栗売りのおばあさんへの手紙
つづら折りの坂道を下りきると、香ばしい煙と甘い蜜の香りが、夕暮れの街角に低く立ち込めていた。
広場の隅、大きなイチョウの木の木陰に佇むのは、使い古されたリアカーを改良した焼き栗の屋台だ。
「パチッ、パチパチッ」
漆黒の鉄鍋の中で、丸々と太った栗たちが熱せられた黒い砂とともに躍動し、時折弾ける心地よい音を立てている。
その横で、使い古された木べらを不器用かつ力強く振るっているのは、腰の曲がったマサおばあさんだった。
深く刻まれた目元のシワと、灰色の髪を包む小花柄のほっかむり。
冷たい秋風が吹き抜けるたび、彼女は手袋もつけずに赤くかじかんだ手で鉄鍋をかき混ぜ続けている。
「こんにちは、マサさん。今日もとてもいい匂いですね」
アリスが声をかけると、マサさんは木べらを止め、深く落ちくぼんだ目を細めて振り返った。
「やあ、見習いちゃんじゃないか。今日も大きな鞄を抱えて、精が出るねぇ。ほら、焼き立てをひとつ食べていきな」
マサさんは火傷の痕が残るゴツゴツとした手で、大きな焼き栗をひとつ差し出してくれた。
熱々の殻を割ると、中から黄金色の美しい実が現れ、甘い湯気が立ち上る。
ふうふうと息を吹きかけながら口に含むと、ホクホクとした食感とともに、栗本来の豊かな甘みが口いっぱいに広がった。
「マサさん、今日はね……マサさんにお届けものがあるんです」
「私に? 珍しいこともあるもんだ。新聞の集金かい? それとも役所からの知らせかねぇ」
アリスが革鞄から取り出したのは、二通目となる差出人のない手紙だった。
柔らかな羊皮紙のような風合いの封筒には、「一番甘い栗を焼く、手のかじかんだおばあさんへ」と、どこか不器用だが温かみのある文字で記されている。
「誰からだい……? 眼鏡、眼鏡……」
マサさんは困惑しながらエプロンのポケットを探り、傷だらけの丸眼鏡を鼻頭にかけた。
アリスから手紙を受け取るその指先は、絶え間ない作業のせいで角質が硬くなり、黒い砂の煤が爪の間に残っていた。
静かに封を切ると、中から一枚の便箋とともに、ハラリと一枚の小さな黄色い銀杏の葉がこぼれ落ちた。
マサさんはそれを手のひらで受け止め、掠れた声で便箋の文字を追い始めた。
『いつも温かい栗を売ってくれて、ありがとう。
あなたが手袋もつけずに、冷たい風の中で鉄鍋を振り続ける姿を、私はずっと遠くから見ていました。
数年前、事故で両親を一度に失い、絶望の中でこの街に辿り着いたあの日。
お腹も心も冷え切り、生きていく気力さえ失っていた私に、あなたが「お食べ」と言って手渡してくれたあの熱い焼き栗の味を、私は生涯忘れることができません。
あなたの焼く栗は、ただの食べ物ではありませんでした。
私の凍りついた孤独を溶かし、もう一度生きてみようと思わせてくれた、太陽の欠片だったのです。
面と向かっては恥ずかしくて言えなかったけれど……本当に、本当にありがとうございました。
どうかお体を大切に、いつまでもお元気でいてください』
読み進めるにつれ、マサさんの指先が小さく震え始めた。
眼鏡のレンズの奥に大きな涙の粒が溜まり、やがて深く刻まれたシワの溝を伝って、ボロボロとこぼれ落ちた。
涙は熱い鉄鍋のへりに落ち、「ジュッ」と小さな音を立てて白い湯気へと消えていく。
「そうかい……そうかい……あの時の子は、ちゃんと生きていてくれたんだねぇ……」
マサおばあさんは便箋を胸元に深く抱きしめ、天を仰ぐようにして静かに目を閉じた。
長年、冷たい風に晒され続けた彼女の背中が、夕日に照らされてどこか誇らしげに、そして温かく伸びたように見えた。
「見習いちゃん、ありがとうよ。最高の贈り物をもらったよ」
マサさんは涙を拭い、再び木べらを手に取った。
その夜、街に漂った焼き栗の香りは、これまで届いたどんな日よりも香ばしく、優しく、街ゆく人々の心を温めたのだった。




