11『戦の前にプレゼンです!』
走った――。
朝日に照らされた沖田畷を、とにかく突っ走った。
今日は三月二十二日。
予定通り、島津軍は島原に到着した。
家久ちゃんは、すぐにも森岳城から丸尾城にかけての防衛ラインの構築に入るだろう。
おそらくそれを見て有馬晴信も、本拠日野江城への撤退を思い留まるに違いない。
確証はない。でも家久ちゃんなら――覚醒した島津家久なら、必ずやってのけるはずだ。
夢を――。誰のものでもない自分だけの夢を持てと、私は彼女に言った。
これまで島津という『家』のために、そしてチートレベルの姉たちに追い付くために、自分を捨てて働き続けてきた家久ちゃん。
その彼女が、ついに自分の『夢』のために動き始めたのだ。
まあその夢が、私みたいな『武士』になりたいっていうのはアレだったけど……。
だって私、つい先日、適当に召喚されたばっかりの武士ビギナーですよ?
それはさておき、その『夢』によって家久ちゃんは覚醒した。
さっきの全身からみなぎるオーラも半端なかったもんなー……。
とにかく間違いない。
あの瞬間、家久ちゃんは無名の一武将から、後世に名を轟かす名将へとクラスアップしてしまったのだ。
だとすれば、これから私たち龍造寺軍が相対するのは、チートレベルの名将という事になる……。
一言でいってヤバイ、ヤバすぎるぞ!
だから私は、元来た道を自軍と合流するべくひた走っているのだ。
この流れでいくと、龍造寺軍の到着は歴史通り、明日二十三日だ。
し、か、し、そこに関しては私も手抜かりはなーい!
島原に到着してから先行してくる際に、私たちが率いる別働隊には、本隊を無視してでも、とにかく沖田畷まで急行してくる様に伝えてある。
とはいえ、五千もの部隊だ。
単独先行の私たちと違って、到着までには二日はかかると見た。
その読みが当たっていれば、到着は今日のはず。
どうだ、来ているか?
「ま、昌直さーん。も、もう、走れませーん」
後をついてくる直茂ちゃんが苦しそうな声を上げている。
いや正直、私もツライ。
一キロ程度の畦道とはいえ、全力疾走は体にこたえるわ。
その時――前方から、こちらに向かってくる騎馬隊の姿が見えた。
来た! 私たちの部隊が計算通り、戦場に到着したのだ。
私も直茂ちゃんも、もう一息踏んばって、手を振りながら部隊に合流する。
見ればどうやら足軽隊をおいて、騎馬隊だけで先行してきたらしい。
だがナイス判断だよ、これぞ急を要する時の臨機応変の対応だよ。
でも、そのせいで数は……五百程度か。
いや、問題はない。
この数なら――『楔』を打ち込める!
「みんな、聞いて! 今からここに――沖田畷の前に柵を築くよ!」
荒い息のまま私は開口一番、集まった兵たちに向かってそう言った。
いきなりの作戦指示には、まずは直茂ちゃんが目を丸くした。
まあ、そうだろう。
なんせこの別働隊の指揮官は、私ではなく隣に立っている鍋島直茂その人なのだ。
んで、私こと木下昌直は新米龍造寺四天王として、直茂ちゃんに付けられた一武将に過ぎない。
いわゆるこれは――越権行為だ。
それでも私にためらいはなかった。
なぜなら、ここまで苦労を共にしてきた直茂ちゃんなら、きっと分かってくれると信じていたからだ。
とはいえ一旦、直茂ちゃんに事をはかる事も考えはした。
でも事は一刻を争う。
できる事なら、兵たちにクールダウンさせる暇を与えずに、行動に移りたかった。
もし直茂ちゃんに相談する場合、今、兵たちがいるこの場で、話す必要がある。
当然、直茂ちゃんは反対まではしなくても、その真意を問うてくるはずだ。
――その姿を兵たちには見せたくなかった。
これはビジネスの現場における、やってはいけない事の一つ――『上の意見がまとまっていない』、という状況に該当する。
指示系統が統一されていなければ、組織というものは混乱するのが必定だ。
どころか、もし上司が動揺していれば、間違いなくそれは部下に伝わる。
お仕事の現場ならまだしも、ここは命のやり取りの場だ。
私たちの采配一つに、兵たちの生き死にがかかっているのだ。
だから、もちろん無謀はダメだが、明確なビジョンがあるなら、ここは一気に押し切って、兵たちを信じさせてやるのが吉だと思ったのだ。
「沖田畷は、戦場には向いていない! だから……まず、ここを封鎖してしまおう!」
私はその『ビジョン』を大音声で語り始める。
言うなれば、これは直茂ちゃんを含めた、ここにいる全将兵に向けた『プレゼン』だ!
いやー、それにしても女の子だらけの軍隊って壮観だわー。
あらためて、この『姫戦国時代』という世界を実感しちゃうわ。
じゃなくて、気を引き締めろ、私!
「見て、前方に広がる深田を! あそこを通って、敵陣に向かうなんて無謀極まりないよ!」
私の指差す方向を、皆が見ている。
よし、勢いと掴みはオッケーの様だ。
「私たちは今、森岳城の方からこっちに来たけど、まともに通れる正面の畦道は、二人並んで走るのがやっとだったよ」
まあ、ほんとは私が先行して、直茂ちゃんはその後を、それこそやっとの事でついてきてたんだけど、プレゼンなんて多少のハッタリが必要なのよ。
「たとえ万の兵があっても、ここじゃ意味がない。だから沖田畷を封鎖するんだよ!」
戦域封鎖――これは実は、私が当初から目論んでいた策だ。
沖田畷内で戦端が開かれなければ、戦の内容は変わる。
そうすれば隆信ちゃんの討ち死には、まず既定路線ではなくなる。
「本隊には山手側を迂回して、敵の横腹を突いてもらう! 私たちの偵察では島津が援軍に駆けつけた様だけど、それでも向こうの総兵力は五千。本隊二万なら、楽勝で勝てちゃうわよ!」
次は将兵たちに希望を持たせる。
たとえ五千でも、家久ちゃんが相手ならそれは万の軍勢に等しい。
でも上に立つ者は、けっして弱音を吐いてはいけない。
まだ管理職手前のチーフ止まりだった私だけど、それでも苦しい時ほど仲間へ笑顔を見せる事だけは忘れなかった。
「敵はもう城の前に防塁を築き始めている――。なら私たちも負けずにここに柵を築いて、龍造寺軍のスゴさを見せつけてやろうよ!」
私はとびっきりの――嘘の――笑顔でそう言った。
この笑顔を信じこませる事が、今この場における上司である……いや大将である私の役割だ!
「では各隊、小荷駄が到着するまでは、近くの林から資材を切り出してくる様に! この戦……勝敗は我らの働きにかかっていますよ!」
横から直茂ちゃんが進み出ると、毅然とした態度でそう言ってくれた。
おー、と兵たちから雄叫びが上がる――いやこの世界では、雌叫びか?
いやそんな事より直茂ちゃん、ありがとう。
いきなりの事でビックリしただろうけど、それでも私の意図を汲んでくれた事には感謝感激だよ!
召喚されてから色々あったけど、直茂ちゃんというマブダチを得た事は、本当に財産だったと改めて思う。
あ、でも、直茂ちゃんの私を見つめる視線がまた熱い。
アーンド『私、いいアシストしたでしょ』的なテヘペロ感もすごい。
しかも直茂ちゃん、今あなたすっごい悪い顔してるの気付いてないでしょ……。
うん、自覚症状のない腹黒気質は初めて会った時と変わってないわ。
とはいえ、やっぱり直茂ちゃんは頼りになる――。
「直茂ちゃん、ちょっと二人だけで話がしたいんだけど、いい?」
私は兵たちには聞かせられないを『密談』をするべく、直茂ちゃんに顔を近付け耳打ちする。
「は、はい!」
いや、だから、そこで頬を赤らめるな!
あと顔がさらに近付いてきたぞ。
隙を見せればチューされそうな勢いだ、まったく……。
さてさて、気を取り直さないとだ。
私には、直茂ちゃんだけには話しておかなくてはならない――『秘策』がまだあるのだから。




