記憶の底から浮かび上がる過去
◇
今私の目の前に立ちはだかっている難題はさっきの魔物を倒すことよりも遥かに難しいと思う。
「助けてくれてありがとう」
「ん⋯⋯」
前世でろくに人付き合いとかしなかった上に今世ではさらにその機会は失われていたわけで、つまり⋯⋯人との距離感が全くわからない。
こんなのを難題と言わずして何を難題とするのだろうか。
魔物がいる時はどいて欲しかったから「邪魔」と言えたが話題を切らした今、何をどう話せばいいか全くもってわからない。
「えっと⋯大丈夫?」
返事が帰ってこずで気になったのか、遥が私の様子を確認するように前屈みになって私を見つめてくる。
「大丈夫」
「そう…?あなたは、どこの局の魔法少女かしら⋯少なくとも、近いところじゃないわよね」
魔法少女局とは組織のようなもので、魔法少女達のサポートをメインに様々なことをしているところ。 ていうかそれぐらいしか知らない。
他に知ってるとしたら魔法少女局は日本に合計で7つ設置されている、ぐらい。
「私は⋯」
ふと気になることができ、自身の服装を見る。 本来魔法少女になる絶対条件としてフリーとの契約が必須なはずなのだが、どうも私はフリーと契約をした覚えはないのになぜ魔法少女の力が使えているのだろう。
「どこのでもない」
「となると野良の魔法少女なのね…私は遥、あなたの名前は?」
「名前?」
「そう、名前」
今世の私の名前なんて知らないし、もちろん魔法少女ネームもないとなるとなんて言えば?
前世の名前を持ち出す訳にも、N1という恐らく私の実験ナンバーを持ち出す訳にもいかないとなればもう、今の私に名前なんてものは⋯
「ない」
魔法少女ネームは聞いたところによるとフリーが勘で決めるものらしく、魔法少女として戦う契約をした瞬間から与えられるもの。
それには例外はないはずで、遥は怪訝そうに私を見つめる。
「ないというのはどういうことかしら⋯?」
「⋯⋯」
「魔法少女としての名が無い、のかな」
黄色い魔法少女、陽葵が話に割り込み正解を口に出す。
「そうなる」
「そう⋯陽葵が言ってることには賛同できないけど、教えたくないのなら恩もあるし、構わないわ」
先程から妙に陽葵からやけに視線を感じる。
それはそれはとても熱い視線を、まるで何かを確認するかのような。
「⋯⋯」
人付き合いに自分の名前、さらに妙に陽葵の痛いほどの視線が交わり、私の脳が甘いものを欲しだしている、後で補充をしなければならない。
「ねぇ、きみって何歳なの⋯?」
頭を片手で抑えながら陽葵が口を開くと、他のふたりも気になっていたのか、一斉に私に視線を向ける。
「⋯⋯」
私は今何歳なのだろうか。
さっきから言っている通り記憶がないし外見年齢である12、13歳とでも言っておけばいいのか?
「もしかして⋯」
「名前も年齢もわからない、ということ? 」
「⋯そうかも」
しまった。
急に痛いところをつかれて脊髄反射で曖昧な答えを出してしまった。
「どういう…?」
「そのまま」
「そんなこと──」
「陽葵、何か事情があるかも知れないわ、その辺にしましょう」
遥が陽葵の肩に手を置き声を潜めて話をするが、耳の良い私には丸聞こえ。
「怪我、大丈夫なの?」
その気遣いを素直に受け取り、甘えるように赤い魔法少女の怪我へと話題を逸らす。
「まぁ⋯陽葵に回復貰ったし大丈夫だよ、君は?」
大丈夫と言う割には動くのは辛そうで、まだ陽葵の助けなしでは立てなさそうだが⋯⋯
「大丈夫」
「そっかぁ⋯」
「焔、変身を解きましょう」
「え、でもこの子が…」
「同じ魔法少女よ、特に問題もないはず」
「そうだよ、焔ちゃん」
「わかったよ…解除」
赤い魔法少女、焔が姿を戻すとグダりと陽葵にもたれかかる。
魔法少女の力があったからまだある程度動けていたわけで、その力が無くなった今動けなくなるのは当然の原理。
「ねぇ、あなたは──」
「ゥグッ!?」
身体中が暴発するかのように痛み、吐血を吐きながら私はその血を見つめた。
なんだ?なんで私、血を吐いて──
「こ、れは」
それだけじゃない。
どこか覚えのある症状が身体中から広がり始めて、私の身体は徐々に震えだしていて──
「なに、これ⋯⋯ぐぅっ⋯!」
「ちょ、ちょっと、大丈夫⋯!?」
燃えるように、凍えつくように、痛み広がり全体が危険信号を出すように、やがて私の記憶には同様の苦しみを受けた過去が浮かび上がってきて。
「ちっ⋯私は、まだ抜け出せて──」
ボタボタと流れる血を眺めながら、瞼が重くなり始めるのをただ感じることしか出来なかった。
「いきなりどうしたの!?だ、大丈夫なの!?」
「ふっ…ふぅ…大丈夫」
陽葵が私の両腕を掴み、どこか心配そうに私の顔を覗き込む。
「どどど、どうしよう!?遥さん!?きゅ、救急車呼んだ方がいいかな!?」
「焔、落ち着きなさい。局で診てもらいましょう⋯人を呼ぶから、耐えれる?」
是非とも診て欲しいところだったが、私の過去を知らない人達が見ても、たかが知れてる。
「⋯⋯」
それになにより、この3人より強い魔力を持つ魔法少女が私達のいるこの場所へと向かってきているのを感じ取った。
「私、もう行く…」
「そんな状態で行くって⋯その出血量で動くのはやめといた方がいいわよ」
「そ、そうだよ…一緒に、局に行こう?大丈夫、ちゃんと腕のいい人がいるから、ね?」
子供をあやすように声を優しくかける陽葵に少し不満げに思うが、こんな話をしている間にもタイムリミットは迫ってきている。
「じゃあね、お礼はいらない」
「そういう話じゃ⋯待って…!!」
変身を維持するのも辛くなってきた。
歩こうとするもグラりと視界が歪み、陽葵に腕を掴まれて動きずらいが⋯⋯早くどこかに行かないともう1人の魔法少女が来てしまう。
じゃあもう、仕方がない。
「ふんっ──!」
「きゃっ⋯!?」
被害が出ない適度に込めた魔力を周囲に霞を撒き散らすかのように、私の力である闇を纏わせ放出する。
「うぅッ──!」
何が原因か、何が起こっているのかすら分からないけど、これはきっと彼に少なくとも関係あるはずで、そんな未知に彼女達を置いて放置するわけには行かない。
私は必死に壁を伝い痕跡を残さないようにどこかへ向かった。




