第12話 決戦! クラーケン
出航の日。アレグ海賊団、避難民、そして人魚たちは入り江へと集まっていた。
「ん、ロープも大丈夫だね」
「大砲も問題ないぞ」
「包帯も大丈夫っす! 今日は走るっすよ〜!」
「上出来だな」
アレグが大口を開けて笑う。そのまま、海図を手に海を見つめるレオの肩を叩いた。
「いけるか」
「うん」
レオは、ふ、と笑った。
「みんなのこと、大事だから。……ここの人たちも、優しくて」
風がレオの髪をそっと揺らした。
「……だから、帰したくて」
「そうか」
アレグは大口を開けて笑う。
「お前一人じゃねえぞ」
「そうだね。頑張ろう」
レオは静かに頷いた。海からネレイアがひょこっと顔を出す。
「レオ、準備できた?」
「うん」
「じゃあ、はじめていい?」
「うん」
レオはしっかりと頷いた。人々へ向き直り、大きく息を吸う。
「〜〜♪」
力強いテノールが響く。柔らかいソプラノがそっと歌を支える。誰もが思わず背筋を伸ばした。
音が一つずつ増えていく。戦士たちの声だ。音は重なり、高まり、一つとなっていった。歌声は鬨の声になる。
「……出航だ!」
アレグが声を張り上げる。船は汽笛を鳴らし、ゆっくりと海原へと滑り始めた。
魔物よけの歌を纏い、船は海原を進んでいく。レオは歌声を響かせながら水面を見ていた。彼の瞳が海面を捉える。
「10時の方向に舵切って!」
「ああ」
ガルドが静かに舵輪を回す。漁師たちが指示に合わせて帆を動かした。船首が動く。次の瞬間。水面が盛り上がり、白い触手が船体を掠めた。海面が大きくうねる。船の何倍もある黒い影が、水の下をゆっくりと横切った。
戦士たちが叫ぶ。
「船に近づけさせるな!」
彼らは武器を手に、触手へと向かっていく。
「右、打て」
「分かったっす! 火、つけるっすよ!」
ガルドの指示のもと、大砲が放たれる。炸裂音が響き、触手の先が大きく跳ねる。黒い液体が海へ散った。
クラーケンはバシャバシャと音を立てて触手を振るわせた。
「効いてるのか?」
「傷はついてる! でも触手一本だけだ!」
見張り台に立つミレーユが叫ぶ。
「左舷にも一本! 潜るよ!」
「させない!」
漁師が銛を触手へと突き刺す。水面が暴れ、船は大きく揺れた。歌を響かせたまま、レオは手すりにしがみついて海面を見続ける。
「目はどうなってる?」
「まだ届かないね!」
「魔物の大群です!」
「右から来るよ!」
ネレイアは声を張り上げる。レオもすぐさま声を合わせた。背中にぞくぞくと悪寒が走る。魔物たちは耳を塞ぎ、そのまま踵を返した。
黒い影が大きく身を翻す。海面に渦が生まれ、巨大な頭部が一瞬だけ浮かぶ。
「目、見えたよ!」
「届くか?」
「あとちょっとだ!」
大きく揺れながら、それでも船は進む。巨大な目まで、あとわずか。
「船首砲、装填!」
「装填完了っす! ぶっ放すっすよ!」
「……今だ!」
アレグが叫ぶ。どん、と大砲が火を噴いた。
海が震え、轟音が島々へと響き渡る。黒い砲丸がクラーケンの目をまっすぐ貫いた。耳を塞ぎたくなるほどの、つんざく悲鳴が響く。
クラーケンはそのまま体を大きくくねらせ、そして、黒い塵となって、海風にほどけるように消えていった。
やがて影は消え、海はまっさらな青さを取り戻した。最後の一音が、海風へ溶けていく。
「……はぁ」
レオはどさりと尻餅をついた。
「大丈夫っすか?」
「もう限界……」
「お疲れっす」
「……ネレイアも……大丈夫?」
「……もう、少しも尾鰭、動かしたくない……」
「上がってくる?」
「……うん」
漁師たちが網を使ってネレイアを船へと引き上げる。尾鰭を人間の足に変えることすらできず、彼女はそのまま甲板にぺたりと倒れ込んだ。
「……僕もそうしようかな」
レオはそう言ってごろりと寝転がった。
「落ちるよ」
「むり……」
「ノエル、しばっといてやれ。寝返り打って海に落ちっぞ」
「はいっす! ギッチギチに縛っとくっす!」
「……緩めて緩めて。さすがに怖い」
見張り台から降りながら、ミレーユは笑う。
「せっかくだから、人魚さんと一緒に縛っとけばいいんじゃないかい?」
「濡れちゃうよー」
レオは唇を尖らせる。ネレイアは「それはそれで、あり、かも?」と笑った。
「レオ、お疲れ様」
「……ネレイアも」
笑い声が重なる。青く澄んだ海は、穏やかに船を揺らしていた。
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