第四章「分体集め」3
招かれた小屋の3方の壁には分体の瓶詰めが高く積まれ、まるで壁自体が蠢いているように錯覚する。
(おぞましい・・・)
「申し遅れました。わたくしチェリッシュと申します」
女性はチューリップハットを取り、頭を下げた。
「先日の魔物襲撃で分体は奪われましたが、別保管していたため被害は26体ですみました」
「ガニエフさんもその時に・・・」
セリアは聞いた。
「ええ、取り返そうとして・・・」
「ガニエフさんとの関係は?」
「信仰仲間でした」
勇者信仰にもいろいろな派閥があるらしく、彼女達は教団に属しているわけではないらしい。
「我々は20人ほどの小規模なコミュニティで動いています。教団より現実的な思想で世界を平和にしたい。分体を集めているのはキリングハートのチカラを削ぐためです」
「分体を集めてキリングハートのチカラを削ぐというのは?」
「分体はキリングハート一部です。それを集めるということは、キリングハートの身体が小さくなるということ」
どうやら、弱体化に直結するかまでは突き止めていないらしい。
「勇者が復活した時、倒しやすいようにというわけか」
マモルはビンを眺めながら、部屋を練り歩いている。
「その通りです」
現実的なコミュニティとはいえ、結局は勇者が復活するという結論を信じているらしい。
「これだけの分体があるということは、湧く位置がある程度絞れているのだろう?」
「正確な位置は分かりませんが、おおよそは」
(そこが裏の世界への門だな)
マモルはニヤリと笑った。
「その瓶を開けてみせてくれ」
「それは無理です。万が一取り逃したら、ここでのことがキリングハートにバレてしまいます」
分体は直接キリングハートと融合しなければ、情報を伝えることができない。
それに、動きも単調で捕まえることは簡単のようだ。
「ならば、俺に考えがある」
マモルは正確な考えを図にして説明した。
まず、湧く範囲を囲むように溝を掘る。
その1箇所に分体が通れる穴を開けて、ここまでの溝には傾斜を作る。
その穴を地下まで掘って、地下室を作る。
最後に分体をこし取れるフィルター付き排水を地下室に作り、穴の反対側の溝へ流水を引いてあげれば、動き回った分体が何時か溝に落下し流水に流されて地下室に自動で貯まる仕組みとなる。
(これを現実でやるとなると時間がかかりそうだが・・・)
この技法は元の世界にあるゲームソフトの知識だった。
「なるほど、これほど大規模なトラップは思いつきませんでした」
チェリッシュは考え込んでいる。
とりあえずやってみることになった。
場所は小屋から数キロメートル離れた森である。
まず、チェリッシュの言う湧く範囲から余分に10メートル外側に印の線を引いていく。
そうすると約100×100メートルの正方形が範囲となった。
3人に不穏な空気が流れたが、スコップを手に取り工事に取り掛かった。
(これは年単位かかるな・・・)
翌日すぐにチェリッシュは信仰仲間に連絡をとり、協力を求めた。
その日からマモルとセリアは、相変わらず野外のテーブルから動かない老人に食事を用意して、朝から晩まで作業をする生活を続けていく。
ある日、雨が降ってきた。
老人はテーブルから動かず雨に濡れている。
それがこの老人の強烈な意地だった。
その日、老人が一点を見つめ雨の飛沫を感じていると、突然それが止んだ。
傘を持ったマモルが後ろに回り、雨を防いでくれている。
「風邪をひく。いい加減に小屋の中に入ったらどうだ?」
「・・・」
老人は無視の体である。
「そう言う態度なら、俺も意地を通そう」
マモルは雨に濡れながら、老人に傘を差し続けた。
「もう良い」
老人は言った。
いくらこの老人でも、マモルを意地に付き合わせるのは気が引けるらしい。
「お前はそんなガラクタで魔鋭と戦うつもりなのか?」
老人はマモルが腰に携えている、自動装填の勇弩を指して言っている。
(何を知った風な口を・・・)
自動装填の勇弩は武器研究の世界的権威カラクが考案した武器である。
それをこんな偏屈な老人に、あれこれ言われるのは腹が立つ。
そのことでしばらく言い合っているうちに雨が上がって、日が射してきた。
すると、今まで雨に紛れていた気配が木陰から浮き彫りになる。
2人の背後で忍び装束の男が木にもたれかかっていた。
「ヨモギザワか」
マモルは振り向いた。
「おまえなら辿り着けると信じていた」
ヨモギザワはそう言いながら近づいてくる。
「ほう、忍者か」
老人はヨモギザワに興味を示した。
「なんだこのジジイは」
「・・・」
ヨモギザワの見下したような態度に、再び老人は一点を見つめ出した。
この老人がこうなってしまったらどうしようもない。
「ちょうど良かった。穴掘りを手伝え」
「それはできん」
「邪魔したり、ヒントをくれたり、おまえは一体何なんだよ」
「俺はキリングハートの分体だ」
ヨモギザワの言葉にマモルは絶句した。
「心配するな。敵対するつもりはない」
「どういうことだ?」
「俺と兄貴はキリングハートの子孫だ」
「・・・!?」
「遥か昔、キリングハートは人間だった。不老不死の肉体を得た奴は、悠久の時を過ごす中で精神を歪め、魔物となった。長い時間をかけてその肉体は自分の都合の良いように進化していった。その子孫の運命さえも歪めるほどに・・・」
ヨモギザワは声を詰まらせた。
「もちろん、俺たちは普通の分体ではない。意思を持つ人間だ。しかし兄貴はキリングハートの影響を強く受けすぎ、奴の傀儡になってしまっている。俺も分体に関わり続ければいずれそうなるだろう。だから手を貸すことはできん」
「そうだったのか」
「しばらく姿を消す。キリングハートが死ねば、俺はお前に力を貸そう・・・」
ヨモギザワはそう言うと、もたれ掛かった木に同化して消えていった。




