第7話 クラーケンを倒すために
避難民たちは大きな洞穴へ集められた。皆口々に「なんだろうね」「悪い知らせだったら嫌だなぁ」と話している。
エドガーが壇上に立つと、ざわめきが少しずつ収まっていった。
「皆、聞いてくれ。……船が、来た」
「船?」
「本当に海を渡れる船なのか?」
「助けが来たってことか……?」
「海賊の船だが、共にクラーケンと戦ってくれる、と」
ざわめきは大きくなる。
「信用できるのか?」
「海賊が相手なら、食料を奪われるんじゃ……」
エドガーは「皆の懸念ももっともだと思う」と言って、レオに目配せをした。レオは頷いて口を開く。
「えっと……レオ……じゃなくて。ごめん、名前、なんだっけ」
「……レオナール・アドリアン・セイルヴィアだ」
「そうだっけ。えっと、とにかく。ここの王子だった、レオナール……だよ。……記憶がないから、レオって呼んでほしいんだけど……」
レオがそう挨拶をすると、人々は顔を見合わせた。
「本当に?」
「嘘ついてないんだよな?」
「……らしい、としか、言えない」
レオは小さくうつむく。ネレイアは人々を見渡し、それからレオを見た。
「……じゃあ、これなら分かるよ」
そのまま彼女はワンフレーズだけ歌う。
「〜〜♪」
レオは顔を上げる。ネレイアはにっこり笑って「……続き、歌って」と言った。
「〜〜♪」
レオは歌い出す。テノールが響く。嵐のなかで口をついて出た歌だ。
「……これは」
老人がぽつりと呟く。
「……セイレーンの逆さ歌、だ……。……これが、歌える人間なんて……」
歌が響く。独特の強いビブラートが尾を引いた。
「……この、癖は……」
一人の人魚が声を絞り出す。
「出せない音を、ビブラートで埋める歌い方は……」
皆が一斉にレオを見る。
「……レオナール王子、だけだ……」
洞穴から音が消えた。誰も疑う声を上げられなかった。歌声が終わる。
「レオナール殿下だ!」
「……王子様、生きてた!」
歓声が上がる。エドガーが「静かに」と声を上げた。
「……レオナールは……いや、レオは王子だった記憶を、全て忘れている。本人も、自分を海賊として生きてきた人間だと思っている。だから、レオとして接してやってほしい」
誰も声を上げない。女性がゆっくりと口を開いた。
「……それでも、これだけ言わせてください。……おかえり、なさい」
口々に「おかえりなさい!」「ご無事でよかった!」「大きくなりましたな」と声が上がる。
「……えっと……ただいま……?」
首を傾げながらそう言うと、洞穴のあちこちで息をのむ音がした。すすり泣く声が漏れる。
何も言わずに人々を見つめていたアレグがぽん、と肩を叩く。
「……愛されてるじゃねえか」
「……分かんない、よ」
「だろうな」
アレグはにかっと笑う。
「お前の気持ちだ。好きにしろ」
「……うん」
レオは泣いている人々を見渡し、小さく息を吐いた。
人々が落ち着いた頃。エドガーは恐る恐る口を開く。
「……話を、聞いてくれるか?」
「はい」
避難民たちは頷く。エドガーは静かに息を吐いた。
「……船は、修理が必要だ。帆布が少し足りない。……服を融通してほしい。……余裕がないのは、分かっている。……だが」
「いいぞ」
一人の青年が声を張り上げる。
「クラーケンを倒すためだろ? なら!」
「……海獣の皮は使えないか?」
「重すぎるが、あれば服や毛布を代替できる。その分、布を回せる」
「なら任せろ! 海獣ならオレたちの獲物だ!」
体格のいい人魚が手を挙げる。
「魔物が出るんだぞ」
「今こそ頑張るときだろ!」
あちこちから手が挙がる。
「船大工は必要か?」
「必要だ。動けるものは回ってくれ」
「人が増えたなら、魚をもっと獲ってこないと!」
洞穴中から声が飛び交う。エドガーは目を見開いた。
「ナイフはいるかい? 魚の骨から作れるよ!」
「私、縄くらいなら編めます!」
彼が書き留める暇もないほど、次々に声が上がった。
アレグは周囲を見回した。
「期待されてんな。よし、ガルドが中心となって船の修理だ! ミレーユは材料とかの管理、ノエルはけが人や体調不良の対応!」
「船長、僕は?」
「天気読んで、人魚さんのサポートだ。暇になったら釣りして食料増やせ。魚はいくらあっても困らねえからな。得意だろ?」
「分かった」
レオは少しだけ笑った。
「よし!」
アレグは勢いよくレオの背中を叩いた。
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