76《19》聖女と迷宮の入口
エレンはウィリアムの机を使って、なにやら真剣な顔で一生懸命書き置きを作成している。
イアンがその後ろで話し掛けてくる。
「なんで書き置きなんですか?」
「え? だって、さっきみたいなやり取りを王様にもするのは大変そうだし」
「えっと、さっきのやり取り……国にとってかなり大事な情報でしたよね?」
「もー、だから今一生懸命書いてるのに、横から他のこと言われると書こうとしてた文章忘れる!
イアン様とマーリン様も、王様を納得させる素敵な書き置きの文章を一緒に考えてくださいよ」
エレンがそう言って、イアンとマーリンの手を引っ張ると、イアンががっくりとうなだれた。
「さっきは勢いで納得しちゃいましたけど……なんか、騙された気がしてきました……」
マーリンはさっきよりも元気になっている。
「諦めてくださいイアン様。私とエレンさんが人質ですわ」
「人質達、元気過ぎません?」
「ほらほら一緒に考えてくださいってば! えっと『なにも言わず旅立つことをお許しください』」
「エレンさん、その書き出しは不穏ですわ」
「遺書みたいですよね」
「なんで!?」
そうして、マーリンとイアンに手伝ってもらって、素敵な書き置きを作成した。
エレンはそれを大事にポケットにしまう。
ウィリアムの部屋に置いて行った場合、見つかるのが早すぎると、王妃の絵を見に行くのを妨害されるかもしれないから、今夜寝る前に枕元に置いておこうと思ってる。
「準備はできましたか?」
「そのようですね。行きましょうか」
「おー!」
マーリンは危うげなく、肖像画の部屋に案内してくれる。堂々としているから、王宮の使用人達にも怪しまれることなく、問題の部屋にたどり着いた。
「エレンさん、先日はずっと王妃の絵を見ていましたけれど、なにが気になったんですか?」
「えっと、表情です」
「表情?」
「はい。なんか、入る時は穏やかに見えたのに、出る時は悲しげだったんですよね」
「へー。印象が変わるんですね」
「では、私も注意深く見てみますね」
そんな話をしながら、ドアを開けて室内に入り問題の絵を見ると……額縁の中で王妃の顔が苦しげに歪んだ。
「本当に……王妃様が……」
マーリンの驚いた声が聞こえた。
たぶん、エレンが見ているものと、同じように見えているのだろう。
エレンは、王妃の苦しみが伝染したかのように、急激なめまいに襲われた。息が苦しく、目の前が暗くなる。普段の何倍もの重力を感じて立っていられなくなる。
エレンはポケットから先ほどの書き置きを取り出すと、体を制御するのを諦めた。だってもう、なにも見えない。意識を手放す一歩手前だ。
でも、頭から床に落ちそうになったところを、風が柔らかく包み、緩やかに横たえられた。
「マーリン様、エレンさん! く……なんだ、これ……」
このイアンの声からすると、マーリンも同じように気を失ったのだろう。そして、最後まであらがっていた様子のイアンの方角からも、どさりという物音が聞こえた。
そうして意識を取り戻したエレン達は、《白い扉》の前にいる。
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マーリン、エレンの順に迷宮入りして、その後、イアンも無事に参加した。やっぱり、迷宮に現れる瞬間はなぜか見れない。
「イアン様、さっきは大丈夫でしたか?」
「ごめんなさい、私達を守ってくれたのに」
「いえ、それくらい全然。それに、たぶん受け身をとったはずですし……」
そう言ってイアンは辺りを見回した。
「……やっぱりここに現れるんですね」
「ええ、最後にいた場所から始まるようですね」
エレンはそんな2人の会話を聞きながら魔力を伸ばしてもう1つのドアに魔力の道しるべを繋げた。ウィリアムに教わってたように、距離と方向がわかっていると見つかるのも容易い。
「イアン様、マーリン様、扉見つかりましたよ!」
「ありがとうございます。では向かいましょうか」
「ですね。早くウィリアム様を見つけましょう」
光の道を3人で歩く。
「この魔法、便利でいいですね」
「ふふふ、いいでしょー?」
「ええ。任務で使えたらいいのに」
「探索任務の時、同行しましょうか?」
「絶対嫌です。丁重にお断りします」
「なんで!?」
ついさっき、探索任務で使いたいと言ってたのはなんなんだ。イアンとエレンがそんな感じで会話していると、マーリンが笑った。
「エレンさんを見てると、魔法は想像力が大切なんだなって思い知らされますわ」
「えへへー。あ、でも四元素魔法は遺伝ですよね? 色んな使い方を、ご家族から教わったりはしないんですか?」
歴代聖女達も、光魔法の使い方とかを文章で残してくれてたらいいのに、なんで口頭伝承にするのか。そのせいで独学でやらざるを得なくてエレンは大変なのだ。
マーリンとイアンは顔を見合わせた。
「まあ、四元素魔法は一般的なので、魔法のセオリーもあれば、家に代々伝わる魔法もありますけれど……使い道が分からないものとかも多いですよね」
「え、そうなんですか?」
イアンの言葉にエレンがびっくりすると、マーリンも苦笑した。
「ええ。新しい魔法を作るのって楽しいし残したくなるみたいで、我が家にも分厚い指南書がありますわ。
でも、耳の中に水を入れる魔法とか……地味に難しい上に必要な場面がわからないです。だから、生活魔法くらいですね、受け継ぐのは」
「へー……でも、贅沢な悩みですよ?」
だってエレンはくだらないやつでもいいから教えて欲しい。
そんな風に3人で話しながら濃茶の扉の前に来て、イアンが扉を開けると、その先の《黒い扉》も既に開いていた。




