第3話 人魚の依頼と、愛の歌
「……助けてって、どういうことだよ」
人魚の言葉に、アレグが口を挟む。
「……あのね、セイルヴィアもティアマールも、魔の海域に飲み込まれちゃって」
「ティアマール?」
「うん。人魚の国。……続けていい?」
「いいよ」
ミレーユの言葉に、少女はこくりと頷く。
「魔の海域、作ってるのはクラーケンで」
「大イカの怪物か」
「そう。……クラーケンを倒さなきゃ、私たちは帰れない」
「……帰れない?」
「うん。……故郷に」
「……なぜだ」
「海にも陸にも、魔物がいっぱいいるから」
人魚の言葉に、ガルドが難しい顔をした。
「俺たちも、か」
「……多分」
彼女はこくりと頷く。
「で、おれたちに何してほしいんだ」
「……クラーケンを、倒して欲しい。……船がないから、戦えなくて」
「船が?」
「うん。クラーケンは、海上の目を狙わないとダメなんだ。人魚じゃ、届かない。船の上からじゃないと、目を狙えない」
「……なるほどな」
「報酬は?」
ミレーユが口を挟む。人魚はちょっと考えて「大公さんに相談してみる! きっと、ご褒美をくれるよ」と笑った。
「大公さんって誰っすか?」
「レオのおじさんで、私たちのリーダーなんだ」
「……人間が人魚のリーダーか?」
「人魚だけじゃなくて、セイルヴィアの生き残りもいるから。お姉ちゃんが……ああ、えっと、わかんないよね? ティアマールの女王さまでね。船長が多いと海が山になる、だっけ? そう言ってたから」
「……船頭多くして船山に登る、だ」
「それそれ」
少女は小さく笑う。アレグはばん、と胸を叩いて笑った。
「そういうことなら任せ——むぎゅ!」
「安請け合いするんじゃないよ。まったく。じゃあ、大公さんに話を聞こうかね」
ミレーユは笑う。少女は「こっちだよ!」と走り出した。すぐさまレオが止める。
「こら! 走っちゃダメ! 息が切れるよ」
「……はあ……はあ」
「ほら〜」
レオは少女の背中をぽんぽんと叩いた。
「……おんなじこと、言うんだね」
「おんなじ?」
「……うん。……昔も、よく言われてた」
「……そっか」
レオは小さく笑って、「案内して」と立ち上がった。
少女は笑いながら木々の間を進む。
「ねえ君」
「ネレイアだよ。ネレイア・リヴィアナ・ティアマール」
「……じゃあ、ネレイア。……僕と君って婚約者だったの?」
「うん」
「……そっか。……僕は、どんな子だったの?」
「歌と釣りが好きで。人魚の歌を教えたら、一緒に歌ってくれたの」
「人魚の歌?」
「うん。……たとえば、これ」
ネレイアはそう言って歌い出す。どこの国のものとも知れない、不思議な言葉の歌。旋律はどこか不安定で、音のつながりが少し不自然だ。レオは最初静かに聞いていた。
ネレイアの歌に、もう一つの声が重なる。レオの声だ。ソプラノとテノールが絡み合うたび、不思議だった旋律は美しい和音へと変わっていく。主旋律とハモリが次々と入れ替わりながら、ふたつの声は一つの歌を紡ぐ。
「……なるほどな」
アレグはぽつりと呟く。
「二つで一つの曲だったわけか」
「うん。この曲はそうなの」
歌い終わったネレイアが笑う。
「この曲?」
「うん。愛の歌だから」
「……愛の歌?」
「子供の頃、流行ってて。一緒に歌ってたんだ」
「子供が愛の歌っすか?」
「流行ってたんだもん」
「……そういうもん、だな」
「他にも魚寄せの歌とか、セイレーンの逆さ歌とか。何回教えても人魚にしか出せない音がうまく出なくて。『人間には無理だよ』ってみんなに笑われてたよ」
「……そりゃそうか」
「だから変な癖がある。人魚の歌としては効果も限定的なんだ」
ネレイアは懐かしそうに笑う。レオはその笑顔を見つめたまま、小さく息を吐く。
「……ごめん」
「なんで?」
「……全部、忘れてたから」
森を渡る風だけが、木の葉を揺らした。ネレイアはふ、と笑う。
「……レオが生きててくれたから、それで十分」
その笑顔を見て、レオも微笑んだ。
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