知らない天井と、知らない朝
次に目を覚ますと、知らない宿屋らしき天井だった。
というより、完全に見当もつかない世界だった。記憶が所々システム補正でボヤけている。
「……腹減った」
隣を見る。
モザイクがいた。
当然のように、二匹揃って俺の起床をじっと待っていた。見慣れると、この粗いドット絵もデジタルペットみたいで、少し可愛く思えてくる。
そのように思ってると、一匹が、嬉しそうにカサカサカサと音を立て寄り添ってくる。
もう一匹もぬるりぬるりと近づき、俺の頭を大胆に舐め回した。
べろり。
強烈な粘液が額から滴り落ちる。ヌメヌメするが、なぜか少しだけ果実のような甘い匂いがした。
(……なんか……少し頭のモヤが晴れた気がする)
幾つもの吸盤がついた半透明の触手があちらこちらに伸び、そのうちの数本が巾着のような袋を、突然俺の目の前に差し出してきた。
ぷらぷらとそれを揺らし、器用に巻き付いていた紐をほどき中身を見せるように傾ける。
「(ナニカ……カッテアゲル……ヨ)」
ズッシリと重そうな革の入れ物の中から、硬貨らしい鈍い輝きが見てとれた。さらに袋を左右に揺らす。ジャラジャラと金属同士が擦れ合う音がした。
(……こいつ、どこでそんな言葉をおぼえたんだ)
触手の一本がうねうねと俺の頭を撫でてから、波打つように別の方向へと先端を向けた。
俺は寝台の上でゆっくりと上半身を起こし、虚ろな目で辺りを見回した。
開け放たれた扉の向こう……下の方でガヤガヤと喧騒が聞こえる。
(ここは2階なのか)
半透明な腕が指し示す方へ目を向ける。ついでに何か食べ物でもないかと、木戸の向こうを覗き込んだ。
階下のテーブルの陰で、マダム風の女性が若い少年へ身を寄せ、つまんだ硬貨をプラプラとかざしていた。親しげに耳元へ何かを囁き、少年の頭を優しく撫でている。
(…………)
俺は小さく息をつき、部屋を出て階下へ降りた。
その刹那、空気が凍った。
周囲の先輩冒険者たちは、俺と目が合った瞬間、全員がホラー映画の怪物を見たかのように固まった。黒目がキュッと縮んでる。コマ送りのようなぎこちない動きで一斉に、じりっと、カウンターの反対側へ身を引いた。誰も目を合わせない。
(…………)
ふと横を見ると、M002が触手で「やれやれ」とでも言いたげなポーズをキメていた。
(……どこでそんな格好をおぼえたんだ)
「……そういえば、冒険者登録どうなってます?」
俺は、ギルドカウンターテーブルの上に放り出されていた鉄製の『冒険者証』を手に取った。
見たことのない文字が綴られているが、アリマトオルと何故か読める。現在のランクはF。
(……さっき街道のルートで、ぼんやり思ったけど、この冒険者証を貰ったのは、あの後だ)
完全に記憶の時系列がイカれてる。
精神汚染……マジ怖過ぎ。
その冒険者証ランクの文字下には、普通のギルドカードには絶対に存在しない、禍々しい吸盤や棒のような指紋が二つ、血のようなインクでスタンプされていた。
(遺留指紋かよ)
ギルドの受付嬢が、恐怖のあまりに失神しながら押したやつだ。
俺は未来予測だか時間逆転だかでバグった頭を雑に振り、うねうねと差し出されたコッペパンをモグモグと頬張った。
(……パンうまいな)
窓の外からは心地よい鳥のさえずりが聞こえた。
いい天気だ。
隣からは、「キューキィケタケタケタケタッ♪」「プシュープシュシュ♪」と、俺の朝食を祝福する異形たちの不穏な爆音が響き渡っている。
二匹のモザイク――後に俺の「生活インフラ」となる存在は、今日も全力で、歪んだ愛(過保護)を注ぎ続けていた。




