第六章「帝都の防衛」2
一方、深淵弓のアンソニーは召集を受け、西の防衛にあたっていた。
アンソニーの深淵弓とは、弓使いの素質の突然変異とも呼ばれる異質なもので、殺傷能力は無いが射られた者の動きを0.2秒ほど止めることができる。
ヤブサメサバイバルで脚の魔鋭ランナーの相手をした際、アンソニーは1秒に1回の矢を射ることができたため、つまり全体時間の1/5の動きを止めたことになり、討伐に一役買ったのだ。
(俺なんかでいったいどうすればいいというのか)
アンソニーは弓を持つ右腕を左手で抱えつつ、馬上から不安そうに西の荒野を見つめ思った。
そう思いつつ、アンソニーはすでに秒間5回も矢を射ることができる。
つまり、敵1体なら完全に動きを止められると言うことだ。
そういう算段があるからこそ、アンソニーは再び現れた脚の魔鋭の討伐任務を請け負っていた。
少しして後ろから声をかけるものがいた。
「アンソニー殿とならこの仕事、成せないことはないでしょう!」
その男は帝国の鎧と兜で身を固め、両手には大きな斧槍を携えている。
そしてもちろん馬上である。
「そうですね・・・」
アンソニーは苦笑した。
この男は討伐にあたる際、1人では無理だと言い張るアンソニーのお供として付けられた帝国の将である。
名は<シュタイン>
帝都一の剛腕を持つ者と言われており、お世辞抜きで百人力の戦力だ。
(確かに心強いが・・・)
しかしアンソニーはあの怪物を目の当たりにしている。
あの体長6メートルの怪物を本当に止めることができるのだろうかと。
しばらくして、西の向こうから轟音と共にこちらに向かってきているであろう影が見えてくる。
「おそらくあれだ」
アンソニーは無限弓を構え、西に向かって連射した。
漆黒の矢が次々に西に消えていく。
おそらくほとんどの矢は外れているだろう。
しかし1つでも当たればコンマ2秒動きを止められる。
「確かにあんなものが突っ込んできたら、城壁などひとたまりも無いな!」
シュタインは斧槍を振り回して脇に構えると馬を駆り、射線を切らないように気をつけながら脚の魔鋭に向かって進んでいった。
そして、ある程度まで近づくとその風貌と地を踏み鳴らす破壊音に度肝を抜かれる。
「聞いてた話と違うじゃないか・・・」
シュタインは思わず呟く。
馬の身体に赤子のような人間の頭。
さらにその背中には赤黒い大きな翼が付いている。
脚の魔鋭は進化していた。
<脚の魔鋭ランナーセカンド>に。
その恐ろしい姿に勇猛な将であるシュタインでさえも近づくことを躊躇わされた。
(これは完全に止まっていなければ、対処できないだろう)
シュタインはアンソニーの元に慌てて引き返した。
アンソニーは戻ってきたシュタインの表情を見て言った。
「だから言ったでしょう」
アンソニー達は必中の距離300メートルまでランナーセカンドを引きつけることにした。
300メートルほどまで近づいたランナーセカンドの姿はやはり悍ましく、アンソニーは恐怖を押し殺しながら矢を連射する。
ランナーセカンドが巻き起こす砂埃と轟音がやがてやみ、その動きが完全に停止するとシュタインが動いた。
巨大な左前脚に向かってすれ違い様に斧槍の一撃を加える。
さすがは剛腕の将だった。
その一撃が弾かれることはなく、皮一枚を削ぎ落として真っ赤な傷口が露出している。
「行けるか・・・!?」
アンソニーは連射しながら呟いた。
ランナーは走れなくなると心臓が停止して死亡する。
その弱点をセカンドが克服していなければ、そのまま倒すことは可能だ。
そして、シュタインは猛烈な勢いで左前脚を集中攻撃していく。
しかしその時、遠距離から矢を射ていたアンソニーだけが異変に気がついた。
(う、動く・・・!)
アンソニーは感覚で理解した。
「シュタインさん!退がれ!」
アンソニーの叫びがシュタインに届いた瞬間、シュタインは巨大な左前脚に蹴り上げられ、そのバラバラになった身体が宙を舞っていた。
そして再びランナーセカンドは停止し、少ししてまた動くのを繰り返しながら、帝都に向かって確実に近づいてきている。
(なぜだ・・・?)
アンソニーは0.2秒の停止矢を1秒に5回放っている。
確実に動きを止められるはずだった。
(ランナーセカンドはその常識を超えてくるのか?)
アンソニーの考えは当たっていた。
ランナーセカンドは深淵弓への耐性を習得しつつあるのだ。
「た、助けてくれ・・・」
アンソニーは呟いた。
少しづつ距離を詰めるランナーセカンドに対し、効き目が薄れつつあると知りつつもこの矢を止めることができない。
止めれば一瞬のうちに、シュタインのように轢き殺されてしまうだろう。
「た、助けてくれえええええええええ!」
アンソニーはもう泣き叫ぶことしかできなかった。
アンソニーは声が枯れるまで泣き、掠れた声で助けを求めた。
すると、涙で滲む世界に何かがゆらめいた。
「ほう、あれが脚の魔鋭か」
気がつくとアンソニーの斜め前に、水色の肌をした悪鬼が立っていた。
背には透き通る水色の美しい刀が納められている。
「え?あなたは?」
「俺は自由の悪鬼ブモン。奴の相手、お前じゃあ荷が重かったようだな」
自由の悪鬼ブモンという名を、アンソニーは聞いたこともなかったが、もはや謎の存在に人類の命運を託すしかなかった。
「矢を射るのも疲れただろう。奴が俺の存在を認識したら、その矢を止めろ」
ブモンはそういうとランナーセカンドに突っ込んでいった。
そしてランナーセカンドの目の色が変わるのが、アンソニーにも明確に理解ができた。
(なぜだか分かる・・・奴は俺の様な者を積極的に襲う習性がある!)
とブモンは思う。
明らかな警戒の姿勢を見せるランナーセカンドに対し、ブモンはライジングフロウを抜いて勢いよく飛びかかった。




