引っ越してしまった友達へ
今度の手紙の宛先は、「港の見える丘の、大きなクスノキの下にいる少年へ」と書かれていた。
アリスが落ち葉の絨毯を踏み分けながら丘を登っていくと、潮風の匂いとともに、ぽつんと置かれた手作りの木製ブランコが見えてきた。
長年の風雨に晒されたそのブランコは、海からの秋風を受けて「キー……キー……」と物悲しい金属音を響かせていた。
そのブランコの横、大きなクスノキの幹に背中を預け、すっかり擦り切れた泥だらけの靴底を見つめたまま佇んでいたのは、少年・リオだった。
彼の瞳は落ち葉と同じように暗く沈み、視線は空き家となってしまった丘の上の小さな青い屋根の家へと固く注がれていた。
昨年の秋まで、あの青い屋根の家には笑顔の眩しい少女・ミオが家族と暮らしていた。
リオとミオは幼い頃からこの丘で泥だらけになって遊ぶ、かけがえのない親友同士だった。
しかし、ミオの突然の引っ越しが決まったあの朝、二人はくだらない小競り合いを起こしてしまったのだ。
「引っ越すなんて聞いていない」
「勝手に決められたんだから仕方ないじゃないか」
そんな不器用な言葉の応酬の末、二人は互いに「大嫌い」と言い放ち、二度と顔を合わせることなく別れてしまっていた。
毎日学校が終わると、一人でこの丘に立ち尽くしていたリオの前に、アリスは静かに歩み寄った。
「こんにちは、リオさん。夕焼け郵便局です。あなたにお届けものがあるの」
「僕に……? 嘘だ。手紙なんて来るはずがない。ミオは……遠くの街へ行っちゃったんだから」
リオはポケットに手を突っ込み、顔を背けて吐き捨てるように言った。だが、その声は微かに震えていた。
「嘘じゃないよ。この手紙はね、あなたに届くためにやってきたの」
アリスが差し出した橙色の封筒には、「丘の下の街に残した、大好きなリオへ」と、どこか見覚えのある丸っこい文字で記されていた。
リオの身体がハッと硬直した。
彼は疑わしそうに手紙を受け取ると、指先で封筒の感触を確かめ、震える手でそっと封を破った。
夕日の中で広げられた便箋には、あの少女の筆跡が躍っていた。
『リオへ。
引っ越しの日の朝、意地悪なことばかり言ってごめんなさい。
本当は「行かないで」って引き止めてほしかったの。
「ずっと友達だよ」って笑ってほしかったの。
それなのに私、素直になれなくて、一番大切なあなたを傷つけてしまいました。
新しい街はとても大きくて綺麗だけど、この丘の上から一緒に見た海ほど美しい風景には出会えていません。
ブランコに乗って、どちらが高く漕げるか競い合ったあの日の空を、私は一日たりとも忘れたことはありません。
「今までありがとう」って、一言だけでも伝えたかった。
私の心は、今でもあの青い屋根の庭にあるブランコの上に残っています』
手紙を読み終えた瞬間、リオの膝がガクガクと震え出した。
手紙を握りしめる指関節が白く浮き上がり、彼の瞳から堰を切ったように涙があふれ出した。
「僕だって……僕だって『行くな』って言いたかったよ! 『ごめんね』って言いたかったんだよ……!」
リオはクスノキの幹に額を押し当て、声を押し殺して号泣した。
彼の流す涙が、乾いた幹にしみ込み、小さな濃い斑点を作っていく。
その時、海からの強い風が丘を駆け抜け、二人の横でブランコが大きく揺れた。
まるで、遠く離れた街にいる少女が、今この場所で少年の背中を優しく押しているかのように。
アリスはそっと向き直り、泣き続ける少年の背中に深く一礼して、静かに丘を下り始めた。
夕焼けに染まる街並みが、二人を優しく包み込んでいた。




