69《12》聖女と王子
エレンはお昼頃に目が覚めた。
体は回復したけれど、気分は最悪で。
でも、気力をふり絞ってベッドから抜け出した。
鏡を見ると、まだ目元は腫れている。
エレンは治癒魔法を使ってみる。
そうして、いつも通り治癒魔法が使えることを確認すると、ほっとした。
鏡の中の悲しげな顔に、微笑む。
自分に優しい言葉をかける。
「大丈夫だよって、ウィリアム様が言ってたでしょう? たぶん、ウィリアム様は、肉を切って骨を断つ人なんだよ。閉じ込められるよりもいいと思ったから、ああしたんだよ?
……それに、悩んだって、私ができることは限られてる……元々、万能じゃない。そうでしょ?」
ああ、気分は最悪で。鏡の中の自分は泣きそうだ。ここまで落ち込みを引きずることは滅多にないから、エレンは困ってしまって、苦笑いした。
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鏡の前でいつも通りに笑えるのを確認してから、リビングに降りた。
「おそよー。あ、お父様、今日仕事休み?」
「おそようエレン。ああ、ノルマも達成したし、この前休日出勤してたからな。振休とった」
「ふうん」
お手伝いさんが来てる時間だったから、エレンの分の朝昼兼用ご飯と紅茶を出してくれた。お礼を言って受け取る。添えてある輪切りレモンを紅茶の上で絞って、なんとなく指をなめた。すっぱい!
どうやらまだ若干寝ぼけていたらしいエレンは、そのすっぱさでちゃんと起きた。涙目で口を梅干しみたいにしながら質問する。
「そういえば今なんの仕事してるの?」
「営業だよ。家庭教師を雇う余裕がない、自主学習で学びたい層に、需要に合わせた教材を売ってる。学校の先生と仲良くなって、パンフレットを置かせてもらったり、熱心な家を紹介してもらってる」
「へー。なんか、やりがいありそうなやつだね」
「そうだなあ。今会ってる苦学生達が、数年後、成り上がってるといいな」
そんな話をしていたら、旧父さんがやって来た。
「マーシャル君はすごいよねえ」
「あ、父さんおそよー」
「エレンおそよー」
なんか、今更だけど、お父様と父さんっていう呼び分けってどうなのかしらん。急に、根源的な疑問が湧いたエレンである。考えたらダメだ。
「ストーン君も一緒にやらないかい? マダム受けも良さそうだ」
「そうだねえ。ただ、長年の経験的に、ぼくの場合は、仕事しないほうが暮らしが安定するんだよね」
さて、ここにきて突然発覚したけれど、エレンの旧姓は《ストーン》である。《石しかない土地》という意味で、あの辺一体の表札は全員ストーンさんだ。なので、前住んでた土地では、ご近所さんとは名前か区画で呼び合っていた。『14区画のお嬢さんこんにちは』『あら、10区画のー』みたいな。
この国の平民はそんな感じだよ! 余談おわり。
「うんうん、無理しないほうがいいよ。父さんが働きたいなら止めないけど……」
「どういうこと?」
不思議そうな顔して尋ねる新お父様に、旧父さんがまったりと応えた。
「仕事を始めると、なんでか行く先々で事件が起きて、100%巻き込まれるんだよね」
2時間ドラマみたいなやつである。
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ご飯を食べたあとは病院に行って、いつもみたいに、病気の治癒の人体実験をするのだけれど、あいかわらず全然手応えない。
「むう。なにをどうしたらいいのか、あいかわらず全然わかんないでごんす」
「まあまあ、いつもありがとうね、エレンちゃん。
来てくれるだけで嬉しくて、なんか元気になるよ」
「えー?」
「ほらほら、お菓子食べなさい」
「お茶も入れようね」
「わーい、ありがとうー。おいしい!」
入院患者達の集いに参加する孫みたいになってるエレンである。でもそんないつも通りの光景に、いつもはいない人が現れた。
「やっと見つけた。エレンさん、なにしてるの?」
「あ、ウィリアム様!」
あれ? 学園は?
エレンの頭の上にはてなマークが浮かんでる間に、おじいちゃんズとおばあちゃんズがウィリアムも招き入れた。
「おや、エレンちゃんのお友達かい?」
「さあさあ、君もお菓子をお食べ」
「ありがとうございます。いただきます」
「あらまあ、ハンサムで礼儀正しい子だねえ」
エレンが、ウィリアムを戸惑いながら見つめると、ウィリアムは周りに笑顔を向けながら、小声でささやいた。
「エレンさんに、昨日のこと謝りたくて。
……昨日は夢の中で、悲しませてごめんね」
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病院の屋上は、真っ白なシーツが沢山干されていて、風でパタパタと揺れている。青空とのコントラストがとても綺麗だ。
エレンとウィリアムは、屋上のベンチに座って話すことにした。ウィリアムの柔らかそうなシルバーグレーの髪が、風に揺れてキラキラと輝いている。
平日だからか、エレン達以外に人気はない。
「やっぱり、私達、同じ夢を共有してるんですね」
「みたいだね。……昨日までは、夢の内容も起きるとすぐに忘れていたのに、今日は確信を持ってた」
「へー、不思議ですねえ。私も、同じです」
日がぽかぽかしていて、風もそよそよしている。
「あのさ」「あの」
タイミングをはかり勇気を出して声を掛けたところ、2人の声がかぶった。そしてお互いに譲り合う。
お先にどうぞ、いやいやどうぞ、いえこっちはたいしたことじゃないので……的なやり取りが続く。
『このまま未来永劫繰り返すのかしらん?』
とエレンが思った頃に、ウィリアムが諦めた。
がっくりと肩を落として重たい口を開く。
「えっと。言い方とか、良くなかったなと思って。
なんていうか……エレンさんがいたら、怪我とか後遺症とかを気にせずに、動くことができる。普通なら選べない選択肢が選べる。
それは、ぼくにとっては、つらいことじゃない」
「……うん。なんとなく、わかります」
「じゃあなんで、そんな悲しい顔するの?」
ウィリアムに言われて、エレンは、ほっぺたをこねこねした。むう、とした顔でウィリアムを見る。
「だって、治るまでは痛いでしょう? 痛すぎて、ショックで、死んじゃうかもしれませんよ?
どうせ、治るからって……傷つくほうを簡単に選ばれたら、困るんです。私がいなければ傷つかなかったのかも……って、ちょっと思っちゃいました」
「……すみません。安易に奥の扉に触れたりとか、危機感も足りなかったと、思いました」
「そうですよ。反省してください」
「うん、反省する」
「うむ、よろしい。……ふふ」
「あ、笑ってくれた」
そのウィリアムのセリフに、エレンはついに吹き出して、満面の笑顔を向けた。
「はい、安心したので。わざわざ学園を休んでまで、来てくれてありがとうございます、ウィリアム様」
「はー、よかったああ。ぼくもようやく今、ほっとしました」
「ちなみに今朝は眠れました?」
「ううん、寝てない。しんどい」
「えー、せっかく休んだのにもったいなーい。じゃあ私が、元気をあげましょう」
温かくなりますように、元気になりますように。
心を込めて、ウィリアムに魔力を流す。
エレンの楽しい気持ちと連動するのか、なんだか普段よりも魔力がきらきらしてる気がする。
「ねえ、ウィリアム様。私、病院の屋上で、一度でいいからやってみたいって思っていたことがあるんですよ。一緒にやりませんか?」
「いいですよ、なにするの?」
「迷宮ごっこ」
エレンはそう言うといたずらに笑って、干してあるシーツを手でわさわさーっと揺らしまくりながら、シーツの中を走り抜けた。
「思った通りふわっふわ! 石鹸とお日さまの匂いで、ものすごく幸せですよ! ウィリアム様も遊びましょう?」
シーツの間から顔を出して呼ぶと、ウィリアムも笑って参戦した。
たなびくシーツに埋もれて消えてはまた現れる。
瞬間移動みたいで面白いから、エレンはウィリアムを、予想外な方から脅かして笑った。
そしてそのあとは捕まる前にダッシュで逃げる。なにこれ面白!
だが、調子にのるとたいてい大惨事になるのだ。
エレンの足がもつれて転びかけて、とっさにシーツをつかんだらなだれが発生!
「あいやー!?」
「エレンさん!」
ピタゴラスイッチみたいにどどどっとシーツが全部崩れた。シーツにすっかり埋もれたエレンの目の前にはウィリアムがいて、エレンの後頭部を片手で守り、背中には重たい大量のシーツをエレンの代わりに背負っている。
この世界の男の人ってみんないい匂いするのかしらん。ウィリアムからも例に漏れず素敵な匂いがして、エレンはそんなことを考えていた。
「エレンさん、大丈夫ですか?」
「はい、ごめんなさい。ウィリアム様こそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、結構重たい……今、手が塞がってて、どけてもらえる?」
「あああ、すみません。おっけーです!」
とは言っても、シーツに邪魔されて、エレンも起き上がれなかったので、最初は光が若干透けて見えるような、シーツの厚みが薄そうな場所に狙いを定めて少しずつどけていった。
そうしてエレンがシーツの隙間から顔を出せるようになると、今度はバッサバッサと本格的にシーツをどける。
ウィリアムには、シーツに混じって木製の竿も、のしかかっていた。それもガランという音を立てながら横に下ろすと、やっとウィリアムも起き上がれた。
「ごめんなさい。体、痛めませんでしたか?」
そう言ってウィリアムに治癒魔法をかけた。あ、これはちょっと痛そうだ。
ごめんようごめんよう。
治した背中をなでなでする。
「まってまってエレンさん。もう、治ってますから。そんなに触れないで」
「あ、すみません」
端から見たら『抱きついてる』と、誤解されそうな感じになってた。実際は手しか触れてないけど。
降伏した犯人みたいに両手を上げて退いたら、ウィリアムに苦笑されて、エレンは首をかしげた。
「ん? なんですか?」
「いや……確かに触れないでって言ったけど、全力で離れられたから、ちょっと寂しくなった」
「えー、わがままな……!」
「あはは」
そのあとは2人で苦心しながらシーツを元の状態に戻した。難儀しながらもようやくどうにかなった頃、ちょうどいい感じの時間になったので、2人で学園に向かうことにした。




