第13話 不揃いな共闘
この世界には”魔素”と呼ばれる特別な資源がある。
金鉱石を採掘し、不純物をふるいにかけて金を抽出し、精錬して金のインゴットを作成するように、魔素を効率よく使うために純度を高めたものが魔素石であり、魔鉱石の精錬や魔獣からの採取によって得られる。
純度の高い魔素石を体内に持つ生き物を、獣と区別して魔獣と呼び、総じて大型で凶暴、そして肉食であるという特徴をもつ。
また、魔獣の生息域には一定の傾向があり、魔鉱石を産出する鉱山周辺や砂金のような細かい魔素石が散在する山裾の森林などに多いといわれている。
最新の学説では、土地に満ちた魔素を普段から摂取し、排出されず長年に渡り体内に蓄積した獣が魔獣になるとされている。
魔素石の用途としては、主に油の代わりとして、有毒な煙を出すことなくランプなどに火を灯す燃料や、高温に熱した液体状の魔素を刃先に塗布することで、刃物の切れ味を良くすることなどが挙げられる。
魔素石も魔道具も希少ではあるが、代替品があることから平民の生活にはあまり影響がない一方で、王都などの都市部ではこれら魔素石を活用した魔道具が、貴族や富裕層にとって、ステータスとしての役割も果たしている。
ただ、魔獣の生息域と接している地域では、その価値はさらに異なる。辺境で最も必要とされる魔道具は剣である。
大量の魔素石を特殊な薬とともに炉で高温加熱し、成型した素材を専門の職人が鍛え上げた剣は、魔剣と呼ばれる。魔獣の硬い表皮をも軽々と断ち斬るその性能ゆえ、特に辺境の地では、生死を左右する最重要の魔道具だ。
魔素石を炉で溶かし、薬剤とともに鍛えた刃は、通常の鉄では到底届かない硬度と鋭さを備えている。
魔剣は、柄に嵌め込まれた魔素石の魔素を消費して威力を発揮する際、翠色の光を放つ。その煌めきは多くの兵士や騎士の憧れであり、辺境に生きる民にとっては心の支えでもあった。
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美貌の領主の登場に、北の砦の士気は最高潮だった。
誰もが、敬愛するエリザベート様に傷一つ付けずに魔獣を撃退するのだと、意気込んでいる。
そこに理屈はない、だが、時に理論を超えた何かが生死を分けるのもまた、戦場の道理である。
「装備を点検しろ。予備は持ったか、水は、携帯食料は、厠は済ませたか」
ガレスからの短い指示と確認。
はやる気持ちを抑えるためか、無駄がない分、いつもよりゆっくりな口調。
声は低く、だが確実に通る。
兵士たちは無言で頷き、震える指先を押さえつけるように装備を確かめた。
対人戦闘と違い、魔獣との戦闘で馬は役に立たない。
巨大な肉食獣である魔獣の咆哮で恐慌状態に陥り、逆に人を危険にさらすからだ。
騎乗が得意な者が一人、エリザベートとガレスの愛馬を除いた軍馬を引き連れて、領都方面へ走り出す。
「槍を持ってる奴は前、弓は後ろ。間を開けるなよ」
乱戦に備えて、剣は全員が持っている。
動きが揃う。
そこに迷いはない。
それは、辺境の地で常に脅威にさらされてきた兵士自身の在り方だった。
戦うと決めたとき、躊躇は捨てる。
その姿を、予備兵力として再編制された元『茨の聖域』の若者たちが驚きと憧れの目で見ていた。
オスカーが、小さく息を吐く。
「……本物だな」
呟き。自然にこぼれた言葉。
隣りにいたシエルがわずかに頷く。
「さすがですね」
兵士たちの背には、覚悟がある。
逃げるためでも、奪うためでもない。
“護るために立つ者”の覚悟。
若者たちはそれを初めて間近で見ていた。興奮していた。熱狂といってもよい。
本当の脅威を知らない者の興奮した目…
心のうちの不安を微塵も感じさせない表情で元部下たちを見つめるオスカーとシエルの手は、固く冷たく握りしめられていた。
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いつの間にか陽が傾き、影が背伸びした。
時折り吹く風だけが、砦に入り込んでは抜けていく。
そして──
森が、動いた。
ざわり、と。
遅れて、音が来る。
枝が折れる。
地面を踏みしめる重い響き。
森の奥で、何か巨大なものが息を吸うような気配がした。
そして、姿が現れる。
最初の一体。
狼に似ているが、二回りは大きい。
灰色の毛並みは硬く、ところどころが黒く変色している。口元からは泡が垂れ、目は濁っていた。
魔獣。
理性はない。
ただ、飢えと衝動だけがある。
その目に映る人間は、ただの食糧であり、壊しがいのある玩具だ。
それが──
一体ではない。
二体。
三体。
そして、その奥に。
群れ。
数十を超える影が、森の中から溢れ出してくる。
⸻
「──来るぞ!」
誰かの叫び。
その瞬間、空気が弾けた。
魔獣が走る。
一直線に。
躊躇なく。
空堀を飛び越えて、土塁へ取りつく。
二体目、三体目…、後から来る魔獣が、前の魔獣を踏み台にして跳躍した。
驚異的な身体能力。
エリザベートが剣を抜く。
鋼が傾いた太陽光を受けて閃き、橙色から翠色へと移ろう。
魔剣だ…兵士たちの士気が増す。
「──迎え撃て!」
力強い声が響く。
魔獣の勢いに気圧された兵士が踏みとどまる。
槍が前に突き出される。
衝突。
重い音。鈍い音。
肉と鉄がぶつかる。
悲鳴と咆哮が混ざり合う。
⸻
だが──
魔獣の数が多い。
迎え撃つ砦の兵力は、元『茨の聖域』や領都から急行したエリザベート・ガレスを含めた騎兵を合わせても50名に満たない。
一体を止めても、無力化しても、次が来る。あふれてくる。
魔獣に仲間を労わる心などない。死んでいく巨体を踏みつけて土塁を超えようとする影、そして、それすらおとりにして横から回り込む影が、隊列の隙間を狙う。
「右だ!」
誰かわからぬ兵士の叫び。
だが、間に合わない。誰もが思ったその瞬間だった。
矢が飛ぶ。
鋭く、正確に。
魔獣の目に突き刺さる。
激痛に咆哮をあげて動きが止まる。
「──こっちは任せろ!」
オスカーの力強い声が響き渡る。
隣りで弓を構えていたシエルがオスカーに続けて矢を放つ。糸を引くように鋭く伸びた矢が、動きを止めて大声を上げている魔獣の口内に突き刺さる。
オスカーとシエルは物見櫓に陣取り、弓を引いていた。
次々と放たれる矢。
無駄がない。
急所だけを狙う。
援護を受けた、兵士たちが息を吹き返す。
「いまだ、抑え込め!槍を突き刺せ!」
ガレスが叫びながら、折れた槍を魔獣へ投擲し、隊列の乱れた部分へ駆け寄る。
ガレスが走りながら抜き放った剣が翠色に輝く。バスタードソードの形をした魔剣を魔獣に突き刺し、払い、斬りつける。
(だが、このままではいずれ……)
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エリザベートは焦っていた。今は、確かに拮抗している。
だが、魔獣と人間には致命的な差がある。体力、すなわち継戦能力だ。
あと何回、槍を突き刺せる、剣をふるえる、弓を射ることができるのか。
自分の生死を掛けた熱狂は、人間を無敵にするわけではない。
体力は変わらないのだ。
(ここで、魔剣を持つ私が門を開けて突っ込むか)
予備兵力として、元茨の聖域の若者たちが、エリザベートを守りながら控えている。オスカーとシエルを加えても十数名、それで勝ち切れるのか。
(私の命を賭けるのはかまわない。ただし、勝利が絶対条件だ)
一枚、一手どうしても足りない。
その時、エリザベートの頭をふとよぎる。
今までいなくて当然だった、今はいて当たり前になりつつある男の名前。レオンはどこにいる?いつまでいた?一緒にここまでは来たはず…。
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その様子を、レオンは外から見ていた。測っていた。
砦の動き、魔獣の流れ、兵の疲労──すべてが一点に収束する瞬間を。
彼は砦にはいなかった。
十数騎の軍馬を引き連れて領都に引き返す途中で、ドーガンを含めた兵士たちを拾ったレオンは、彼らを砦の手前まで馬に乗せて運んできたのだ。
補給部隊が来るまで馬と待機するよう兵士の一人に命じた後、レオン達は、砦を大きく迂回して森の中に入り、魔獣の群れを恐れて空白になった森の一画を静かに進んで、魔獣の背後に回り込む。
本来、気配に敏感である魔獣は、砦にいる人間というご馳走を前に熱狂し、気づかない。
(うまく機能している)
砦での戦いを見る。
即席の連携。だが、成立している。
元からいた兵士だけでは足りなかった部分を、茨の聖域のメンバーが補っている。
役割が、自然に分かれている。
その時、測り続けた動きが、流れが、答えを教えてくれた気がした。
(今しかない)
レオンは声を上げる。
「槍を構えて、そのまま突っ込め!」
側に控えていた兵士たちが一斉に立ち上がる。レオンが抜き放った剣も、また翠色に輝いていた。
駆け出すレオンに続いて、ドーガンが雄たけびを上げて走り出す。
この日、魔獣の襲撃から始まった人間との生存競争は、佳境を迎えていた。




