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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第六章 幸神ーさきわう神々ー

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4 恋情


「――」


「美咲さん、降りないの?」


「本当に、大丈夫なの……?」


 高速に乗って約1時間半ほどのアミューズメントパークの駐車場の前で、

 美咲は降りるのを躊躇っていた。


 まさか、慎也とこんな娯楽施設に来ようとは、思ってもいなかった。


 逢うのはいつだって図書館か自分のアパート。


 年や立場を考えて、自分達は人前に堂々とは出られないのだ。


 自分達が付き合っているのがバレたら、まずいのだから当然だ。


 駐車場には、すでに何台もの車が止められており、

 それだけで、美咲は不安になる。


 しかも、夏休み最後の週なので、

 平日とはいえ、結構な盛況ぶりだ。


 誰に会うかもわからないのに降りたくない。

 いっそこのままアパートに引き返したいのが本音だ。


「安心しろ。使える神々は総動員したから完璧だ。

 知り合いがいても、決してあんた達には気づかん。

 むしろ、見知った顔に会ったなら、それは国津神の憑坐だ」


 助手席から振り返ってあっさり言ってのける荒ぶる神が恨めしい。


 神威を使って、

 自分達が外でも気兼ねせずいられるようにして欲しい――


 それが、慎也が荒ぶる神に頼んだことだった。


 我が儘にもほどがある。


 そんな慎也の我が儘を容易いことだと

 あっさり聞いてしまう建速も建速だ。


 なぜ止めないのだ。


 いい年をした神のくせに。


 こんなことに、神威を使うのは許されるのか。


「敷地内には、結界を敷いた。闇の遣いも入っては来られん。

 安心しろ」


「そういうことじゃなくて」


「では、何を躊躇う? 俺達の神威を疑うのか?」


「こんなことに神威を使うって、おかしくない? いいの?」


 意外だとでもいうように

 荒ぶる神と運転手の葺根が顔を視合わせる。


「美咲、おかしいどころか、国津神達は喜び勇んでいるぞ」


「どうして!?」


「あんたは現世に戻ってから、決して俺達に頼み事をしないだろう?

 久久能智や石楠が手伝いを申し出てもちっとも喜んでない。

 国津神達は傍にいるのに役に立てないともの足りずに嘆いてる。

 慎也は慎也で国津神達が視界に入るのを嫌がる。

 せっかく今生で現象しても

 神代の時のようにあんた達を喜ばせられないのは、

 国津神達にとっては不幸なんだ」


「……そうなの?」


 それこそが意外だ。


 美咲には、何でもやってもらうことの方が申し訳なかったのに、

 国津神にはそれが不満だとは。


 だが、神様なのだ。

 してもらうというのは正直気が引ける。


 だからといって、別に国津神達が傍にいるのは嫌ではない。


 傍にいてくれるだけでいいのに、

 それ以上がしたいとは、美咲にとっては贅沢すぎる。


「時折、その姿が視界に入っても、咲いかけてやるといい。

 美咲が咲えば、国津神達は喜ぶ。

 図書館以外で楽しそうにしている美咲を、皆が視たがっている」


「そうです、母上様。楽しんでいらしてください」


 葺根も嬉しそうに告げる。


 彼にしてみても、

 美咲達を乗せて車を走らせるだけでも

 喜びなのだろうか――否、きっとそうなのだ。


 バックミラー越しに見える目元は、

 いつも上機嫌に見えるのだから。


「行こうよ、美咲さん、

 俺も今日は国津神が近くにいても許すから」


 慎也が言った途端、光の雨が降ってくる。


 国津神達が喜んでいる証だ。


 美咲は、小さく息をつくと、慎也に頷く。


「やった。じゃあ、早く行こう!!」


 慎也が後部座席のドアを開けて、外に出る。


 そのまま、美咲が降りてくるのを満面の笑みで待つ。


「ご、ごめんね、建速。じゃあ、行ってきます」


「何を謝る。楽しんでこい」


 気にした風もなく咲う荒ぶる神。


 車外に出ると、まだ八月も半ばだというのに、暑くない。

 日差しは強いが、じりつくような熱を感じない。


 すぐ傍を、爽やかな風が過ぎてゆく。


 そう言えば、今年の夏は過ごしやすかった。


 これも、もしかして国津神のおかげなのだろうか。


 車を振り返れば、建速と葺根が咲っている。


 過保護なほどの扱いを、

 美咲は申し訳なく思いつつも有難く受け入れることにした。


「行こう、美咲さん」


 慎也が手を伸ばす。


 嬉しそうな慎也を見ていると、自分も彼のために何かしたいと思う。


 だから、差し伸べられた手を握りかえした。


 そうだ。


 今なら、此処でだけは、年の差も立場も気にせず、

 普通の恋人同士でいてもいいのだ。


 絡めた指先が心地よかった。

 幸せだと感じると、また、光の雨が降ってきた。





 美咲と慎也がパーク内に入ったのは、

 ほとんど開館と同時だったので、

 アトラクションはそう混んでいなかった。


 一番人気のジェットコースターに並んで、

 待っている間にマップを確認して、

 次のアトラクションを決める。


 平日の午前中は、こんなものなのか、

 それとも建速達の特別な計らいなのか、

 待ち時間も少なく、あっという間に時間は過ぎていく。


 学生時代にも友人達と来たことはあるが、

 慎也とのデートは新鮮で、

 全くその時の楽しさとは違っていた。


 何を見ても、何をしても、楽しかった。


 アトラクションが終わった後、

 互いの感想を言い合うのも面白い。


 合間合間の移動では、

 必ず指を絡めて手を繋ぐのも嬉しい。


 ショップのウインドウの売り物を

 ひやかすのも楽しい。


 他愛ない会話なのに、初めてのデートのせいか

 浮かれまくっている自分に内心自重するほどだ。


 ふと顔を上げれば、そんな自分を慎也が見つめている。


「どうしたの?」


「美咲さんを見てる」


「どうして?」


「可愛いから」


 臆面もなく言われて、頬に血がのぼる。


「……どうして、人前でそういうこと言えるかな……」


「誰がいても関係ないよ。

 美咲さんは、いつでも、どこでも、可愛い。

 こんな可愛い美咲さんが俺のものでいてくれて嬉しい」


 繋いだ手を持ち上げて、慎也は美咲の指先にキスをする。


「こらっ!!」


「大丈夫、誰も見てないよ。

 大体、俺、制服じゃないから美咲さんと並んでても

 誰も変に思わないし」


「あ……」


 そうだ。今日の慎也は私服だ。


 図書館では常に制服だから否応なく年の差を意識するが、

 外ならば誰も年齢がわからない。


 加えて、長身で大人びた雰囲気の慎也は、

 ぱっと見大学生でも通用するだろう。


 自分も、仕事ではないからかっちりした服ではなく、

 カジュアルなものを意識して選んだ。


 自分達が並んで歩いていてもおかしくはないはずだった。


 楽しそうに笑う慎也に、美咲はもう一度周囲を見るが、

 確かに、好奇の目を向けている者は誰もいない。


 ほっとするが、今日は特別なのだ。


 この調子でいつもこんなことをされたら、美咲の神経が保たない。


「今日、ここでだけよ」


「卒業するまでは、ね。了解。もうすぐお昼だから、何か食べようよ。

 店がいい? それとも外にする?」


 いろいろ追求したい答えであったが、

 話題をそらされたので、美咲も諦める。


 国津神達のおかげで、外はそれほど暑くない。


 ならばと、外にしてみた。


 フードコートとなった一角に行ってみると、

 様々なファストフードや屋台が賑わっている。


 パラソル付のテーブルと椅子がほどよい間隔で設置されていて、

 そこで買ったものを食べられるようになっているのだ。


 慎也は美咲の食べたいものを確認すると、

 先に空いているテーブルに向かい、美咲を座らせる。


「ここで待ってて。すぐ戻るよ」


「自分の分は、自分で――」


「ダメ。デートなのに。俺がとってきてあげる。

 離れるのやだけど、今日は国津神達が見てるはずだから、

 変な虫は寄ってこないでしょ」


 そういって、慎也はテーブルから離れる。


 甲斐甲斐しい慎也に、美咲は嬉しくもあるが複雑な心境だ。


 普段は甘えたな慎也だが、こういうところはさっと動いてくれる。


 年上の自分が、全部お任せというのはどうかとも思うが、

 こういうことは任せるべきなのだろうかと疑問も浮かぶ。


 勿論、慎也はそんな美咲の気持ちなど気にしないのだろう。


 国津神達のように、

 美咲のために何かすることを喜んでいるのだから。


 異性と付き合ったことのない美咲には、

 年下なのに年下に見えない慎也との付き合いは、

 少々ハードルが高すぎる。


 慎也は自分のことには無頓着だから

 気づいていないかも知れないが、十分格好いいのだ。


 その上、背も高いし、頭もいい、

 文句のつけようがない。


 興味のないものはほとんど無視状態だから、

 話しかけられなくとも憧れる女子は多いだろう。


 そんな彼が、自分にはべた甘なのは嬉しいけれど、

 あからさますぎて素直に喜べない。


 懐かない猫のようだと言うが、

 美咲にしてみればひたすら飼い主にまとわりつく忠犬である。


「どうして、同い年に生まれなかったのかしら……」


 いつも思うそれを、また口にしてしまう。


 もう四年、どちらかが早いか遅いかで、

 こんな葛藤を抱えずにいられたのに。


 それとも、自分が引いてしまうから、

 慎也もあのように甘えてくるのだろうか。


 それも違うような気がする。


 どちらにせよ、一途な想いに困りながらも、

 嬉しいのだから仕方がない。


 今まで生きてきた中で、こんな想いは初めてだった。


 慎也を見ると、いつでも胸がときめいて、嬉しいのに切なくなる。


 いつだって、傍にいて、声を聞いていたい。


 そんな気持ちでいることを、慎也はわかっているのだろうか。


 その繋がりが、刹那的なものなら、

 今もこんなふうに胸が苦しいほどに愛おしく想わないだろう。


 記憶がなくても、互いを愛しく思うのは、魂が、憶えているからなのだ。


 全て思い出せなくても、きっと、何度でも好きになる。


 きっと、巡り逢えば何度でも恋に落ちる。



 それほどに、恋い焦がれるのは、いつでもただ一人だけ――



 不意に、涙が零れる。


 慎也のことを、すごく好きだと、思う。


 同じように想われて、幸せなはずなのに、

 どうしてか泣きたくなってしまう。


 どうして、こんな風に思うのだろう。


「あの、」


 物思いに耽る美咲の横合いから、躊躇いがちに声がかかる。


 そちらを向くと、ハンカチを差し出す見知らぬ女が立っている。


 美咲とそう年の変わらぬ二十代前半の女だった。


「どうぞ、お使いください」


 心配そうに自分を見下ろすその言葉がやけに丁寧で、美咲は気づく。


 国津神だ。


 神気を抑えてはいるが、身に纏う雰囲気は、みな似通ったものがある。


 泣いている美咲に気づいて、来てくれたのだろう。


 美咲はハンカチを受け取り、涙を拭いた。


「あ、ありがとうございます。すみません」


「いえ。お気になさらずに」


 美咲が気後れしつつも笑いかけると、本当に嬉しそうに咲い返す。


 こんなことぐらいでと思うが、それが、国津神なのだ。


 自分が笑えば、喜ぶ。


 ただ、それだけ。


 何て純粋で、愛おしいのだろう。


 いつも思われている。


 見護られている。



 こんなに愛されている自分が――それが、とても嬉しかった。





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