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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第六章 幸神ーさきわう神々ー

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3 差異



「慎也くん、ちょっと、今仕事中なのよ!」


「どうせ久久能智と石楠にとられちゃって暇だったんでしょ。

 ならいいじゃん」


 それはそうでも、せめてカウンター業務はしたいのだ。


 奪われない唯一の業務を、今度は慎也に奪われるとは納得がいかない。


 慎也は美咲の手を掴んだまま階段を上がり、

 中二階の書棚の間を抜け、さらに奥の階段を上がる。


 そこは、書庫の最上階だ。

 さらに古い蔵書が棚に隙間なく詰められ、

 脇には詰め切れなかった本が平積みで置かれている。


 慎也は最奥まで向かって、ようやく足を止めた。


 そうして、振り返ると美咲をぎゅっと抱きしめる。


「あー、やっと美咲さんに触れる」


「大げさね」


「大げさじゃない。すっごい美咲さんに逢いたかったんだ。

 これがあと二日もあるなんてめんどくさい」


「午前中だけでしょ」


「俺にとっては貴重な時間だよ。

 夏休みはずっと一緒にいられると思ったのに、

 気が付けば半分が終わってるなんて詐欺だ!!」


「それを私に言われても――」


 そうなのだ。


 慎也が攫われたのが、夏休みの始まりだった。


 根の堅州国へ行き、自分の意識はほとんどなかったが黄泉国を経て、

 戻ってきてみれば一月近くあった夏休みは、今週を除けば、

 余すところあと二週間ほどしかないという現実が待っていたのだ。


 建速の言うところの現世と幽世の時の流れの差違とは、このことだったのだ。


「あと二週間は、いつもよりずっと長く一緒いられるわ」


「長くないよ。講習で来週も午前中は逢えないし、

 終わって図書館来てみれば、いっつも邪魔者がいる」


 むくれたように答える慎也に、美咲は困ってしまう。


 神代の記憶が全くない慎也にしてみれば、神々は所詮邪魔者なのだ。


 美咲のように懐かしむと言った感覚もないらしい。


「美咲さんとだけ、一緒にいたい。建速も国津神もいらないよ」


「そんなこと、言わないで」


「美咲さんも、何でそんなに他人を気にするかなぁ。

 俺は美咲さんしか見てないのに。不公平だ」


 いきなり美咲の身体を横に引くと、

 慎也は置いてあった革張りの長椅子に、美咲を座らせた。


「え? 何で、こんなところに」


 背もたれのないその長椅子は、

 きっと館内の閲覧用として使われていたものだろう。


 ここにあるのも驚きだが、目立った埃がないのも気になる。


「俺の書庫での読書用の椅子。1年の時、山中先生が買い換えで余ってたの

 ここに運んでいいって言ってくれたんだ」


「――」


 甘い。


 いくらお気に入りとはいえ、山中は慎也に甘すぎる。


 それこそが、宇受売が山中を憑坐に選んだ条件なのか。


 もうどこまでが山中本人の気持ちなのか、宇受売の意志なのかがわからない。


「また、余計なこと考えてる」


 慎也が隣に腰掛けて、美咲のほうに身を乗り出してきていた。


 慌てて横にずれて距離をとる。


「ち、近いから。近すぎるから、離れて」


「離れたら、美咲さんにキスできない」


 美咲が離れた分だけ、慎也は距離を縮める。


 片膝をついて、美咲に覆い被さるように迫ってくる。


 当然、美咲は長椅子の端に追いつめられる。


 倒れ込みそうになるのを後ろ手に支えるが、

 端のぎりぎりに手をついているため、これ以上は下がれない。


 慎也は構わず顔を近づけて、

 斜めに傾いだ美咲の背中に片腕を回す。


 もう片方は、美咲の脇について身を乗り出しているので、

 美咲は前にも後ろにも動けなくなった。


「約束通り講習受けてきた。ご褒美ちょうだい」


「ちょ――」


 答える間もなく慎也が唇を重ねてきた。


 その柔らかな感触に、身体が震える。


 開いていた唇から、熱が移される。


 触れ合う心地よさに、美咲は抵抗できずに慎也を受け入れた。


 従順になった美咲に、さらに慎也はキスを深める。


 背中を支えていた手が優しく動いて背筋を撫で上げると、

 身体の震えがさらに大きくなる。


「……んっ……」


 静まりかえった書庫の中、

 密かに触れ合っていても鼓動が耳に残る。


 恥ずかしいのに拒めない。


 感覚も鋭敏になっているのか、

 慎也に触れられるとどこも痺れるように震える。


 スカートの上から触れる感触に、身体が大きく震えて、

 そこで我に返る。


「……だめ……お願い……」


 顔を背けて、その手を掴む。


「――残念。

 美咲さん気持ちよさそうだから流されてくれると思ったのに」


 それ以上無理強いはせず、慎也は少しだけ美咲から身体を離した。


 それでも、美咲の背に回った腕は離れない。


「早く帰って続きしよう」


 まだ息の整わない美咲の頬に唇で触れながら囁く。


 熱くなった身体に、さらに血がのぼる。


「もうっ、信じられない……!!」


 上目遣いに睨んでも、慎也はちっとも反省した風もない。


「美咲さんがそんな顔するから」


「こっちが悪いみたいに言わな――っ!!」


 叫んでから、きらきらと降りしきる光の雨が視界に入った。


 慎也には見えないらしいこの光の雨は、

 一体いつから降っていたのか――そこで、はっと気づく。


 相手は神なのだ。


 隠れていたって何をしているかなどお見通しなのではと思い至る。


 その証拠に、

 今も言祝ぎの印である光の雨がやまずに降ってくる。


 美咲は慌てて慎也を押し退け、自分も落ちないぎりぎりまで離れた。


「美咲さん?」


 訝しげに自分を見やる慎也に、

 美咲は、それ以上の接近を許さないように両手を伸ばして遮る。


「みんながいる館内では接触禁止!」


「なんで!?」


「恥ずかしいから!!」


「誰もいないよ!」


「いなくても気づかれてるもの!!」


「そうだな。気づいているだろうな」


 低く優しく響く声に、美咲が振り返り、慎也が視線を向ける。


「建速!!」


「迎えに来た。顔を見せてやれ。

 これでも国津神達は我慢しているんだ。

 本当なら、家にまで押しかけたいところを図書館限定にしているらしい」


 いたたまれない羞恥に、美咲の顔が赤くなる。


 慌てて服装をチェックし、立ち上がる。


 荒ぶる神に駆け寄ると、大きな手が伸びてきて、

 少し乱れていた髪を整えてくれた。


「これでいい」


 咲う荒ぶる神にはからかいの表情など微塵もないが、

 美咲のほうがいたたまれない。


「あ、ありがとう。早く戻りましょう」


 美咲に先を譲り、荒ぶる神はその後に従う。

 そのすぐ後ろで、慎也が歩きながら不機嫌そうに呟いた。


「何が図書館限定だよ。行きも帰りもついてきてるだろ。

 知ってるんだぞ」


「姿は視せていないだろう。そのくらいは譲歩してやれ」


 書庫の扉が荒ぶる神の神威で開く。


 子供をいなすような建速の扱いと、待ちかまえていた神々の視線に、

 美咲の羞恥はますます募り、慎也の苛々はピークに達したようだ。


「俺がいる時は、ここに来るな。てか、国津神全員、

 俺と美咲さんの半径百メートル以内に近づくな」


「どうしてですか、父上様?」


「邪魔だからだ」


「お邪魔なぞ致しません。

 我らは、お二方が一緒にいるのを視ていたいだけなのです」


「それが嫌だって言ってるんだ。空気読めよ。

 普通恋人同士がいたら、あからさまに見ないのが常識だ」


「ですが、神代では、我らがどれほど近くにいたとしても

 気にしておられませんでした」


「そんな記憶もないし、あんたらいるとかえって気になる。

 てか、美咲さんが気にする」


「どうぞ我らのことはお気になさらず。視ぬふりをします」


「ふりってことは結局見てるんだろ!?」


「視ていたいですから」


 堂々とした返答には、さすがの慎也も頭を抱える。


「神様って奴には恥じらいってものはないのか――」


「? 父上様、何を恥じらえばよろしいのですか?」


 とことんかみ合わない会話に、美咲は荒ぶる神とともに苦笑する。


 慎也は嫌がっているが、美咲はそんなに嫌ではなかった。


 鷹揚で大らかな神々の振る舞いが、どこか懐かしくも新鮮だった。


 穏やかな日々。

 愛しい日々。


 そのありふれた日々全てが愛おしくて堪らなかった。


 この時が永遠に続けばいい――


 そう思うと、また光の雨が降る。







 鳥のさえずる声が遠くに聞こえる。


 朝だ。


 目覚ましの音がなる前に、目を覚ますのはもう習慣だった。


「――」


 だが、一瞬、美咲は自分が今いるところがどこなのか混乱した。


 自分を覗き込んでいる慎也の顔を見つけたからだ。


 これは、夢の続きか。


「何、見てるの……」


「美咲さんの顔。可愛いから」


 言われて、はっと寝返りをうって顔を隠す。


 寝起きの顔など可愛いも何もあったものではない。


「何で隠すの? 今さら」


 今さらだろうが何だろうが、それは女心というものだ。


 そんな美咲の心中を余所に、

 慎也は美咲の肩を引き戻し、覆い被さるように抱き寄せる。


「慎也くん、もう、朝だから」


「朝だろうが、夜だろうが、美咲さんはいつでも可愛い」


 慎也の手が脇腹を撫で上げると、ぎょっとして押し退け、

 ベッドの端によって身体を起こす。


「だめ、だめだめだめ!! 朝から、不健全すぎる!!」


 あからさまに押し退けられて、慎也は不満そうだった。


「だって、部屋にいるなら、すること限られてるじゃん。

 それとも、美咲さん、俺と出かけてくれる?

 美咲さんと手を繋いでデートしたい」


「だめ!」


「はやっ」


「誰に見られるかわからないのに、そんなことできないわよ。

 卒業するまで秘密にするっていったくせに」


「だって、もうバレバレだし――って、美咲さん」


 慎也が身を乗り出す。


「な、何よ」


「要は、バレなきゃいいんでしょ?」


「――そう、だけど」


「じゃ、バレないようにデートしようよ」


 そう言うと、慎也はベッドから飛び降りて自分の携帯を掴み、電話をかける。


「ちょっと、こんな朝早くに誰にかけるの? 失礼じゃない?」


「建速だし、構わないでしょ」


「え? なんで――」


 聞き終える前に、建速が電話に出たらしい。


「建速、頼みがあるんだけど、すぐ来れる?」


「珍しいな。何だ」


「!?」


 すでに部屋の中に荒ぶる神が立っている。


 神威はこういう時に使わないで欲しい――美咲は内心で思う。


だが、次の慎也の言葉で、美咲は、切実に痛感することになる。



 神威は、日常では決して私的な目的で使わないで欲しいと――




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