帰郷編・4『聖女ふたたび』
「〝世界樹の扉〟はどこにある?」
俺が真剣に尋ねたら、ネラーは一瞬キョトンとした表情を浮かべてから、腹を抱えて笑った。
「あははは! あーははははっ!」
「おい。なぜ笑う」
「あはははははは! お腹痛い、お腹いたいっ」
目じりに涙すら浮かべている。
ソレひとつで世界の命運を左右できるほどの情報だ。答えを渋られることは予想はしていたが、笑われるとは思わなかった。
……というか、いつまで笑ってるんだコイツ。
さすがに腹が立ってきたな。ネラーに触るの厳禁だって言ってたけど、スキルは使っちゃダメとは言われなかった。一発スキルでもぶちこんでやろうかな。
俺が真面目に検討していたら、ネラーは肩を揺らしながらも息を整えて言った。
「いやぁ傑作だね。この二千年で一番笑っちゃったよ」
「なんでだよ」
「そりゃ君が鈍すぎるからさ。……前世の頃から鈍い鈍いって言われてたけど、アレ演技じゃなかったんだね。正直、中学高校と気づかないフリしてるだけだと思ってたんだけどね」
「だから何の話だよ?」
「一神さんだよ。あれだけ猛アタックされてたのに、その調子じゃ、当時はまったく気づかなかったんだ? まあでもさすがにもう気づいてるでしょ?」
「……そうじゃないって。なんで〝世界樹の扉〟のこと聞いたのにソレが出てくるんだよ」
誰が前世の話をしろと言ったんだ。
「本質的には同じだよ。君は自分の興味を持ったモノ以外に無頓着すぎるんだ。一神さんの好意にしても、音無君の執着にしてもそう。ましてや後輩の女の子の憧憬に関してなんて、言うまでもないことだよね」
「……後輩?」
「例え話だよ。いまはもう気にすることじゃないさ」
「そうか。それでそれが〝世界樹の扉〟とどう関係があるんだ?」
「それは――蜷帙′遏・縺縺ヲ縺?k縺九i縺?繧――からだよ」
「……え?」
なんだ、いまの。
いきなりネラーの言葉がブレて妙な発音になった。
逆再生のような、耳馴染みのない音だった。
ネラー自身も驚いて、もう一度口を開く。
「あれ……蜷帙′荳?逡ェ遏・縺縺ヲ縺?k縺ッ縺。だめだ、言えないね」
「なんだいまの」
「なるほど、なるほど。この感じだと、僕じゃ君に説明できないみたいだね」
納得顔のネラー。
いや、勝手に納得されても困るんだが。
「何が起こってるんだ?」
「おそらく、僕はこの世界にとってはバグみたいなものだからだね。イレギュラーな存在は、世界樹のような世界全体の命運を直接左右する言動は世界そのものに禁じられているみたいだ」
世界そのものに禁じられている?
「つまり、俺に教えることはできないと?」
「そうだね。これに関して僕から言えるのは、君が――というよりミレニア氏が心配する必要はないってことだけかな。いまのところは、だけどね」
よくわからないが、ネラーにもどうしようもないことらしい。
「そうか。ならひとまず【悪逆者】が俺たちより先に手に入れるってことはないって返事で良いんだな?」
「【悪逆者】か……ま、そうだよ。現時点では彼らが手にする資格はないかな。僕が知ることができるのは現時点での真実だけだから、未来はわからないけどね」
軽くウィンクをするネラーだった。
真実を視ることができる彼が言うならそうなんだろう。
「わかった。助かったよ」
「それにしても君は欲がないね。せっかくなんだし、自分のために質問しても良いんだよ? ほら、例えば自分は誰が一番好きなのか、とか知りたくない? 君の周りの子たち、最近ずっと第一夫人の地位でモメてるんでしょ? 僕が『嫁レース』を手伝ってあげよっか?」
「余計なお世話だ!」
「はいはい。なら別のことでもいいよ。心の隅に引っかかってるコトとかは? 後悔していることは?」
それはない――とは言い切れない。
だが常に俺の一番心の奥底に引っかかっていることは、誰かの言葉で説明されて納得できるものじゃないし、他の誰かにはカケラたりとも口にして欲しくない。
師匠が俺の心臓になるのが本当に望んだことだったのか、なんて。
俺が無言でいると、ネラーは目を細めて微笑んだ。
「ま、何か思いついたらいつでも聞いてよ。僕はずっとここにいるからさ。君ならいつでも遊びに来ていいし、なんなら可愛い仲間たちも連れてきてよ。みんな楽しませてあげるから」
「それはイヤだ」
「なんで? 前世を知らない子たちにも日本の文化を仮想体験させてあげられるんだよ?」
「本音は?」
「周りの子と一緒に君をおちょくりたい」
「よし、絶対あいつらは連れて来ない」
「え~殺生なぁ」
そう言いつつも、俺自身が来ないと言わなかったからか、ニコニコ笑って嬉しそうにするネラーだった。
世界中の真実が集まってくるとは言っても、普通に人肌恋しいんだろうか。
……まあ、元クラスメイトのよしみで今度サーヤとナギくらいは連れてくるか。
「じゃあそろそろ帰るよ」
「うんまたおいで。この家は普段隠してるけど、近くに転移してくれたら迎えにいくからさ」
「おう」
次はちゃんと情報を買おう。またヘソクリを溜めておかないとな。
俺が転移しようとすると、手をポンと打ったネラー。
「ああそうそう、先に謝っておくよ。これからたっぷり僕の半身が迷惑かけると思うけど、僕は関係ないから許してね?」
「……どういうこと?」
「じゃあね~」
首をひねっても、ネラーは含み笑いをして手を振るだけだった。
特に追加で何か言う様子もなさそうだったので、俺は不思議に思いながらも転移で帰ったのだった。
□ □ □ □ □
数日後。
帝王レンヤと女王ライクラライアの密会はつつがなく終わった。
俺は二人を引き合わせただけで口を挟むことはなく、帝国から獣王国への多大な支援を条件にレンヤは女王の助力を取り付けていた。
待望の逆転生の儀式の段取りも大きく前進し、あとは聖女の協力があればいつでも実行可能となったようだ。
儀式は多くの道具が必要らしいが、レンヤがアイテムボックスに常に携帯しているのと、研究者たちはまとめて転移で送れるらしく、儀式自体はこの獣王国で執り行うことになった。
聖女を呼んでくるのは知人の俺の役目になったので、さっそく聖教国に転移することにした。
まず訪れたのは、もちろんサハスの屋敷。
「サハスさんこんにちは~」
あれ以来枢機卿としての立場をより強め、教皇や聖女の信頼にもっとも厚い彼は、俺たちがこの国で活動するための良きパートナーなのである。
玄関で挨拶すると、すぐに顔を出したのはサハス本人。
「ようこそいらっしゃいましたルルク殿。このたびはどなたかへご面会でしょうか?」
「はい、聖女様に会いたくて。あ、これは手土産です」
「これはこれはご丁寧に。ありがたく頂戴します」
菓子折と、獣王国で流行っている魔よけのお守りを渡した。
お守りは魔物の骨を削って加工してドクロの面にしたもので、素材となった魔物が強いほど魔よけ効果も強いと言う。
骨をドクロに加工するとかカッコいいよね?
そう言ったら、仲間たちには趣味が悪いと文句をつけられてしまったけど、やつらは男心をわかってないのだ。ほら、サハスも微笑を崩すことなく大事そうに懐にしまってくれたからね。何歳になってもロマンがわかっているのだ。
応接室に案内されると、サハスは隣の部屋をノックした。
「イスカンナさん、お仕事中ですか?」
「はいサハスさま、夕飯の仕込みをしていたところで……わっ! ルルクさま!」
「こんにちはイスカンナさん。お元気そうで何よりです」
「こ、こちらこそ……」
顔を赤らめるメイド服のイスカンナ。
前会ったときより顔色が良くて、元気そうだ。
ついでに彼女にもドクロのお守りを手渡しておく。イスカンナはお守りを見た瞬間、ちょっと渋い顔をしていた。やはり女の子にはウケが悪いのか……。
「イスカンナさん、これから聖女様にお目通りできるようお手続きを頼めますか? ルルク殿がいらしたと伝えてください」
「はい!」
イスカンナは元気に返事をして、応接室を出て行った。
メイド姿も板についてきたなあ。
それから俺はサハスとしばらく雑談していると、パタパタと足音が戻ってきた。
もう戻ってきたのかと思ったら、
「ルルク様っ!」
ドアをバタンと開けたのは、聖女ペルメナ本人だった。
俺はすぐに立ち上がって一礼する。
「ペルメナ様、ご機嫌麗しく」
「ルルク様こそですわ! わたくしに会いに来てくださったのですか!?」
「ええ」
「まあ!」
嬉しそうに手を合わせるペルメナ。小声で「これでわたくしのヒロイン参入計画にも光が見えてきましたわ……」とかなんとか聞こえるが、聖女がそんな俗世的なことを言うわけがないので多分俺の気のせいだろう。
「では私は紅茶を淹れて参りましょう。『サウンドカーテン』」
すぐに席を立ってキッチンに向かうサハス。部屋を出る際の防音の魔術も忘れない。
あまり大きな声で言えない話をするのを察してくれたらしい。
ほんとこの爺さんは気遣いの神だな。こんな男になりたい。
「……ルルク様と二人きり……ルルク様と二人きり……じゅるり」
「ペルメナ様?」
「はっ!? な、なんでもありませんわ!」
なんでもないとは言うが、涎が出てるのは気のせいじゃないだろう。もしかしてお腹空いたのかな? 激務でろくに食事も摂ってないのかもしれない。
アイテムボックスに何かあったかな。
「何か食べますか?」
「よいのですか? ではルルク様を」
「あはは。俺は脂肪がないし美味しくないですよ。というかペルメナ様も冗談を言うんですね」
「も、もちろん冗談ですわ。そう、最近憶えましたの、冗談」
憶えるようなものなのかな、冗談って。
まあいいや。
「早速本題で申し訳ないんですけど、例の帝王レンヤの件でペルメナ様にお手伝いをいただきたくて」
「あら。もう条件が揃いましたの?」
「はい。レンヤ曰く、明日にでも儀式を行えるとのことです。急ぎで申し訳ないのですが、レンヤの仲間にかなり老衰している者がいるらしく、一刻の猶予もないとのことでお手伝いをお願いしたくて」
「それはいけませんわ! いつでもわたくしにできることなら、なんでも仰ってください」
俺の手をぎゅっと握るペルメナ。
人の命がかかると聞いて何の迷いもなく言い切った。さすが聖女だ。
「じつは儀式の場所は獣王国なんです。無理を承知で教皇様に許可をいただいて、ペルメナ様をお連れしたいのですが――」
「許可などいりませんわ。わたくしはもはや誰かに縛られる立場ではございません。それは教皇様といえど同じです」
「そうですか」
驚いたな。
さすがに政治的にもより重要な立ち位置になったので、国外に出るのは簡単じゃないと思っていたんだけど。
「なので、た、た……例えば冒険者の妻になってもよいのですわ! 冒険者の妻でも!」
「へ~」
冒険者なんて安定とは程遠い職業だろうに。
まあ、もともと収入や身分の違いなど気にするような人ではないだろうけど……あれ、なんでうなだれてるんだろう。
「へ~って……へ~って……」
「どうかしましたかペルメナ様?」
「はっ!? い、いえなんでもありません落ち込んでなどいませんわ元気を出すのですわわたくしまだ未来は決まっているわけではありません。……それよりルルク様、教皇様にはバグラッド卿に言伝を頼めば問題ありません。ルルク様がお連れしてくださるのなら護衛も不要ですわ。すぐにでも連れて行ってくださいまし」
「わかりました」
フットワークが軽い聖女様だ。
これはレンヤも喜ぶだろう。
手続きを待つあいだサハスとゆっくり話すつもりで来たけど、そういうことなら早速動いてもらおう。
サハスの紅茶を一杯飲んでいるあいだに聖女様が色々と言伝を済ませ、準備が整うとすぐに彼女を連れて獣王国に戻るのだった。




