第五章「ブモンの武者修行」3
試合後、ブモンが道場の隅で休んでいると何者かがゆっくりと近づいてくる。
「ブモン殿の方が私よりも強いかもしれませんなあ」
短髪の剣士風の人間が声をかけてきた。
この男は<ムネヒロ>という名の第一道場の師範代である。
「それはどうだろう」
ブモンは謙遜した。
ライジングフロウを含めたブモンの実力は、すでに師範代であるムネヒロを軽く超えているだろう。
「少し外を歩こう」
ムネヒロの誘いで、2人は村(道場ビレッジ)を歩き始めた。
「セキサイ様と第一道場を始めたのも20年前か。時が経つのは早いものですなあ」
ムネヒロは語り好きであり、気に入った武芸者を見つけるとすぐに語りかけてしまう。
その点はセキサイによく似ていた。
ムネヒロによれば、魔鋭セキサイは魔王の配下として人間と敵対したままで良いのかずっと悩んでいたという。
魔物として生きるのか、剣士として最強を求めるのか、その感情の狭間で生まれたのがこの道場ビレッジだった。
「私も当時は活発でね。強さを求めるために人間でありながら魔王軍に入ってたんですよ。それからですね。セキサイ様に魅せられていったのは」
ムネヒロがセキサイに魅せられたように、セキサイもまた、圧倒的な強さを持っていたムネヒロに興味を持った。
いつの日かムネヒロはセキサイの右腕となり、第一道場の師範代を任される。
初めは魔物のための道場だった。
しかしセキサイの柔軟な考え方は、魔物と人間の枠を越えて、次々とあらゆる階級の道場を生み出していった。
その多様性はエクササイズ目的の道場も作られたほどである。
「こんなことを言っちゃあ差別かもしれませんが、あの人は人間以上に人間らしい。好奇心旺盛で優しい心を持っている」
ムネヒロは村を見回しながら言う。
ブモンはセキサイと少ししか話したことはないが、心に余裕のある者の人当たりの良さを感じたのを思い出していた。
2人がそろそろ戻ろうかと村を一周してきた時、前方から1人の女性が近づいてくる。
その者は紫色の髪をした冒険者らしき格好ではあるが、腰にはしっかり剣が携えられていた。
「見たことない者だな・・・」
ムネヒロは呟いた。
ムネヒロの記憶力は常人の8倍はある。
その記憶力と洞察力を持って数多の剣技を習得してきた。
しかし、ムネヒロの洞察力よりもブモンの直感がその者の力量を正確に見定めていた。
(こいつ、イレギュラーか?)
ブモンは思う。
紫髪の冒険者が剣を抜いた。
「何者だ?」
ブモンが言った。
「辻斬りだよ」
紫髪の冒険者はニヤリと笑って答える。
「このような場所で辻斬りを行うとは面白い。ならば私が相手をしよう」
ムネヒロも刀を抜き正眼に構えた。
ムネヒロと冒険者がジリジリと近づき、やがてムネヒロが斬り込む。
(何という速さ)
ブモンはムネヒロの剣速に驚いた。
しかし、冒険者は横移動でギリギリそれを躱している。
「ぐうッ・・・!」
ムネヒロが唸った。
腰の辺りが血で滲んでいる。
(斬られたのか・・・!?)
ブモンの眼では追えないほどの一瞬だった。
それからもブモンの眼を置き去りにする戦いが続き、冒険者も多少の切傷を負っていたが、ムネヒロの傷は尋常ではなくなっている。
息を切らしながら喘ぎ、どうにか立っているムネヒロを、冒険者は落ち着いた表情で見ていた。
「ムネヒロ。あんたは退がれ。こいつはよもや、俺に関係あるかもしれない」
ブモンはムネヒロの前に出て、ライジングフロウを脇に構えた。
「その圧倒的な対応力で、こいつを対応できるかな?」
ブモンはそういうと同時に、ライジングフロウを横に振り抜き、発生した突風が冒険者に襲いかかった。
「くッ・・・!」
冒険者は横に転がりながら、それを回避しようとするが掠ってしまい、わずかに吹き飛ばされてしまう。
そして起きあがろうとする冒険者に対して、ブモンは次の一手を加えようとしていた。
初速バーストである。
風で体制を崩した相手に初速バーストを決めるという極悪非道の奥義。
自分でも認識できないほど、圧倒的な速度で移動するブモン。
しかし次の瞬間、冒険者と身体が密着していた。
本来ならば、剣を振り抜きながら通り過ぎ、相手は後方で倒れている。
だがなぜか、冒険者の身体に剣を当てたまま静止していた。
ブモンは初速バーストの弱点を思い出す。
(残盾・・・!?)
「気づいたかい?ブモン」
冒険者のあざ笑う声が聞こえ、ブモンの身体はわずかに浮いた。
足払いによって地面に倒されたらしい。
直後、とどめの顔面蹴りによってブモンは意識を失った。
目を覚ましたのは道場ビレッジの離れにある宿の一室だった。
部屋の椅子にはムネヒロが座っている。
「あの女は!?」
ブモンが聞いた。
「逃げられた。あれは何者なんでしょうね」
「確かあの紫髪、ヤブサメサバイバルの競技者にいたような気がする」
ブモンは眉間にシワを寄せ、顎に手を当てて言った。
「ほう。あれは防御の素質だった。剣撃への対応力もそうだが、初速バーストを無効化したことでそれは確定している」
ムネヒロは椅子から立ち上がり、部屋の出口へと歩き出す。
「セキサイ様にも報告したが、あれほどの腕の者を知らなかった。捜索は続けているが希望は薄いでしょうな」
「奴も道場に勧誘するのかい?」
ブモンは呆れたように聞いた。
「当たり前でしょう。彼女の技は我々をさらに強くする」
ムネヒロは出口の前で立ち止まった。
「不思議なのは辻斬りと言いながら、我々の命を取らなかった。まるで剣技を試しているかのよう・・・」
「奴も俺らと同じ考えだったのかもな」
「確かに。剣の道は奥が深いので」
ムネヒロはドアノブに手をかけ、出口を開いた。
「明日、第一道場にセキサイ様が来る。ブモン殿に会いたいと言っておられるよ」
ブモンの心臓が高鳴った。
セキサイの再戦をブモンは待ちわびていたのだ。




