第31話 貯蔵葉の石塔
「次に、実際は秋の作業ですが、“二番刈り”の干し草についてです」
今回、村人総出で行った干し草作りは“一番刈り”と言い、冬を越して春に勢いよく伸びた牧草を材料にしたものだ。
「“二番刈り”とは、“一番刈り”の後に再び伸びた牧草を刈り取って干し草を作ることを言います」
牧舎頭のハインだけでなく、先ほどまで浮かれていた村人たちも、一言一句聞き漏らすまいと表情を引き締める。
「“二番刈り”で刈り取った牧草の使い道は二つです」
レオンが指を立てる。
文官の繊細な指先と鍛錬を積んだ無骨な武人の特徴を併せ持つ右手。
「一つ目、まず一番刈りと同じ作業での干し草作りに三分の一を使います。そして、二つ目、残った牧草は“貯蔵葉”を作ることに使います」
「貯蔵葉?」
口を開けようとしたハインよりも早く、麗しの領主様が鋭く質問する。
応接室に暗黙の同意が広がる。
久しぶりに灰色が勢力を増した初夏の雲間から、午前中らしい爽やかで力強い光が窓ガラスを透過してくる。
「貯蔵葉は、サイロ・リーフとも呼ばれるのですが、牧草を特別な石造りの倉庫で発酵させ、冬でも羊を太らせることができる特製の餌のことです」
この餌の作成が上手くいけば効果は大きいと、勢いよく話し始めたレオンの袖が不意に引っ張られた。思いのほか強い力。
「その話、上司として事前に聞いておきたかったのだが」
美貌の顔に浮かぶ柔らかな笑みに、ハインと村人たちの目が釘付けになる。
ただ一人レオンだけが、その蒼い瞳の中に一切笑いがないことに気づいていたが、今は説明へと集中する。そういうことにすると言い聞かせて続ける。
「そもそも、この話は秋の作業になりますから、今できることは準備だけです。予告みたいなものです。ただ、石造りの倉庫と言いますか“石塔”は、今から建設を始める必要がありますので…」
少し早口になりながら、魅力的な手が袖をつまんでいることなど意に介さないように、レオンは視線を村人たちへ戻した。
「明日の朝、いつものメンバーを村の広場に集めていただけますか」
ハインも村人たちも、次の目標を得たからか、明るい表情で一斉に頷いた。
エリザベート様へのお礼を伝えるための謁見は、思わぬ形で終わりを告げ、ハインと村人たちが頭を下げながら応接室を出ていく。
扉の前に立ち、無言のまま警備のために控えていたリオが、最後に一礼をして静かに扉を閉める。
残された二人の対照的な表情が、最後に顔を上げたリオの瞳に写っていた。
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食事当番の兵士が昼食だと呼びに来るまでに、何とかエリザベートの瞳に笑みを取り戻したレオンの手には、石造りの倉庫(石塔)建設の予算決裁が握られ、そこには領の最高権力者の署名がしっかりと入っていた。
代官屋敷の食堂で、エリザベートはレオンやリオたち、時には当番の兵士とも一緒に食事を摂る。
今日の昼食は、豆と根菜のスープに黒パン、領主様にと村人から早朝に届けられた湖で捕れた淡水魚の塩焼き。黒パンには贅沢にも少し厚めに削られたカウム村産の羊乳で作られたチーズが挟んである。
エリザベートが来てから始まった代官屋敷の食事当番は、兵士たちがこぞって立候補する大人気の仕事になっていた。
食事が終わり、リオと兵士が職務に戻っていく。
レオンがシエルの代わりにエリザベートの紅茶を入れる。
換気のために少し開けられた窓から、草と木と緑の匂いに混ざって、茶葉の香りが鼻孔をくすぐる。
「お前、本当に何でもできるんだな…」
レオンの耳は、思わず口をついた主の呟きには反応せず、遠くに響く馬の嘶きを拾う。
オスカーとシエルは、干し草作りが終わるや否や、レオンの指示を受けて領都へと慌ただしく出発していた。
カウム村に連れてきた馬車とレオンの馬を二人で操って領都に戻り、領主の依頼として石工を数名派遣してもらうためだ。
代官屋敷に横付けされた石工たちが乗っている馬車とシエルの馬の背には、現地調達が難しい資材や道具が山積みになっており、徒歩で馬車を護衛してきた若い兵士たちが、レオンの指示を受けて休むことなく資材の搬入を始める。
これらに掛かる費用を捻出するための決裁書は、エリザベートによる署名のインクがまだ乾いたばかりだった。
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昨晩降った雨は早朝には上がり、生ぬるい湿った風が水たまりに波紋を作る。
昨日レオンが指示したとおり、ハインと村人たちが広場に集まってきた。すでに家畜の世話に一区切りをつけ、新しい仕事を楽しみにしている空気さえある。
昨晩から代官屋敷の一室で寝起きを始めた石工たちと護衛として連れてこられた兵士たちが、少し緊張した面持ちでレオンやエリザベートの後ろに控えていた。
広場に集まった全員の顔を確認するように、エリザベートが美貌に薄っすらと笑みを浮かべて、作業への協力に礼を言う。
村人も石工も兵士も、皆の士気が自然と上がる。レオンには真似ができない魔法の言葉。
エリザベートに振られて、レオンが口を開く。
「昨日、事前に説明させてもらいましたが、羊たちを冬でも肥えさせることができる餌、“貯蔵葉”の生産に向けて、特別な石造りの倉庫(石塔)を建てます」
そう話し始めたレオンは、リオに命じて牧舎頭のハイン、村人たち、石工たち、そしてエリザベートに一枚ずつの紙を配らせた。
計四枚の紙には同じことが書かれていて、一番上には“貯蔵葉の石塔の建て方”と記載されている。
『貯蔵葉の石塔の建て方』
一、地面の選定と“強固な基礎石”の設置
村内で特に日当たりが良く、地面が硬く引き締まった微高地に建てること
眉間に皺を寄せたエリザベートが手を上げる前に、レオンが補足していく。
「石塔の内部には、信じられないほどの重量と圧力がかかります。生半可な土台では、冬の間に自重で傾くか、底からひび割れてしまいます」
「ですので、皆さんは石工の指導の下、地面を深く掘り下げ、平らな石を隙間なく敷き詰めてください。さらにその上から目の細かい漆喰を流し込み、水が漏れない強固な基礎を作ってもらいます」
二、倉庫は四角ではなく必ず円筒形にすること
「四角い建物を建てると、四隅にどうしても“踏み固められない隙間”が生じます。そこに空気が残り、牧草が腐る原因になります。円であれば、隅がなく、均一に圧力をかけられます」
レオンの説明に、石工たちが納得したように頷く。
三、石塔の内壁は、鏡のようになめらかに仕上げること
「貯蔵葉の生産には、チーズ造りと同じく発酵が必要になります。内壁の隙間をなくすことで外気の侵入を防ぎ、突起をなくすことで牧草が壁に引っかかって下に沈まなくなることを防ぎます」
村人たちは、何となくわかったような顔で聞いている。
四、底部に“排汁溝”を設置すること
石塔の最下部、地面に接するきわの石壁に、小さな穴を一つだけ開ける
「石塔に入れた牧草を踏み固めていくと、余分な草の汁が底に溜まります。これが停滞すると底の牧草が腐ってしまう。そのため、余分な水分だけを外に逃がす“排汁溝”が必要なのです」
石工の一人が遠慮がちに手を上げる。
「具体的にはどのような仕様にすればよろしいでしょうか」
「作った穴に、中をくり抜いた頑丈な竹か木の管を通し、外側から“栓”を差し込めるようにしてください。発酵の初期だけ栓を抜き、余分な汁を絞り出した後は、空気が入らないよう再び堅く栓をする仕組みにします」
レオンが、質問は大歓迎ですと笑顔で答えると、他に質問がないことを確認して説明を続ける。
長い一方的な説明にもかかわらず、広場に集まっている全員が欠伸一つしていない。生きていくために、豊かになるために、今が正念場だとわかっているからだ。
五、石塔の側面(地上からすぐの高さ)に、四角い“取り出し口”を設置すること
“取り出し口”の大きさは、大人が這い出ることができる程度でよい
「今回製作する石塔の高さは、大人の背丈の三倍ほどになります。牧草は上から投入しますが、冬場に出来上がった貯蔵葉を取り出す時になって、毎回上から潜って使うわけにはいかないですよね」
珍しく少しおどけた調子のレオンの言葉に、広場全体が笑いに包まれる。
「もちろん、貯蔵葉を仕込んでいる間は、厚い木板と漆喰や粘土を使って、文字通り壁と一体化するように完全に目張りをして、密閉できるようにお願いします」
石工たちが大きく頷いた。
レオンの説明が終わると、広場には言葉にできない熱気があふれていた。
自分たちの未来を切り開く具体的なイメージ、今まで作ったことのない未知なる造作物への好奇心、敬愛する領主様が見守る中で仕事ができる喜び。
様々な思惑が入り混じる。
でも、雰囲気は不思議と悪くならない。
なぜなら、全員が同じ方向を向いているからだ。
湿り気が減った風が、地面の水気を飛ばしていく。
興奮とざわめきが収まった後、視線は広場の地面に集まっていく。
そこには、レオンによる石塔のイメージ図が描かれていた。
誰もが息を呑んだ。見たこともない構造物が、未来そのもののように思えた。
エリザベートの癖のない長髪が、風を受けて気持ちよさそうに揺れている。
その石塔は、カウム村だけでなく、これから成長していくフォルスワーグ領の未来を示すように高く高くそびえていた。




