荒野の焚き火と、最初の信頼
暗がりの中、肌を刺すような痛烈な寒風が吹き抜けていた。
有馬 透は、冷たい地面に座り込んだまま、死んだ魚のような目で虚空を見つめていた。
あの瞬間、視界を埋め尽くした謎の光と、耳をツンと突き刺したようなシステムエラーの無機質なアナウンス。気づけば、自分だけがこの見知らぬ狂気の世界へと叩き落とされていた。
わけがわからない。
パッシブスキルが強制発動しているせいか、頭の中はひどく静かで、涙すら出てこない。
ただ、体温と生きる気力だけが、底なし沼に沈むようにじわじわと奪われていく。
そのバイタル(生命兆候)の異変を傍らで観測している二つの生命体。
彼の命の灯火が消えかけている。
その事実は、二匹の内部演算に宇宙規模の焦燥を走らせた。
「(アリマ……サマ……)」
頭の中に、ノイズ混じりのカタコトなやわらかい念波が響く。多足歩行肉塊であるM001だ。
もう一匹の触手軟体塊であるM002は、言葉を紡ぐこともせず、ただ重苦しい沈黙のまま、張り裂けんばかりの懸念を込めて様子を見守っている。
透は言葉を返す気力もなく、ただ無言で膝を抱え、寒さに身を震わせた。
「(アタタメル……ッ!)」
パニックに陥ったM001が、主を救いたい一心であたふたと思いつく限りの行動に出た。
無数の節をマッハの速度でカサカサカサッと摩擦させる。彼女にとっては純粋で一生懸命な行為だったが、高次元生命体の放つエネルギーの加減は完全にバグっていた。
ゴォッ――!!!
凍てつく闇を切り裂くように、破壊的な大爆炎が周囲の枯れ草を一瞬でのみ込んだ。
凄まじい熱風と大袈裟な威力の炎に、透は本能的な恐怖で声を漏らし飛び起きる。
「うわあぁあ!?」
M001はモザイクの隙間から覗く無数の眼球をうるうると潤わせ、あたふたと炎を消そうとしている。
「(……コレ)(タベロ)」
そこへ、もう一つのカタコトな念波が響いた。
ずずい、と透の目の前に突き出されたのは、M002の触手。そのモザイクに覆われた先端には、どこからか狩ってきたばかりの、何やら肉らしき物体が握られている。
「いやいやいや!?」
あまりに不気味なモザイク肉に、透は思わず素の声を出して後ずさりした。
しかし、パッシブ状態の裏側で、透の腹は限界を迎えていた。
グウ、と情けない音が響く。認知耐性のスキルが働いているせいか、モザイク越しのその肉からは、暴力的と言えるほどの芳醇で美味そうな匂いが漂ってくる。
凍える寒さ。迫り来る飢え。目の前では、怪しげなモザイク二匹が必死になって大騒ぎしている。
「……はぁ。もう考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた……」
元の世界に帰りたい。
だが、このままここでじっとしていても死ぬだけだ。まずはここを脱出しなきゃ始まらない。
透の心に、ある種の「前向きな諦め」が芽生えた。現時点で頼れるのは、目の前にいる正体不明の変なモザイク二匹しかいない。
透は覚悟を決め、M002が差し出してきた肉をひったくるように掴み、思い切り口に放り込んだ。
「うまっ……!?」
思わず声に出てしまうほどの絶品だった。
噛み締めた瞬間に溢れる極上の旨味に勝てず、透は貪りつくように肉を胃袋へ収めていく。
その一言が、荒野に響いた瞬間。
M001の無数の目がピカァアアア!と一斉に輝き、M002の全身の吸盤がポッ、ポッと蛍のように発光した。
二匹のモザイクが、言葉にはならない歓喜でゆらゆら激しく震え出す。
パチパチと爆ぜる炎の温もりのなかで、透は肉を飲み込み、息を吐いた。
言葉はカタコトで、見た目も行動もめちゃくちゃで気味が悪い。
それでも――
こいつらは今、確実に自分の命を繋ぎ止めてくれた。
透は静かに呼吸を整え、初めて二匹をまっすぐ見つめる。
「……なぁ。お前ら、俺を助けてくれるのか?」
初めて明確な意思を持った彼の問いかけ。
二匹の怪物は、迷うことなく頷いた。




