第2話 人魚姫の婚約者
嵐をなんとかやり過ごしたが、船は満身創痍だった。レオは濡れた甲板を踏みしめながら、かろうじて残っている手すりにもたれかかった。
「レオ、ここがどこか分かるか」
「ちょっと難しいかも。……でも潮が変わってる。近くに陸地があるよ」
「見てくるっす!」
ノエルはそう言って見張り台に駆け上がった。双眼鏡を覗く。
「あ、島があるっす!」
「どっち?」
「三時の方向!」
「……ほんとだ。流れも穏やかだから、船を着けられると思う」
「無人島みたいっすから、ありがたく使わせてもらいましょう!」
「だな」
アレグは「ガルド! 聞いてたか?」と声を張り上げた。
「……向かってる」
「流石だな」
笑い声が響く。船はゆっくりと小さな島の入江へと向かっていった。
「ガルド、船の具合はどうだ?」
「……致命的ではない。だが航海は無理だ」
船が入江に着くと、ガルドは船体を一通り見回し、首を横に振った。
「そうか。寝泊まりくらいはできそうか?」
「ああ」
こくりと頷いたガルドを見て、一同は島を見回した。
「……幸い、森がある島だ。船は直せそうだな」
「だね」
「マストだけちょっとギリ、かもね。食料は……まあ、レオがいるから大丈夫だろうね」
「期待されても困るんだけど……」
ミレーユの言葉に、レオはぼりぼりと頭をかく。その時だった。
「……船長」
ノエルがアレグの袖を少し引っ張る。
「どうした?」
「……見られてるっす」
彼が指差す方向を見れば、一人の少女がこちらをのぞいていた。
「人魚だね」
レオはそう言って目を細めた。一同は一斉に彼を見る。
「足、あるっすけど」
「人魚は陸上に上がれるんだ」
「……詳しいな」
「確かに。なんでだろ」
レオは小首を傾げる。その時、人魚と目が合った。人魚はパッと笑顔を咲かせた。次の瞬間だった。
「レオ!」
人魚は一気に駆け出し、レオに抱きついた。彼は慌てて両手を上げる。
「レオ! レオナール! 良かった、生きてた!」
「……えっと、どちら様?」
少女はきょとんとした表情を浮かべる。レオは少女から視線を外し、アレグたちへ振り向いた。アレグは苦笑しつつ口を開く。
「お嬢ちゃん、こいつの知り合いか?」
「うん! 婚約者だよ。小さい頃、結婚の約束をしてたの」
「……お前、何も覚えてないか?」
「……うん」
「だよな。……お嬢ちゃん、こいつ、子供ん時の記憶、忘れてるんだわ」
風が、ひゅうと吹いた。
「……忘れた?」
「……奴隷だと、よくあるんだ」
「……ドレイ、ってなに?」
「……人として扱われなくなった、人のこと」
レオは静かに答える。少女はじっと黙ったまま、「……レオナールは、ドレイなの?」と聞く。
「ううん。もう、違うよ。……アレグ船長が、助けてくれたから」
レオは静かに笑う。
「……というか。僕、レオナールなんだ」
「うん。レオナール・アドリアン・セイルヴィアだよ」
人魚の言葉に、アレグが「……待て」と呟いた。
「……セイルヴィアって……セイルヴィア海洋王国の?」
「セイルヴィア海洋王国って、なんすか?」
「南西の群島にあった、海運王国だ。……十数年前、魔の海域に飲まれて消えちまうまで、海の覇者なんて言われてた」
「……魔の海域」
人魚はこくりと頷いた。
「この島は大丈夫。魔物はこないよ」
「……この島だけ?」
「……外に出たら、魔物がいっぱいいる」
少女は少しだけレオを見つめてから、「……あの」と呟いた。
「……今、なんて名乗ってるの?」
「ただ単に、レオ、って」
「じゃあ、レオって呼ぶね。レオは、どうやって来たの?」
「……船で」
「……船なの?」
人魚の声は震えていた。
「そうだけど」
「レオ、お願い。私たちを助けて」
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