最初の武器と、ありがとう
凍てつく荒野を、有馬透は黙々と歩いていた。
左右を、奇妙なモザイク二匹が付いてくる。
「(ミチ……マカセテ)」
M001が、まるで案内人のように節を揺らしながら先へ進む。
「……お前、道分かるのか?」
「(ワカル)」
短い返答。迷いは一切ない。この世界へ来てから初めて、透は少しだけ安心した。
(この子たち……地理だけは本当に詳しいんだな)
歩みを進めるにつれ、草むらの奥や岩陰から時折こちらを窺うような影が見えた。
低いうなり声。木々を揺らす音。何かがいる。
思わず手に力が入るが、握るものは何もない。
透は小さく息を吐いて辺りを見回した。
「……なんか武器ないのか」
誰に聞かせるでもない独り言だったが、M001がぴたりと止まった。無数の目が一斉に透を見つめる。
「(ワタシク……ブキニナル)」
続けてM002が静かに念波を送る。
「(カイフクスル)」
「…………え?」
意味を理解するより早く、M001はカサカサカサと走っていき、落ちていた一本の枝を拾って戻ってきた。
「(コレ)」
差し出されたのは、どう見てもその辺に落ちていた木の棒だ。透は思わず苦笑する。
「(ブキ)」
自信満々である。
「いや……まあ……」
苦笑しながら受け取った。
正直、これで何かと戦えるとは思えない。それでも。
(無いよりはマシ……か)
棒切れを握り直した、その瞬間だった。
M001の無数の目が、モザイク越しでも分かるほど一斉にきらりと輝いた。
節がぷるぷると小刻みに震え、嬉しさを隠し切れないように左右へ揺れる。
(……?)
透は首をかしげた。
(なんでそんなに嬉しそうなんだ?)
もちろん、理由を知る由もない。
それはM001にとって、主が初めて受け取ってくれた「贈り物」だった。
――ガサッ
草むらが揺れ、次の瞬間、狼にも蜥蜴にも見える魔物が飛び出した。
鋭い牙。獰猛な眼。
透の全身が反射的にこわばる。棒切れを盾に身構えた瞬間、M001が一歩前へ出た。無数の節が一斉に展開する。
そして。
ゴォォォォォッ!!
夜空を焼き尽くすような閃光。轟音。爆風。
魔物どころか、その背後にあった巨大な岩山まで跡形もなく吹き飛んだ。
静寂。
透はゆっくりと口を開き……そして静かに閉じた。
「…………」
M001は無数の目をきらめかせ、誇らしげに円柱状の胴体を斜めに傾けた。
気を取り直してしばらく歩くと、今度は助けを求める悲鳴が聞こえた。
数人の旅人が人型の魔物に襲われている。一人は坊主頭から血を流して倒れていた。
透が駆け出そうとした、直後。
(怪我!?)
そう思った、まさに次の瞬間。
ガブッ。
「いっ!?」
腕にナニかが激しく食い込む。
M002の半透明な全身を淡い溶けたような光が走り、何かが透の体内へ流れ込むような不思議な感覚が広がった。
「(パス……セツゾク)」
柔らかな光が旅人を包み込む。一瞬で頭の傷は完全に消え去り――なぜかその頭部から、さらりと、しなやかな長い髪が流れ落ちた。旅人本人が自分の髪を触りながら一番驚いている。
――直後。
ゴォオーーー!!
一瞬の光と、熱い風圧。
魔物たちはM001の流れ弾だけで完全消滅し、辺りは草木一本ない更地と化した。
(……なんか、いきなり髪を生やして草。周りは草も生えてない……)
あまりの理不尽さに、透は頭を抱えてうずくまる。
「(プルン……シタ)」
(プルンってなんなんだよ! プルンって……もうわけわかんねえよ!!)
「(エイヨウ)(マンテン)」
「栄養満点じゃねえよ! 毛根マイスターかっ!!」
思わず叫び終えてから、透はハッとした。
呆然とする旅人たちと、満足げな怪異たち。
思わず苦笑いが漏れる。
「うわっ俺……スゲー変なツッコミしてるし」
その様子を見て、M001とM002は顔を見合わせた。
言葉はない。
それでもよかった。
主が笑った。
主が叫んだ。
主が、生きようとしている。
M001の無数の目は嬉しそうにきらきらと輝き、M002の吸盤は、ぽっ、ぽっと小さく赤く灯る。
透は照れ隠しのように小さく笑った。
「……助かった、ありがとう」
この世界へ来てから初めて、彼が口にした感謝の言葉だった。
ピタリと、世界が止まる。
M001は完全に停止し、無数の節がぷるぷると震え始める。
M002もまた、言葉を失ったように静かに全身を波打たせた。
主から初めて贈られた、温かな「ありがとう」。
胸を満たすこの震えが何を意味するのか、高次元の演算をもってしても、今の彼女たちにはまだ言葉にできなかった。
けれど、ただひとつ確かなのは――
荒野を吹き抜ける冷たい風すら、どこか温かく感じられたことだった。




