話
どれくらいの間そうしていたかはわからないが、いつまでもその場に項垂れているわけにもいかず……俺は、部屋へと戻っていく。
どこをどう走っていたのか、無我夢中であったため、部屋に戻るまでの道がかなり迷った。誰かに聞ければと思ったのだが、不思議なことに誰とも会わなかった。
だが……それで、よかったのかもしれない。もし今、誰かに会ってしまったら、どんな顔をしていいかわからない。ひまわりたち花の少女相手なら、なおさらだ。
なのに……
「……なんか用ですか」
歩き歩き歩き回って。ようやく、俺に割り当てられていた部屋に戻ると、その入り口には一人の女性が立っていた。
確か、さっき班目に掴みかかったとき、何か言おうとしていた人だ。
「ごめんね、待ち伏せみたいなことして」
「俺が戻ってくる保証なんてないでしょ」
「この基地は、出入口含め至る所に監視カメラがあるから、ここを出て行けばすぐにわかる。……っていうのは建前で、本音は逃げないってわかってたから。ボタンちゃん……ううん、あの子たちのことでこんなに感情的になれるキミなら、ね」
わざとぶっきらぼうに話すが、それに女性が気を悪くした様子はない。それどころか、俺に優しく声をかけてくる。
その内容は、まるで核心を突くような言葉だった。前半の恐怖さえ感じる台詞は置いといて……悔しいが確かに、逃げようとは考えても、実際に行動に起こそうとは思わない。
「……中、入ります?」
立ち話もなんなので、俺は女性を招き入れる。正直今は放っておいてほしかったのだが、部屋にまで来られたら、追い返すわけにもいかない。
まあ、招けるもんなんてお茶くらいしかないんだけどな。
彼女にはソファーに座ってもらい、俺はお茶を淹れる。設備は整ってるんだよな、ここ。俺なんかに一室与えて、しかもそれなりの備品も揃っている。俺でさえこれなのだから、この女の人とかはもっと立派な部屋なんだろう。
おかげで、わざわざ外に出る必要がないってわけだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
お茶を出し、俺は正面の椅子に座る。彼女は一口お茶を飲み喉を潤してから、そっとため息。なにを言おうか考えているのか、視線をさ迷わせている。
別に急かすつもりはないが、なにを言うつもりなのか……だいたい想像はつく。ひまわりたち花の少女のことか、それか……
「斑目さんのことね、悪く思わないでほしいの」
……やっぱり、その話か。斑目の、しかも、あいつを庇うような言い方。
部下だから、上司を悪く思われるのは困るってことか。この人も、おっとりした見た目だけど、本当はあいつらのことを兵器としてしか見てないのだろう。
「けど、あい……あの人は、ひまわりたちをなんとも思ってない」
つい、呼び捨てにしそうになってしまう。一応、社会に出た人間として、気に入らない相手であっても敬いを持たなければならない。
それが、こんなキツいことだとは思わなかったけど。
「そんなことないわ。あの人も昔は、あなたみたいに悩んだものよ」
そんな俺の態度に気づいてか気づかずか、彼女は言う。……そう、言われても。信じられないな、あんなふてぶてしいおっさんが、俺みたいに悩んでただなんて。
まるでボタンと同じようなことを言っているが、俺にはあの男が、そんな立派な奴だとは思えない
「あの人も、あの子たちに寄り添い、支えてきた。でもね……彼女たちに寄り添えば寄り添うほど、失ったときの絶望は大きくなる。怒りも悲しみも、枯れてしまうほどに疲れてしまう」
「だからって、あんな言い方……!」
それを聞いて、少しだけ思う。あの男は、俺なんかとは比べ物にならないくらい、今のような別れを繰り返してきた。それは、正気の沙汰で受け止められるものではないのかもしれない。
だから、距離を置く。彼女たちに、必要以上に干渉しないように。
「……確かに、言い方はあの人にも問題がある。あの人、不器用だから。でも、あの人が心を保つにはこうするしかなかったの。何人もの少女たちと離別して、また受け入れて……その繰り返し。だからあの人は、必要以上の干渉をやめたの。でも、決して道具として見ている訳じゃない。それはわかって」
「……わかんないっすよ」
「……そうね。今はまだ、難しいかもしれないけど。けどいつか……」
そう言って、彼女はお茶を飲み干す。渇いた喉を、一気に潤すように。
俺もお茶を飲むことで、熱くなってきていた頭が少し冷えた。気がした。
彼女の言うことも、わからないではないかもしれない。あの男が、斑目がどれだけ悩んで、足掻いたかはわからない。そんなもの、俺よりよっぽどあいつを長く見てきたここの人たちが、一番わかっている。
でも……
「もうボタンとは会えないのに、割りきれないっすよ」
「……そう、ね。でも、受け入れて、先へ進まないといけない。ユウキくんのその気持ちはとても大事なことだけど、あの人……斑目さんのことも、わかってあげて」
結局、俺がまだガキで、全部受け入れるしかないっていうのか? だけどそんなの、あんまりじゃないか。
その後、話す内容が途切れ……俺に、考える時間を与えるためか、お茶のお礼を言ってから彼女は、部屋を去っていった。




