第四話 現状
洞窟の奥に建つ家の中は、立派なキッチンにベッドが並べられた、驚くほど豪華な作りだった。
香ばしい匂いが空間を満たしていく。
タロスが慣れた手つきで肉を焼き、バンは川から捕ってきたばかりの魚の内臓を鮮やかに捌いて火にかけている。
シンは特にやることもなく、出された白湯を静かにすすんでいた。
やがて、食卓に豪快な料理が並ぶ。
それぞれが口に運び始めると、自然と会話が始まった。
「で、本当の目的は?」
バンが串焼きの魚を齧りながら、シンに視線を向けた。
「本当に、何も無いんだ……。強いて言うなら、じいちゃんに『世界を見て、仕事をして、妻でも娶りなさい』って言われたくらいだな」
「おいおい! お尋ね者になったシンが結婚か?」
タロスが肉を頬張りながら、豪快に笑う。
「しかし旦那、なんでタロスはこの少年を主人にしたんで?」
「それはお前、あれだろ……助けてもらった恩だよ」
「あー、なるほどねぇ」
納得するバンを余所に、シンは淡々と言い放った。
「いや、俺が助けたのは店主であって、タロスではない」
「おいおい、そんな切ないこと言わないでくれよ。これでも俺は役に立つぜ?」
「二人ともお尋ね者なのに?」
バンの冷ややかなツッコミに、タロスは大ウケしてさらに笑い声を響かせた。
「でも、本当に目的なんてものは無い。ただ、自分がダメだと思ったからやったんだ」
シンのその言葉に、バンは小さく息を吐いた。
「……それでいいんじゃないですかい? そもそも、この国は腐ってますからねぇ」
「そうだ。腐敗しまくっている」
タロスが同意するが、シンは首を傾げた。
「え? 彼らだけではなく?」
「あいつらはただ真面目に仕事をしただけかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんなこと、考えるだけ無駄だと思うぜ。……まぁ、ここらから一番近い村で、まともな村長がいるのは『チコリの村』くらいでさぁ」
「チコリの村?」
「あぁ、あそこは知る人ぞ知る村だな。なんでも、お堅い武官様が規律重視で守っているんだ。行ってみるかい?」
シンは少しだけ考え、呟いた。
「……少し、気になるな」
そんな会話で盛り上がっている頃。
このエリアを束ねる街・ミルドの執務室では、シンにやられたあの隊長が、真っ二つに斬られた制式槍を机の上に置き、深く膝を突いていた。
「――報告します。少年は剣でこちらの槍を斬り、小石を投げて部下の一名を気絶させました」
沈黙。
やがて、机の上にうず高く積まれた書類の山の向こうから、若く、ひどく疲れ切った女性の声が聞こえてきた。
「……その槍、四万クレドですよね? あー、損失。さらにタロスを逃したの? 人件費の損失。怪我とか最悪。どうして私の元には、こんなに損失の報告しかないの? 追加の予算を予算局に送ればいいの? 人員も増やす? さらに手配するの? いくら? 法的には手配しないといけないけれど……まず手続きが……」
独り言のように早口で呟く彼女は、帝国の立派な文官であった。しかし、まだ若い。
地べたの現場のことなど分かりもしないだろう。
隊長は冷や汗を流しながら結論を待つが、そのブツブツという呟きはいつ終わるのかも分からなかった。
しばらくして、彼女はペンを止め、冷徹な答えを導き出した。
「あの少年は、法的には手配できません。すべてタロスの仕業にします」
「しかし、報告の通り少年の目は赤く変化しました! 何か、特殊な人間なのでは……!」
必死に訴える隊長を、彼女は書類から目を離さないまま一蹴した。
「目が赤い事例なんて、中央の記録にありません。あー、ただの酔っ払いくらいですね。とにかく、タロスを捕まえてください。もうすでに、四人の村長が殺されているのよ……!」
「はっ……! かしこまりました!」
逃げるように隊長が出ていくと、彼女は素早い手つきで報告書を書き上げた。
「これ、首都へ」
控えていた部下に手渡すと、彼女は机の上の、綺麗に断ち切られた槍の断面をチラリと見た。
その瞳に、一瞬だけ深い、暗い陰が差す。
「……あれが斬れるのは、この世に一人だけですよ。二人もいらないですよ」
ぽつりと呟いた彼女の言葉は、誰に届くこともない。
「はぁ……。殺された村長たちも不正役人ばかりなんですから、タロスの罪だって本当は軽いんですからね……。仕事増やさないでほしいなぁ……」
盛大なため息をひとつ。
彼女の意識は、再び残された膨大な書類の山へと沈んでいった。




