75《18》聖女は人質を取って騎士を脅した
マーリンは、静かに立ち尽くしていた間、迷宮攻略方法を考えていたようだ。そうして、攻略の道筋を考えた今、エレンとイアンを、すがるように見つめている。
「私の魔力量では、エレンさんやウィリアム様のような、探索魔法が使えません。
使える魔法もサポート系ばかりで、私の水魔法では魔獣1匹、仕留めることはできません。
でも……私は、それでも、婚約者に選んでいただけた日から……ウィリアム様をサポートしたい。ずっとそう想って生きてきましたわ! 1人の時や、苦しい時こそ、側にいたいのです。だから、お願いです、お2人の力を……」
そんなマーリンの話を、イアンがさえぎる。
「……ウィリアム様は、黒い扉を通れば、元の世界に戻れないかもしれない、という想定の上で動いています。マーリン様を危険にさらしたくないから、置いて行っています。
ウィリアム様は、マーリン様のサポートを望んでいませんよ」
マーリンは呆然とイアンを見て、それでも再び説得を試みる。
「……ええ。私の1人よがりと、分かっていますわ。でも」
「マーリン様。無力なら、なおのことです」
そして、続くイアンの冷たい言い回しに、マーリンが言葉を失った。
こんなイアンは珍しい。人の行動について、普段は、真っ向から否定するようなタイプではないのに。それに、わざとマーリンを傷つける言い回しをしている。
「イアン様、そんな言い方……」
「……エレンさんも、これから進もうとしている行動の先を想像してください」
「……え?」
イアンは、マーリンに続いて、間に入ろうとしたエレンのことも突き放す。
「あの夢の中には痛みがありました。
そして《黒い扉》を通ったあとは、時間経過では目が覚めないようです。向こうで傷を負えば現実と同様に命取りとなり、帰る方法を失っても死ぬ。
そして、あの世界には、ウィリアム様と因縁の深い《黒い悪魔》がいるかもしれません」
2人に向けてそう言うと、イアンは真剣な顔で、エレンを見つめる。
「あなたは聖女です。希少な光魔法と膨大な魔力を持ち、一国を救う奇跡を起こせる……50年に1人の聖女です。
……もし、あなたが戻らなければ、この先救えるはずの多くの人々の命が失われるかもしれません」
「……なんで、そんなこと言うんですか?」
イアンの言葉に、エレンは疑問で返した。
「あなただけは、取り替えがきかないからです」
「取り替えって……。それを言うならウィリアム様だって、取り替えのきかない大事な人です」
「もちろん、そう思っていますよ」
「じゃあどうして? 今までは一緒に来てくれたじゃないですか。魔獣の時も、隣国の時も、一緒に立ち向かってくれたのに!」
「これまでとは、状況が違う」
有無を言わせない冷たい言い方に、エレンは驚いた。呆然とイアンを見つめる。
イアンは、そんなエレンの表情を見るとわずかに表情を曇らせて、それでも意見を変えずに言葉を続けた。
「……魔獣の時は数が多いだけで、脅威としては小さかった。隣国の時も、普段なら外部の人間が取り込まれるなんてことは、ありえなかった。
前提が、違うんですよ……今回は、始めから危険なことが分かっています。そして、あの絵が入口なら……なぜか私達だけが選ばれています。
今回は人海戦術や外部からの援助も期待できない」
エレンはなにか言い返そうとしたけれど、イアンが再び口を開くほうが早かった。
「……例え、聖女じゃなくても、エレンさんをそんな危険な場所には行かせない。
だから、マーリン様を連れて行かなかった、ウィリアム様の気持ちも分かるつもりです。だからどうか……ウィリアム様のことは、私に任せてください。そもそも、今、こんな状況になっているのは、軽く考えていた私の判断ミスのせいです」
「なに、言ってるの、イアン様……」
エレンはさっきから、ずっと混乱したままだ。
でも、積み上がってきた悲しい気持ちが、そろそろこぼれそうになっている。
泣き笑いみたいな、いびつな顔でイアンに話しかける。
「だってイアン様……迷宮攻略の前提は、膨大な魔力だって、言ってたじゃないですか。私やウィリアム様がいない迷宮なんて、ぞっとして考えたくないって、言ってたじゃないですか」
「……それでも、やりようはありますよ。
エリアの終わりが扉だと分かっていて、他が全て壁という条件なら、私でも風の反響で、扉を見つけられると思います。多少時間をかければ、たぶん、少量の魔力で」
イアンはそう言って、1人でも問題ないように振る舞う。そして手のひらを見ながら言葉を続けた。
「確かに魔力量は到底2人に及びませんが……それでも人よりは多いほうです。それに、魔力が尽きたら体力で補えばいい。体力でも魔法を使うことはできるし、体力は魔力よりも時間回復しやすいんです」
そこまで言うとようやくイアンは、いつものような微笑みを浮かべたから、エレンはほっとしかけて……そこに会話から離れていたマーリンが割り込んだ。そしてそのやり取りを聞いてまた、エレンは傷つく。
「イアン様……魔法で体力を使い果たすと、死にますわ。重度禁忌です。ご存知ですよね?」
「ええ。でも、デッドラインは分かっていますよ。ちゃんと調整するので大丈夫です」
「いけません! そんな危険な使い方……!
……ごめんなさい、イアン様……もう大丈夫です。
今回のことは、イアン様のせいではありません。
責任も、命をかける必要もありませんわ。
それにウィリアム様だって、死ぬつもりはないはずです……私達は3日間、信じて、待ちましょう?」
マーリンはそう言って微笑むと、諦めの言葉をつむいだ。そして、イアンにも諦めさせようとマーリンが説得しかけたところ、エレンが不穏に微笑む。
「別に、1人で行ってもいいですよ、イアン様。
だって、そうしたら私達の邪魔をする人はいなくなりますもん。イアン様が迷宮に行ったあと、すぐに私はマーリン様と迷宮に入ればいいし……あっという間にイアン様に追いついて見せます。そうしてイアン様を回収して、みんなでウィリアム様を助けに行ったらいいんですもん」
イアンもマーリンもポカーンとしている。
エレンは淡々と続けた。
「変な意地張らないでください、イアン様。
3人で挑戦するほうが絶対、安全に決まってます!」
「……なら、非礼を承知で、王様にお願いしますよ。聖女がむざむざ危険な中に行かないように」
まだ抵抗するイアンに向かって、エレンはふふんと意地悪に微笑んだ。
「いいですよ? 王様は絶対に私を行かせます」
「まさか。一国の王が、息子の為に聖女を失う判断はしないはずです」
「だからです。聖女を失わない為に」
「……行かなければ、あなたが失われる?」
ここで、エレンは最近気づいた秘密を話す。
ウィリアムが傷ついた時に気づいたこと。
「……失うのは《光魔法》……この前確信しました。私は、聖女の役目や自分の魔力を心から嫌いになった時……光の魔力を失います。
『いつか私の魔法が必要になるかもしれない誰か』みたいな曖昧な存在の為に、今周りにいる大切な人達を犠牲にしたら……私は必ず後悔します。
選択なんてできません。だって、みんな助けたいと思うから!」
エレンの心の中が騒いでる。
『イアン様また騙そうとした』とか『命を気軽にかけないって約束したのにもう破った』とか、『もっと頼ってくださいって言ったのに全く頼らないし』とか、イアンへの文句があふれまくる一方で、今後のことにも想いを馳せる。
病院の先生は『聖女が人である限り、自分達の仕事はなくならない』と言っていた。だから大丈夫。
聖女がいなくてもこの国はちゃんと進んで行けると思うから……エレンは自分の思い通りに生きていけると感じている。
おや? なんかこれいけそうな感じ?
エレンの中にふいに沸き立つ成功のイメージ。
このイメージが湧く時のエレンは、だいたいいつも自分の思い通りになる。
エレンはマーリンのほうに歩み寄ると、イアンに向かってびしりと指を突きつけた。
「さあイアン様。イアン様が私達を置いていってもいかぬとも! 私達は迷宮に行きますよ?
私達の命が惜しければ、大人しく一緒に来てください!」
そう言うとエレンは、ポカーンとするマーリンを人質に取って、高笑いした。
イアンは、しばらく呆然として……結局諦めて、白旗を上げた。




