第9話 魔物よけの歌
「レオ、すまない。シレネ女王たちを呼んできてくれないか?」
とある日、エドガーはそうレオに声をかける。レオは笑って「いいよ。どこにいるの?」と聞いた。
「西の入江で歌ってくると、そう言っていたな」
「あそこか。分かったよ」
彼は笑って「行ってくるね」と手を振る。森を抜けて入江へと向かう道中のことだった。
「〜〜♪」
森を抜ける潮風に乗って、二つの歌声が届く。ネレイアとシレネの声だ。
「……仲良しだね」
そう呟きながら顔を出す。二人は少し息を弾ませ、額に汗を浮かべながら歌を続けていた。
「……大丈夫?」
レオがそう声をかけると、ネレイアが振り向いた。
「……ねえレオ。この歌、歌えそう?」
「……曲は覚えてる。歌えると思うけど……」
「一緒に、歌って欲しくて」
「なんの歌?」
「魔物よけの歌」
「……分かった。隣、いい?」
ネレイアは頷く。レオは隣にそっと腰掛けた。シレネの歌声が響く。ネレイアは姉にちらりと視線を向けるとレオを見た。
「あ、ちょうどだ。ここ、ちょっと低めにハモってほしいんだけど……」
「ちょっと低めね。分かった」
「ありがとう」
「ぶっつけ本番だからね? 期待しないでよ?」
レオの言葉にネレイアは頷いた。そしてシレネの旋律に声を重ねる。レオもすぐに低い声を合わせた。
背中にぞくりと寒気が走る。声を響かせれば、その冷たさは少しずつ薄れていった。
やがてハモリがあるパートに差し掛かる。シレネが主旋律を歌い、ネレイアがソプラノを重ねる。レオはテノールを響かせた。その時、背中を這っていた冷たさが、ぴたりと消えた。
人魚の姉妹はほっ、と息を吐く。
「……よかった。今日は魔物の気配が強くて、どうしようかと思ってたの」
「魔物?」
「うん。この島に魔物が来ないよう、毎日歌ってるんだ。……この歌歌えるの、私たちだけだから。ちょっと大変で……」
レオは少しだけ考え込むようにネレイアを見つめた。
「……あのさ」
「なあに?」
「この時間は暇だから、手伝おうか?」
シレネは一瞬だけ目を丸くした。すぐさまふわりとした笑顔を浮かべる。
「助かるわぁ」
「よかった。明日も同じ時間?」
「ええ。お願いしてもいいかしら」
「いいよ」
「レオくんがいるなら、百人力ね」
「……そう、かな」
「きっとそうだよ!」
ネレイアは両手を上げて飛び上がる。柔らかい風が、そっと彼女の頬を揺らした。
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