ある悲劇の幕開け(3)
扉が開く音を耳にし、そちらへ目を向ける。
気がつくと彼が私のことを見向きもせず、何かを考えながら私を待つように立っていて、私はいつものように彼の元へと駆け寄っていく。
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
何も話さず、何も抵抗をせず、いつも通りについて行くだけ。
もう、あの液体が投与されるのを身体が拒絶することも気がついたらなくなっていて、寒気も熱さも吐き気もめまいも痛みすら、いつしか感じなくなっていた。
慣れてしまったのかもしれない⋯もしそうだったら喜ばしいことかもしれない。
結局、注射器の中身の液体は私に何をもたらすのか、苦しみ以外私には何一つ分からずじまい。
だから私の身体に何が起こってるのかについては、私自身の身体なのにまるで何一つ理解を得れていない⋯⋯理解したところで、私にできることは、もう既にない。
ここに来た当初は頑張って抵抗していたような記憶もあるような気がするが、今の私にはその記憶すらも曖昧に見え、私の記憶は霧のように霞んで見えるようになってしまった。
いつからか、私は過去を思い出そうにもまるで何かに邪魔されているかのように私の過去の記憶の湖は霧がかっていて、水面を覗き見ても何も見えない。
掬おうともその手は空回り、何が好きで、何が嫌いで、何をしていたのかすら見えず、思い出せず。
もしかしたら、それがあの液体の正体⋯または副作用のようなものなのかもしれない。
だとしたら、あの薬は記憶に関連するものなのかもしれないけど⋯⋯
そうして、部屋についた。
見慣れた椅子に座り、いつものように拘束道具が手首につけられ、注射をまた打たれるのだが⋯
「⋯?」
ふと、私にしては珍しく違和感を覚えた。
見間違いの可能性も低くないが、色がいつもより透明で、少し違うような気もする。
確信は持てない、持ったところで私にどうしろとそういう話ではあるのだが、なぜかどうにも気になってしまった。
そもそも私の記憶は常日頃ふわふわとしていて、まるで脳内で処理が上手くできてないかのような、不思議な感覚を覚えることがある。
だからなのか、いつも思考をすぐに放棄してそれ以上物事を考えることを辞めてしまう、今回だってそうだった。
彼を待つこと数分、準備が終えたようで、いつものように私の腕に注射を打ち込む。
「っ⋯⋯?」
どこかで感じたことのあるようなものが頭の奥深くに響くように広がっていき、それが痛覚だと理解し、一瞬困惑する。
今回私の目は正しかったらしく、今回の液体は私に痛覚を思い出させるだけではなく、何かが私のさらに奥深く⋯⋯記憶の湖に流れ込むような。
視界の縁に映る彼を見てみると、私の反応を見て黙しつつもどこか嬉しそうな表情を浮かべ、完全に投与を終えると、私を部屋に連れていった。
「ぅ⋯⋯っ」
気持ち悪い。
わけのわからない記憶が投与を終え部屋に戻されてもなおその記憶は中に流れ続けていて、でもその記憶は確実に私の霧がかった記憶ではなくて。
記憶の流れもとうとう終わりに近づいてきたようで、頭が軽くなったようになっていき⋯⋯
「前世、の記憶…⋯?」
小さな声で呟く。
信じ難い話ではあるが、どうやら私には前世なるものが存在していたらしい──?
「優、大丈夫なの⋯!?」
僕が病室でぼーっと窓の外を眺めていると、母の声が聞こえた。
「うん、大丈夫」
月島優、それが僕の名前。
自分で言うことでもないが、僕の人生はあまりにも退屈と苦痛に満ちていた。
人生の半分は病院で過ごしていると言ってもいいほどに虚弱体質で、それだけでも面倒なのに病まで患っている。
その話を聞かされた時は7歳で、その時は絶望し泣き喚いた記憶がある。
なにせお医者さんから20歳を超えれるかすらも怪しいと言われたのだから。
この病は魔物が現れてから存在していたもので、魔力を持たざる者⋯要は魔法少女じゃない人が魔物の魔力に長時間触れ続けると発症してしまう可能性のあるもの。
魔力は本来一般人は触れ続けてはならないものであり少しならば問題はないが、長時間浴びることで一部の人はこの病を発症したりする。
「何かあったら教えてね、お母さん、何でもするから」
「うん、ありがとう」
今はまだ15歳で、本来ならまだ中学三年生だ。
たまになら学校に行く機会はあるが、何日か繰り返してるうちに倒れ、また入院し、動けるようになったらわがままを言って学校へ、という日常の繰り返し。
もはやずっと病院にいた方がいいんじゃないかと思う人もいるかもしれないけど、どうせあと5年以内の命だ。
それなら今のうちに楽しんどいた方がいいだろうという考えで、それを両親や学校の人もギリギリ納得してくれたようで、中学校にはたまに登校していた。
とはいっても、途中から来た僕に友達なんてできる訳もなく、正直に言ってしまえば虚しい。
授業の内容はもはや何を言っているのか分からないし、友達がいない僕はクラスメイト達が楽しそうに話しているのを見ているだけ。
そんな悲しい僕でも好きな物はあった。
意外でもなんでもないだろうが、僕は魔法少女達が好きだった。
魔法少女は数十年前に急に湧いてでてきた魔物達を倒すための存在で、いわゆる最後の希望。
人類にとってもそうだけど、僕にとってはこの病を完治させる可能性のある唯一の希望。
魔法少女の人たちがこの病気を気に掛けていることはテレビを通じて知っている。
残念ながら今までずっと進展はないものの、解決の糸口を探そうとしてくれる魔法少女が好きで、体調の良い日にはテレビでよくみていた。
とは言っても、実物は見たことは無い。
魔物に襲われている時は僕はとっくに意識を失っていたし、そもそも彼女達がいるということは付近に魔物がいることにもなるから会うほうがむしろ不運とまで言える。
そんな風に、僕なりにそこそこな毎日を暮らしていたのだが、僕の悪運は相当強いらしい、
とある平穏な朝、病院の付近に災害クラスの魔物が現れた。
例えるなら少し放置すると街が潰される、そんなレベルの魔物が災害レベルの魔物。
魔物は固有の技⋯魔法少女で言うスキルで病院を簡単に半壊させ、僕のすぐ傍まで来てしまった。
「うっ⋯!」
ただの凡人である僕に魔物の相手が務まるわけがなく、魔物の魔力を少し感じただけで僕の病状はさらに悪化し、悶える。
その後は⋯言うまでもないだろう、死だ。
魔法少女が都合よくいたらもしかしたらあったかもしれないが、そんな都合の良い話はない。
そもそも、このレベルの魔物はそれなりに強い魔法少女が複数人で挑むか、またはトップレベルに強い魔法少女でもないと倒すのが困難で、都合よく近くにいたとしても時間稼ぎ程度にしかならないだろう。
何事も成すことがなく、自由を得ることすら出来ずに、僕はそこで死んでしまった。
来世があったら、自由を得て様々な事を、僕がやれなかったことをしてみたいものだと期待を込め、僕は意識を失う。




