ガンビーはかすかに、だがどこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「シャバに戻って……まともに暮らせ……。お前の手は……機械を壊すためじゃなく……直すために……使え……」
「ガンビー……!」
「じゃあな……リュウ……」
最後は、いつものコールサインだった。
握り締められた手が静かに力を失い、心拍音のモニターが虚しい平坦な音を奏で始める。
リュウは崩れ落ち、血塗られたメモを握りしめたまま、静かに頭を垂れた。
エピローグ:ガレージの奥に眠るもの
数年後。
街の片隅にある、静かな自動車整備屋。
「へい、毎度どうも。オイル交換終わったよ」
無精髭を蓄えた男——岩崎竜雄は、客の乗用車のボンネットを閉じ、汗を拭った。
客が笑顔で去っていくのを見送り、彼は静かにガレージの奥へと歩みを進める。
ガレージの最深部。暗がりの中には、厚いキャンバスシートが被せられた一輪の巨大な影があった。
風が吹き抜け、シートの裾がめくれる。
チラリと覗いたのは、かつてB級デュエルを駆け抜けた、補償代わりに強引に奪ってきたあの継ぎはぎだらけのシングルアーム機。その右アームには、今もあの日切断された一本の配線の傷痕と、乾いた血の跡が静かに残されていた。
リュウはシートの端を優しく撫で、ポケットから缶コーヒーを取り出す。
「……今日もシャバは平和だぞ、ガンビー」
静寂の中、返事はない。
だがリュウは、相棒が残した「遺言」とともに、今日もここで工具を握り続けている。
……あの日、ガンビーと同じように無茶な笑みを浮かべ、危うい熱量で死線に突っ込んでいく「ジョウ」という青年に出会うまでは。
(『鉄と油の遺言:アームドビークルズ外伝ーリュウー』・完)




