ある悲劇の幕開け(2)
「うっ、ん⋯⋯?」
どうやらいつの間にか気を失っていたようで、見覚えのない天井が私の視界一面に広がっている。
「病院⋯?」
頭を動かして周囲を見てみるが、ここは病院というにはあまりにも物が少なく、この部屋にあるのは真っ白空間と私が眠っていたこのベットだけ。
「じゃあここ、は⋯私、どうして⋯イっ⋯」
起き上がろうとすると頭に頭痛が響き、ゆっくりと頭をあげる。
「確か、家に帰ろうとして⋯⋯でも、なんで⋯」
記憶が曖昧ではあるものの、確かに私は家に帰ろうと歩いていたはず⋯⋯だったんだけど、気がつけば見知らぬベットに横たわっているのがわけがわからなくて、恐怖心が湧き上がる。
「病院じゃないならここは⋯?」
あまりの頭痛の痛みにわたしは呆然とこの部屋を見渡すことしか出来ずにしていると、扉が開く音がした。
「あ⋯ッ!」
静寂の中突如鳴った音に驚き、慌てて音の方向を見た途端、私の体は自然と、まるで元々そうだったかのように徐々に震え上がっていく。
「っ⋯⋯」
それはなぜか?
それは、全てを思い出してしまったから。
どうして私がここにいるのか、帰っている最中に私の身に何が起こってしまったのか、この頭痛はなんなのか⋯。
それを理解した途端、どうしてか頭痛もさらに酷くなっていく。
「⋯だれ⋯?」
男に問いかけるも、私の言葉は彼には届かず、何かを考え混んでいるようだった。
「やはり⋯」
男は独り言を呟きながら、何か確信めいた様子で私に近寄ってくる。
「っ⋯」
私の手は無意識にベットを掴む手の力が強くなり、震えで動けない体はこの人の次の行動を待つことしかできなかった。
「行くぞ」
「えっ⋯?」
困惑するだけで動こうとしない私に苛立ったのか、私の腕を掴み強引に立たせると、無理矢理腕を引かれ連れていかれそうになる。
「イっ⋯!い、いや⋯!」
無理矢理起こされたことによる痛みを堪えながら抵抗するが、子供の私が大人に力で勝てるはずがなく、どれだけ抵抗しても少しずつ引きずられてかれてしまう。
「無駄な抵抗は推奨しかねるな」
「い、いや⋯!」
直感が言っている、この男は本当に危険だと。
何をされても──私を殺してしまうことさえも、この男なら簡単にやりかねないと私の直感は警報を鳴らし続けている。
「はな、して⋯⋯!」
頬に伝わって滴ってゆくものを感じ取ると、必死に繋いでいる力がポツンと消えてしまうかのような、そんな危うさを感じてしまう。
この男に大人しくついて行ったら──そう考えると少しは抵抗する気が起きていた、が。
「⋯まだわからないのか?」
「⋯ひっ⋯!」
うんざりしたかのような、冷えついたような視線が私を直視で捉え、私の恐怖心は最高潮を迎えてしまい、今まで必死に抵抗していた力は跡形もなく消え去ってしまった。
まるでその目にはまるで私を人とすらみなしていない、その目の奥に写るどこまでも感じる闇に私は完全に怯え、そのまま引きずられてどこかへ連れていかれた。
また見知らぬ部屋に連れていかれると、目の前にあるのは私を縛るための拘束器具と椅子。
「座りたまえ」
「⋯⋯っ」
「言っただろう?座れ、と」
その言葉に嫌々従い、椅子に座ると手首と足首を拘束されていく。
「なにを、するつもり…?」
勇気を振り絞って男に問いかけるも、まるで何も聞いていないかのようにその言葉は水面へ沈み、そのまま別の部屋に行ってしまった。
「うぅっ⋯」
今のうちに逃げ出したいのは山々だが、縛られて手がろくに動かせない上に、いくら暴れてもこの鎖が外れることはなく、頭痛が酷くなるだけ。
「このっ⋯⋯!」
男が私を見てないうちにはやく逃げなければ、何をされるのかわからない。
再び無理矢理身体を動かすが、どれだけ暴れてもかえってくるのはやはり鎖の凍てついた金属音と、無理に身体を動かした反動の頭痛だけで。
「くぅっ⋯⋯」
それでも、無意味な足掻きと心のどこかではわかっていながらも、少しでも逃げれる可能性があるなら、それに賭けるしかなかった──が。
「無駄な抵抗はよせ」
「うっ⋯!何をするつもり、なの⋯!」
「まずは────からだな」
戻ってきていた男に強気で話しかけるも再び無視され、ぎりぎり聞こえないぐらいの声量で何かを呟くと、手に何かを持ち私に近寄ってくる。
「⋯⋯っ!?や、やめて⋯!お願いだから⋯」
男が持っていたのは、中に奇妙な色の液体が入っている注射器。
この男が私にろくな注射を打つとは考え難く、必死に懇願したが私のお願いを聞いてくれるはずもなく、暴れる私の腕に無理矢理打つ。
「っ⋯!」
その液体が体に流れた瞬間、考えられないほどの痛みが走って来た。
「──ッ!?…グゥっ!?…うぁッ''───!?」
打たれた途端、まるで火炙りに晒されているかのように、焼かれたかのような痛みが私を襲う。
熱くて、痛くてしかたがないのに、どこかからやってくる寒気が全身に行き渡っていくのを感じ、その矛盾が大きな不快感を湧き出させ、それはやがて徐々に大きくなっていく。
痛い⋯⋯痛い痛い痛い痛い痛い⋯⋯ッ!
なんで、なんで私がこんな目に会わなきゃ──
「ぐっ⋯!?カハッ⋯、ゴホッ──!」
家族──妹がお母さんと必死に私のために考えて贈ってくれたお気に入りの服が段々と私の血で汚れていくのを苦しみながら見ることしか出来ず、心も体もぐちゃぐちゃな気分で。
「はぁッ⋯⋯はぁッ⋯⋯」
そんな苦しみの中私の精神は徐々に疲弊していき、やがて私はこの苦痛に耐えきれずに身体が限界を迎え、意識が途切れてしまった。
「──!ごほッ⋯、ごほッ!!」
目が覚めると、またあの奇妙な白い部屋に横たわっていた。
まるで悪夢を見たかのような気分の私は、何かを考えることがろくにできず、ただひたすらにあの悪夢が現実であったことを痛感するだけ。
ぐちゃぐちゃに掻き回されているような痛みはほとんど消えていたが、あの想像を絶する痛みを身体に刻まれたトラウマからの震えは今でも消えない。
「ぃ、や⋯こんなとこ、いや⋯⋯そうだ、ドアがあった⋯よね、そこから⋯」
身体がまだ限界なのか、動こうとするとふらついたり、体の至る所がまた猛烈に痛くなる。
「うぅっ⋯!」
だけど、こんな苦しみが続くなんて、私にはやはり到底耐えられそうにない。
あんな苦しみを味わい続けるぐらいなら、死んでしまいたいぐらいに、私の精神はたった1度の注射にやられてしまっている。
動けない体に無理矢理鞭を打ち、ドアの前まで行き、開けようとするが⋯⋯
「な、んで⋯!」
何度開けようとしても、何度開いてと願っても、何度やっても開かない。
「ゲホッ⋯⋯!」
鞭を打って動かしていた反動からか、口から血が吐きでる。
「はぁ、はぁ⋯っ」
血に染まる手を見ているうちに、段々と私の中で悟ってしまった。
あぁ⋯もう、私にはどうすることもできないんだ⋯⋯⋯と。
私の最後の意志はものの一瞬で崩れ、私を支えていた力が抜けた途端、私は意識を失った。
そこからは、以前も打たれた中身の分からない注射を打たされる毎日だった。
打たれては悶え、苦しみ、痛み⋯あとは部屋に戻って何もせず次の日の注射を待つだけで、ここに娯楽などがあるはずもなく。
それだけでは飽き足らず、注射を打たれていないのに突然苦しくなる日もあったりして、私の心は既に限界を大きく超えてしまっていて。
そんな毎日の中で、何日、何週間経ったのかすら、分からない。
こんな地獄のような日々の中で食欲なんてあるはずもなく、何も食べない日も平気であった。
抵抗の意思すら消えてなくなってしまった私が出来るのは、毎日うずくまっては震えて、段々と何か大切なものが少し少しと失われていく感覚をひしひしと感じるだけ。
日に日に私は今までとは打って変わって話さなくなって⋯いや、そもそも話す相手などいないのだが、独り言の回数も減って行き、私の精神は摩耗して行き着々と虚無へたどり着こうとしていた。
⋯⋯私の今までとは、なんなのだろう?




