68《11》聖女の力のデメリット
エレンには、気になることがあった。
だって、以前聞いてた話と違う。魔法はもっと、人々にとって安全なものだと思っていたのに。
ウィリアムの怪我の程度は、火魔法耐性のある服と靴が隠していたから見た目では判別しづらくて、怪我した本人と、治したエレンにしかわからない。
「なんで……自らの魔法でこんな怪我になるんですか? 世界の倫理観は……魔力を持つ人のことは守ってくれないの?」
魔法が使えない人に攻撃魔法は使えない。だってそれができてしまうと、一方的だ。だからそういうのは、世界の倫理観が許さない。
でも、じゃあ、魔力がある人は?
魔力がある人には、魔法で、全治数ヶ月もの怪我を負わせることができてしまうんだろうか。
もしそうなら……生まれ持っての資質が大きな魔法の世界。微量の魔力を持って生まれてしまった人が、一番危険にさらされることになってしまう。
そんなエレンの心の中を読んだかのように、ウィリアムが、順序立てて応えてくれる。
「……他者からの攻撃への倫理観の介入は、その人の持つ魔法の性質や力量に応じて変動します。魔力を微量しか持たない人や、なんらかの要因で魔力を封じられている人は、魔力を持たない人とほとんど変わらないほどの倫理観が作動して守ってくれます。
一方で、強い魔力がある場合は……自身の力で対処できると判定されるので、多少の困難はスルーされます。
でも、そもそも、自分自身の魔力は、基本的に自身を傷つけないので……今回の怪我は、少し違う要因ですね」
「……違う要因って?」
「多少傷ついても、魔法を使うほうが良い……そう感じる場合は、体が魔法を受け入れることがあるんです。
例えば……明日処刑される人が、手枷を外したら逃げられる場面にいるとして……手枷が外せない時、手を犠牲にするような攻撃魔法を自身に使えたりします。
今回は……エレンさんが治してくれる……そういう前提があるから、閉じ込められるよりも、メリットが高いと、ぼくの心が判断した」
「じゃあ……」
エレンは、ウィリアムを悲しく見つめると、唇をかすかに震わせた。さらなる疑問を口にする。
エレンは、ひと欠片でも命があれば、どんな怪我でも治癒できる。そんな自信がある。
その力を、怖いと感じるのは初めてだった。
「私が、いたから、ウィリアム様は大怪我をしたんですか? 私が、いなければ、さっきの爆発魔法でも、ウィリアム様は傷つかなかったんですか?」
「エレンさん」
「イアン、お願い、今はぼくに譲って」
名を呼び動こうとするイアンを、ウィリアムが留める。そして、エレンに応えた。
「違うよ。エレンさんがいなかったら……あの魔法は発動しなかった。ぼくは普段使うような、威力を抑えた魔法しか使えなかったはずで……速度が足りず、今頃は、1人であの部屋に閉じ込められていたはずです。イアンにも大怪我をさせたかもしれない。でも、エレンさんを信じていたから、最悪をまぬがれました。
……その怪我も、エレンさんが治癒してくれたから、もう、すっかり治りましたし。大丈夫ですよ。
あなたの持つ、魔法は奇跡だ。優しく人々を守る、清らかな力だ。だから、泣かないで」
そんなことを言われても、エレンの涙は止まらない。だって、痛みは? エレンの存在が、ウィリアムに苦痛を選択させた。
世界が急速に薄れていく。
景色が曖昧になり、声が反響する。
「目覚めの時が近いようです、夢が終わる」
「今日、会いましょう。どこか集合して」
みなが早口で必要なことを言う中で、エレンは言った。
「私が、会いに行きます。放課後、学園の校門前で待っています」
エレンは意識が曖昧になっていく中で、みんながうなずくのを確認した。
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目が覚めると、泣いていた。
こするように涙を拭うと、まぶたは既にパンパンに腫れていた。体はだる重で、昨日以上に疲れている。
「……早く書き残さなきゃ、忘れないうちに」
エレンはベッドから手を伸ばして、手探りでサイドテーブルのメモ用紙とペンを手に取ると、先ほどの夢を書きなぐった。夢の中でした約束も。
それを書ききると脱力して、寝直すことにする。
今は体力が必要だ。
みんなが疲れていたら、日中にいっぱい寝て回復したエレンが、元気を分けなきゃと思う。
いつもの、おまじないの魔法で。
エレンは、自分の魔法を、信じないとと思う。
自分の使う魔法は、人々を助け、守る力だと。
それをエレンが信じられなくなったら……光魔法を、使えなくなってしまう……。
エレンはそう、確信していた。




