第24話 炉に舞う火花
数日後。
炉の修復作業が始まった。
一輪車の作成を主導してくれた職人が、ベテランの鉱夫たちと共に、今度は傷んだ屋根や内装を修復する。
ドーガンや若い鉱夫たちが煤やほこりをかき出し、魔鉱石を運び込む。
若い兵士たちが汗を滴らせながら木材を運び、支柱を組み直している。
澄んだ山の空気には、絶えず槌音をはじめとした修復の音が鳴り響いていた。
そんな活気がある中を、レオンは忙しなく歩き回っていた。
サラが新しい知識を逃すまいと、その背中を弟子のようについてまわる。
「その石材は水を吸うので、炉床側には使わないようにしましょう」
「量より質を求めますので、煙道は広げなくて大丈夫です」
「悪い空気を溜めないためにも、換気窓をもっと広げましょう。暑さ対策にもなりますから」
レオンが出す指示は細かい。
でも、そこには確固とした理由と信念があった。
「なんでそんなことまでわかるんだ」
ドーガンが感心半分で聞く。
レオンは少し困ったように笑った。
「小さい頃から、全部の仕事が大事だと思っていたんですよ。
商人も。
職人も。
農民も。
だから将来は官僚になって、全部わかる人間になりたいって本気で思っていました」
「全部?それは無理ってもんだろ」
「まあ、子どもの頃の夢ですから……、そう思ってた時期もあったんですよ」
完全な嘘ではない。
幼い時に見た光景。
時折り影が差す大人の顔。
疲弊した村。
そこで見た理不尽。
安全対策の必要性。
物流管理の大切さ。
その記憶と想いが、今の彼を支えていた。
⸻
作業を開始して数日後の夕方。
山の空は茜色に染まっていた。
煙突の長い影が地を這い、針葉樹林は黒い海のように風に揺れている。
その中で、修復された小型炉が静かに出番を待っていた。
まだ炉に火は入っていない。
それでも。
誰もその場所を、“終わった場所”だとは思っていなかった。
修復された炉が、そこにある。
ただ、それだけで空気が違った。
“終わった場所”だったはずの鉱山に、未来の欠片が集まり始めている。
かつて火が絶えたこの場所に、再び息が戻りつつあった。
⸻
次の日の朝早く、鉱山の麓にある村から、鉱夫たちが眠たそうに山道を登ってくる。
いつもどおり鉱山で作業をする者がいる一方で、バルグをはじめとした精錬炉の修復に尽力してくれた者は、向きを変え、炉の方に向かってくる。
足の悪いバルグには、若い鉱夫たちが交代で肩を貸していた。
白み始めた空には雲が少なく、今日も雨の気配はない。
乾いた風が少し暖かく感じられ、季節の移り変わりを控えめに教えてくれる。
バルグの後ろにはサラや若い兵士たちが続き、最後尾ではドーガンが大きな欠伸をしていた。
鉱山村――ザルツ村は、かつては繁栄の象徴だったが、今ではわずかな鉱夫とその家族が細々と暮らすだけの小さな村になっていた。
元々は駐在する役人たちとその家族、警備の兵士たちが滞在していた宿舎は、いつしか、月替わりで鉱山と村の警戒にあたる兵士たちの宿として、その一部を使うだけになっていた。
すでに”宿屋”が廃業して久しいザルツ村に滞在するために、レオンたちは、職人にも手伝ってもらいながらその宿舎に手を入れて、どうにか暮らせるようにしていた。
今日は炉へ初めて火を入れる日。
レオンは一人、前日から製錬炉の隣りにある作業小屋に泊まり込んで、最終調整をしていた。
魔道具である製錬炉の稼働に不可欠な純度の高い魔素石には、レオンが佩用している魔剣にはめ込まれた貴重なそれを外して、そっと流用していた。
登ってきた鉱夫たちが炉の周りへと集まってくる。
期待に満ちたサラの琥珀色の瞳が、爛々と輝いて見える。
いつもはふてぶてしいドーガンや、バルグたちベテランの鉱夫でさえ、皆、どこか緊張面持ちで見守っている。
魔鉱石を精錬する魔導炉は、鉄などの一般的な鉱石用の炉と違い、魔素石で動く魔道具だ。
もし、起動に失敗して炉が完全に壊れた場合、修復ではなく、一からの製作が必要になる。
膨大な費用と労力、そして何より、魔道具の製作には、専門知識と王命証を持った”魔道具製作師”の招聘が必要になる。
希少な資格持ちがこの辺境に来てくれるはずもなく、何よりそんな予算などありはしない。
今はまだ使われていない炉が仮に壊れることでの損失は、ここ数日の労働力と資材だけで済むかもしれないが、誤作動で爆発などが発生すれば、最悪、人が死ぬ。
それほど魔鉱石の製錬は危険な作業なのだ。
だが、だからこそ希少性が高く、儲かるともいえる。
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レオンが炉の前へ立つ。
魔導炉にはめ込むことで、炉に高温を発生させる純度の高い魔素石。
火力を補助し、維持するために必要な質の良い炭。
火力の上昇と維持に不可欠な送風装置。
バルグにお願いして毎日選別してもらっている比較的純度の高い魔鉱石。
そして、不純物と魔素を魔鉱石から分離し、魔素石へ凝固させるために欠かせない触媒。
そう、鉱山の産出物から副産物として取れる“蛍石”の粉末だ。
順番に装置、材料、手順を確認していく。
「……始めます」
レオンの落ち着いた、いつもより低い声。
鉱夫を代表して、親方と呼ばれるバルグが黙って頷いた。
魔導炉を起動させると同時に、炉に乾いた薪と火種が投げ込まれる。
炭への着火を助けるために入れた乾いた薪に種火が燃え移り、勢いよく炎が上がる。
激しくゆらめく赤銅色の炎は、やがて炭へと移り、橙色の熱が炉の奥で膨らみ始めた。
魔素石の力も加わった炉内の温度はさらに上がり、炉内の熱が橙から白くなる。
絶え間なく送り込まれる風が、ごう、と空気を鳴らす。
熱風。
赤から橙へと変わる炎。
そして、白い輝き。
暗かった炉内が、徐々に灼けた色へと変わっていく。
サラとドーガンが目を見張る。
バルグや鉱夫たちが息を呑む。
火が煌めく。
そこには、久しぶりの“製錬の火”があった。
炎の色が移り変わっていく様子を注意深く観察しながら、バルグが低く呟く。
「……悪くねぇ」
短い言葉とは裏腹に、その声は震えていた。
老人の脳裏には、あの日の景色が蘇っていた。
熱だった。
もう二度と戻らないと思っていた熱だった。
夜通し燃える炉。
汗だくで燃料をくべる職人たち。
山を埋める鉱夫の掛け声や笑い声。
失われた時代。
だが今、その火が少しずつ戻り始めている。
⸻
我を忘れて火に魅入られている男たちから少し離れた場所で、サラは静かにその光景を見つめていた。
白炎が濃紺の髪へと映り込み、彼女の理知的な横顔を明るく照らしている。
(……本当にすごい人ですね。この人は……“変える力”を持っている)
彼女は思う。
レオンは、武力を持たないただの文官ではない。
魔獣討伐では魔剣を振るって先頭に立ち、窮地を救う活躍をした。
エリザベート様の武勇伝の次に領内で有名な話だ。
でも、剣や力をむやみに使わない。
威圧もしない。
それでも、人を動かす。動かせる。
火の消えた場所へ、人を戻していく。
活気が、そして笑い声が戻っていく。
それは、自分が欲して今までずっともがき苦しんできた、エリザベート様の負担を軽くするために、文官の自分にもできることのはず。
戦働きとは違う“知と心”の力だった。
その時。
炉の中で火花が爆ぜた。
真っ白な炉内に映えた赤い火の粉が、煙突を流れて明け方の空へ舞い上がる。
まるで暁の星のように。
鉱夫たちの顔へ、その光が映る。
疲れがにじむ顔。
煤けた顔。
だが今、その目には確かな熱が宿っていた。
⸻
レオンは真っ白な炎を見つめながら、静かに拳を握る。
(まだ小さい)
炉は一つ。
生成される魔素石も少量。
見込める利益など、まだほんのわずかに過ぎない。
小さくとも、確かな火だ。
それは、失われた時代を取り戻すための最初の灯だった。
けれど、この小さな火こそが、“原石を売るだけの領地”から脱する第一歩になる。




