帰郷編・5『逆転生の儀式』
逆転生。
読んで字の通り、転生した元の時代まで時間を遡って、転生前の人生に戻すことだ。
魂の時間を遡行させ、元の時代に送り届ける。
そんなことが本当に可能なのか疑問だったが、レンヤ曰く、謀反を起こして帝王の座を手に入れたのは、そのために必要なアイテムが帝国の秘部に隠されていることを掴んだからだったらしい。
無論、実現は簡単ではない。
神域の技術をいくつも使い、膨大なリソースを消費して初めて数パーセントという成功率に賭けることができる。
本来、転生ですら人の身で成し遂げるのには容易ではない。しかも逆転生はかつての世界、かつての自分に戻ることだ。
常識じゃ考えられない難題のはず。
「だが、それを可能にするのがこの『女神の涙泉』だ」
逆転生の儀式。
その最終調整に入った俺たちは、獣王国の会議室で円卓を囲んでいた。
帝王、女王、聖女、そして俺たち【王の未来】。
儀式の中心となるメンバーが一堂に会していた。
錚々たるメンツのなかでレンヤが取り出したのは、こぶし大の透明な宝玉だった。
中には液体のようなものが入っており、不思議な光を放っている。
俺の『神秘之瞳』でもまったく鑑定ができないので、神話級……ひょっとすると創造神級の神器だろう。
聖女ペルメナが目を大きく見開いた。
「なんという神々しさ……帝王様、それはいままでどちらに?」
「マグー帝国の宝物殿のさらに奥――地下神殿に封じられていたものだ。手に入れるのは随分と苦労したがな。ルルク、お前は鑑定できるか?」
「無理だ。効果はなんなんだ?」
「文献によると、あらゆる権能を統合してひとつの効果として出力できるいわゆる〝スキルの融合装置〟らしい」
スキルの融合か。聞いたことがない効果だ。
「その文献ってのは正しいのか?」
「念のため情報屋ギルドに情報を精査してもらった。信憑性には間違いないんだとさ」
なるほど、真実の使徒がすでにチェックしてたか。なら正しいだろう。
「その文献によると、『女神の涙泉』に〝時間〟〝超越〟〝境界〟の権能を注げば、世界を超えて魂を渡らせることができる。儀式の細かい設定なんかは魔術と神秘術を併用した儀式陣が必要だが、そっちの準備はすでにできている。あとは実行するだけだ」
「ちょっといい?」
手を挙げたのはサーヤ。
「理論が正しいのはわかったけど、効果検証は?」
「さすがにできてない。文献の見立てでも確率はそう高くないが、賭ける価値はある」
レンヤはアイテムボックスから、一冊の書類を取り出した。
ボロボロの古めかしい紙の束だった。
何重も防腐処理が施されてなお、まるで何千年も経ったかのような色褪せた本だ。
だが不思議とインクだけはハッキリと色褪せずに残っている。
俺たちの目を引いたのはその表紙。
そこに書かれていたのは、
『逆転生のすゝめ』
日本語だった。
俺たち転生者組は、息を呑んで紙束を見つめる。
レンヤが静かにつぶやく。
「これは約一万年前、神話時代の文献だ。つまり神話時代に転生した日本人がいた。そいつが未来に転生した俺たちのために書き残した手がかりなんだよ。俺はこれを見つけて、逆転生をするって決めたんだ」
「……その人も、私たちのクラスメイトなの?」
「それはわらかん。署名もなければ他に手がかりもないからな」
レンヤはため息を吐いた。サーヤも沈んだ表情を浮かべる。
クラスメイトの誰かが神話時代――つまり一万年以上も前に転生していたとすれば、確実に生きてはいないだろう。
クラス委員長だったサーヤとレンヤにとって、もう救えない友人がいるかもしれないことは、かなりショックな事実だろう。
重い雰囲気になったので、俺はあえて軽い声をあげて手を叩いた。
「そんで、その資料のなかに実験成功の記録があったのか?」
「いや。だが、著者の日本人に協力していたとある神の記述もあってな。仕組み自体は間違っていないとのことだ」
「そうか。なら、信じるしかないな」
「ああ。だが最後の問題は、発動の確率を左右する魔力制御と霊素操作だ。こればっかりは帝国の研究者だけじゃ荷が重くてな、そこで【王の未来】の面々に助力を頼みたい。魔力制御はエルニネール嬢、霊素操作は賢者様にな。もちろんうちの研究者たちが総出でメインをやるが、足りない部分は任せたい」
「ん。よゆー」
「ルルクの旧友の頼みとあらばよかろう。妾にまかせるのじゃ」
自信満々な二人だ。
たしかにこの世界で最もそれぞれの操作に秀でている。こういう実験には適任だろう。成功確率もグンと上がるはずだ。
「ルルク、ライクラライア陛下、聖女の嬢ちゃんは『女神の涙泉』に数秘術スキルを注いでくれ。俺たち逆転生するメンツは陣の中から動けないから、任せたぞ」
「私は?」
「サーヤは……そうだな。成功するよう祈っててくれりゃいい」
「それだけでいいの?」
「お前は星誕神の加護があるんだろ? そんなやつが祈ってくれてダメなら、俺も諦めもつくってもんだ」
「そ。わかったわ」
「よし、じゃあ俺たちは最後の準備にとりかかる。ここにいるメンツは準備ができたら声をかけるからダンジョンに集合してくれ」
レンヤが大掛かりな儀式陣を作るまでは、各々自由時間となった。
ダンジョンは女王が機能を停止させに行った。
しばらく出番のない俺たち【王の未来】は、客間に戻るところだった。
「ねえルルク、神代に転生した人ってクラスメイトかな……」
廊下を歩いていると、サーヤが俺の裾を掴んで心配そうな表情で見上げてきた。
「さあ、どうだろな」
「ちゃんと幸せな人生を送れてたらいいんだけど」
俯くサーヤ。やっぱり落ち込んでいたか。
俺はついつい頭を撫でた。
「ま、研究する余裕があったってことは、切羽詰まってはなかったんじゃないか?」
「そうかな?」
「ああ。それに一万年前は神々がまだいた時代だろ? 人族の国もなければ争いもなかったっていうし、いまよりは快適だったと思うぞ」
「それはそうかもしれないけど……」
「どっちにしろ、俺たちが気にしても仕方ないしな。それにレンヤたちみたいに元に戻りたい日本人たちのために神代の情報を残してくれたんだ。そいつもきっと、この光景を見たら満足してくれるんじゃないか?」
「……うん。だったらいいな」
少しだけ晴れた表情で笑うサーヤだった。
ほんと、根っから優しいやつだ。
そんなサーヤの頬をつねったのはナギ。
「サーヤは気にし過ぎです。他人の人生を慮るのは良いですが、責任を背負い込む必要はまったくないです。みんなそれぞれ自立した人間です」
「そうだよね……わかってるんだけどね」
「わかってるなら、そろそろクラスメイト全員を気にするのはやめるべきです。せいぜい愛花を心配する程度で留めとくべきです。というか、きっと愛花はこの時代にいるです。これが終わればこっちから探してやるべきです」
「……この時代にいると思う?」
「絶対いるです。ルルクかサーヤかレンヤか……誰かわからないですが、この集団転生には必ず中心がいるです。その中心に近かった人物ほど、おそらく同じ時代に転生しているです」
確信めいた口調のナギだった。
中心、か。
俺も何度か転生の法則を考えてみたものの、結局答えは出なかった。
感覚としては、確かに元々クラスの中心だったレンヤかサーヤを起点として、それぞれに近しい人物が近い場所や時代に転生した気がするのだ。
きっと俺もサーヤの運命に引っ張られた一人だろうと思う。
レンヤも恋人だった相手と再会できたっていうんだから、レンヤとサーヤが渦の中心になっているダブル中心説はかなり真実味を帯びている。
そうなると一神あずさの親友だった九条愛花も、転生後はサーヤの近くにいる。
まあ、ニチカじゃないと魂が視れないから見つけ出す方法もないけど。
……やっぱサーヤのためにも転生者レーダーが必要だな。
さすがのリリスも作成には相当難儀しているみたいだけどさ。
そんなことを考えていたら客間についたので、すぐに俺はプニスケソファでゆっくりと寝そべった。最近、プニスケが俺の一番リラックスできる体位を憶えてくれたので、プニスケソファが段違いに快適になったのだ。
『ご主人さま~果実水なの~』
「おっ、ありがと。ちゅー」
手を使わなくても、プニスケがストローつきのコップを差し出してくれる。
最高だね。
よく考えたら、日本に戻ったらこんな休み方もできなくなるんだよな。
うん、頼まれても戻るもんか。
ちなみに逆転生をすると決めたのは、レンヤとレンヤが囲っていた八人だけらしい。
学術都市の変態研究者の元桜木も、歌姫の元山柿も、この国で料理人をやってる元小早川玲も、いまの人生を選んだようだ。もちろんリリスの親友の元橘萌もだ。
前世に心残りがないわけじゃないだろうけど、今世が充実しているようだ。
サーヤはレンヤの仲間たちや研究者たちが転移してくると、準備が整うまでクラスメイトを集めて話していた。
おそらくもう二度と会うことがないだろうクラスメイトたちと、最後の別れを告げていたようだった。
俺とナギも誘われたが断った。元々顔もよく憶えていないクラスメイトに一体何を挨拶すればいいのかわからなかったからだ。
せいぜい「前世の俺に優しくしてくれ」と軽口を叩ける程度。いまから命を賭けて儀式に挑む相手に、それは失礼というものだろう。
そうしているうちに準備は終わり、俺たちはダンジョン――闘技場に向かった。
闘技場には大きな儀式陣がいくつも重ねて描かれていた。
魔術と神秘術を複雑に組み合わせ、あらゆる条件を付加させた転生の儀式だ。儀式陣の外側に純銀の台座が置かれており、そこに『女神の涙泉』が置かれている。
「よし、始めるか」
「うん」「おう」「はい」「よし」「うむ」
レンヤと仲間たちが陣の中央に向かい、向かい合って座禅を組む。老衰して意識も朦朧としているドワーフは、レンヤがゆっくりと寝かせてやっていた。
全員、やや緊張した面持ちだった。
失敗したらどうなるかは言わなかったけど、成功しても失敗しても肉体から魂が抜けることになる。つまり、この世界では死ぬことになる。
もちろん誰もレンヤを疑っていないだろうが、レンヤが言ったというだけで、太古の技術を心の底から信じて身を委ねられるやつなんて――
「レンヤくん。愛してるよ」
「俺もだ、ネネ」
……いるな。信じ切ってるやつが。
なんの憂いもなく、柔らかな表情でレンヤを見つめる少女。疑うなんて微塵も考えていないようだった。
……すごいな。本当にすごい。
素直にそう思った。
俺には絶対に持てない純粋さだ。
なぜか彼らを見て、俺も誇らしい気持ちになった。なんだろうな。これは初めて感じる感情だった。
「皆様、お願いします」
研究者の合図で、俺と女王と聖女は『女神の涙泉』に力を注ぐ。
スキルの力が吸い込まれていく。
不思議と力が抜けたりはしないが、面白いくらいにスキルがなんの効果も発揮せずに吸収されていく感覚だった。
腹ペコのときのエルニみたいに食べるなぁ。
そんなことを考えていたら、儀式陣が輝き始めた。
ダンジョンの地下を走る霊脈が活性化していく。
おそらく魔素も同じように活発になっているんだろう。
ダンジョン直上でなければ成功しないような膨大なリソースをあるだけ消費して、『女神の涙泉』と儀式陣が黄金色の光を放った。
膨大な何かが来る。
神の力とでも言うべき何かが、この場に押し寄せてくる。
ただ恐れはなかった。
温かく、心地よい何かだ。
それは俺だけにとってではない。
女王や、聖女、そしてサーヤやミレニアも同じものを感じ取ったんだろう。驚いたような、リラックスしたような表情を浮かべた。
「いくぞ、みんな――『逆転生』!」
レンヤが鍵となる最後の呪文を唱えた。
ついに。
逆転生の儀式が発動する――その直前。
くすっ。
誰かが、嗤った。
瞬間、儀式陣が一気に広がった。
「なんだ!?」
「きゃっ!」
レンヤたちがいる闘技場の中心だけでなく、俺たちがいる場所――いや、ダンジョンそのものを包み込むほどの大きさに拡大していく儀式陣。
黄金色の光が、俺たちの足元を駆け抜けて吞み込んでいく。
聖女が悲鳴を上げて身を屈めた。
何が起こったのか、理解する時間はなかった。
体の中から、ずるりと何かが引き抜かれていく感覚がして――
「『領域調停』っ!」
俺はとっさにスキルを放ち、仲間たち全員を包み込む。
――その直後。
俺は、プツリと意識を失った。




