第10話 帰ってこれたから
そろそろ船の完成が見えてきた日の、まだ太陽が昇っていない早朝のことだった。レオは一人、洞窟の中を散歩していた。
「……」
鞭が空気を裂く音が、まだ耳の奥に残っている。ただの夢だ。そう分かっている。分かっているのに。
「……はぁ」
皆が眠っているためだろう、洞窟内では、レオの足音だけが響いている。
「……こういうときは、騒がしいくらいがちょうどいいんだけどな……」
体も冷えてきたし、そろそろ戻ろうか。そう考えたときのことだった。
——ぴゅ、ぴゅ〜。
レオは思わず足を止める。船乗りの笛だ。自分の居場所を知らせる合図の音。
音は弱く、とぎれとぎれに震えている。レオはなんとなくそちらに足を向けた。
空へぽっかり開いた洞の岩場には、満ちた潮が小さな水鏡を作っていた。そこで、ネレイアが一人笛を吹いている。
「……なるほどね」
「……だって、人魚だもん。強く吹き込めない」
「知ってる」
レオは笑い声をこぼし、そっと隣に座った。
「船乗りの笛、知ってたんだね」
「……昔、レオが教えてくれた」
「そうだったんだ」
レオは首を傾げて「迷子?」と笑う。
「違うもん」
「ごめんごめん。……じゃあ、なんで?」
「……願掛け」
ネレイアの言葉に、レオの笑みがふっと消えた。
「願掛け?」
「うん。……私たちはここにいるよって。……そしたら、みんな帰ってくるかもしれないから」
「そっか」
レオはちょっと考えて、ポケットをまさぐる。
「あ、あったあった」
「笛?」
「うん。僕も、一緒に吹いていい?」
ネレイアは静かに笑う。
「……レオの笛だったら、届くかも」
「ネレイアの笛も、届いてるよ。……僕も、帰ってこれたから」
「……そっか」
ネレイアは笑って笛を吹き始める。レオも笛を構えた。
——ピッ、ピーッ!
まっすぐ空気を切り裂く、力強い笛の音。その音に寄り添うように、柔らかい笛の音が重なる。
空へ開いた穴から、星が一雫こぼれ落ちた。
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