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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第一章 甦神ーよみがえる神々ー

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3/5

3 告白


 閉館時刻になり、

 すでに館内には美咲と慎也しかいなかった。


「美咲さん、鍵かけるよ」


 慎也が一般用の出入り口のところで声をかける。


「私がかけるわ。もう帰って」


「これくらいできるよ」


「だめ、私の仕事よ。

 さあ、もう出て。

 手伝ってくれてありがとう。またね」


 強引に慎也を一般用の入り口から出すと内鍵をかける。


 校舎と通じる入り口の鍵も確認すると、

 美咲は館内の電気を消し、事務室に戻る。


 ロッカー室からジャケットとバッグを出すと

 事務室内の電源の消し忘れがないか確認し、

 給湯室のガスの元栓を閉めて、

 セキュリティのチェックボタンを押す。


 いつもどおりの機械音が鳴るのを確かめ、

 玄関を出ると鍵を閉め、

 さらにセキュリティカードを差し込んでセキュリティを完了する。


 カードをボックスにしまうと、


「終わった?」


「きゃあっ!」


 いきなりかかった声に、美咲は驚いて叫んだ。


 振り返ると、慎也が立っている。


「な、なんでまだいるの!?」


「美咲さんが出てくるの、待ってたから。

 暗いから、送っていくよ」


「お、送らなくていいわよ。遠くないから」


「じゃ、美咲さん、先行って。

 俺、無事に帰れるか後ろついてくから」


「――」


 どうやら美咲を一人で帰す気は、慎也にはないらしい。


 息をつくと、美咲はさっさと歩き出した。


 慎也はその後ろを少しだけ離れて歩いてついてきた。


 左に曲がれば大通りに出るが、あえて美咲は直進した。


 大通りでは人目につきすぎる――そう考えたからだ。


 しかし、人通りの少ない路地を足早に歩いても、

 慎也は一向に構わないらしく、

 たちまち美咲の隣に追いついた。


「どうして隣に来るのよ!?」


「誰もいないから」


 慎也は淡々と言った。


「人に見られたら困るんでしょ?

 今なら誰もいないよ」


「誰か来たらどうする気?」


「後ろに下がる」


 ああいえばこういう慎也に、

 美咲はすでに逆らう気力をなくしつつあった。


 しかも、大好きな本の話題をふるものだから

 無視もできない。


 周りを気にしつつ応える美咲に、

 慎也は声を立てずに笑った。


「美咲さんは心配性だなぁ」


「――」





 幸いなことに美咲が選んだ通りは

 大通りから二本離れているだけなのに、

 驚くほど人気がなかった。


 誰とも擦れ違わぬまま住宅街ももうすぐ終わって、

 また大通りへと出る手前に、美咲の借りているアパートがある。


 角の手前の、

 明かりのついていない住宅の脇の電信柱のところで、

 美咲は立ち止まった。


「もうすぐそこのアパートだから」


「じゃ、アパートの前まで。

 美咲さんが無事に部屋に入るの見届けてから」


「――」


 美咲は困ってしまった。


 勤め先の学校の生徒と

 一緒に歩いているところを見られたらと思うと

 帰り道でさえひやひやだったのに、

 慎也はそんなことはお構いなしだ。


 自分は社会人。


 相手は未成年でしかも学生なのだ。


 どう考えても何かあったら美咲に非がある。


「あのね、本当にここでいいから、もう帰って。

 それから、今度から送ってくれなくていいわ。

 困るのよ、こういうことされると」


「俺が勝手にしてることだから、困らないで。

 この辺は大通り以外、女の人の一人歩きは危険なんだ」


 意を決して、美咲は言う。


「迷惑なのよ。

 図書館にいる間は、図書委員だもの、

 手伝ってくれてありがたいけど、

 館外では構わないでほしいと言ってるの」


「それは、できないな」


「どうして!?」


「美咲さんが、好きだから」


 さらりと、慎也は言った。


 美咲は一瞬耳を疑ったが、はっと我に返る。


「からかってるんでしょう?」


「からかってないよ。

 真剣に、美咲さんのこと好きだよ」


 声音が変わる。


「美咲さんに初めて会った時、

 ずっと会いたい人に逢えたような気がしたんだ」


 いつもの穏やかな表情が、怖いくらい真剣になる。


「美咲さんもそう思わなかった?」


「……そんなこと」


 否定しようと思ったが、できなかった。


「思ったよね。

 だって、美咲さん、

 俺のこと見て驚いた顔してた。

 泣きそうな顔、してた」


「……してないわ。

 大体、あなた年下でしょう?

 しかも、勤めてる学校の生徒じゃない」


 慎也に背を向けて、足早に去ろうとした。


 だが、慎也のほうが早かった。


 美咲は腕を取られ、

 住宅の間の塀と塀の影に引き寄せられた。


 そのまま慎也は自分の体も割り込ませ、

 美咲を塀に押し付けるように、

 ぎりぎりまで近づいた。


「ちょ――放して!」


「ダメ」


 今までにない距離感に、

 美咲はそれ以上動けない。


 顔を上げると、慎也の顔がすぐ近くにあった。


 咄嗟に顔を背ける。


 だが、頬に触れそうなほど慎也の顔が近づき、

 低く囁くように近く響く声に、

 それ以上どうすることもできなかった。



「俺のこと、学生とか年下とかってだけで、遠ざけないでよ」


 身体が震えた。


 力が抜けるように。


「美咲さん、こっち向いて」


「……だめ……」


 慎也の唇が、

 頬のすぐ傍でささやいている。


 少しでも動けば、

 唇はたやすく重なるだろう。


「キスしたい。

 こっち向いてよ。

 向いてくれたら、

 今日はこれ以上我儘言わないで大人しく帰る」


「やめて、こんなところ人に見られたら……」


「誰も来ないよ。

 来ても、構わない。

 美咲さんがこっち向いてくれるまで、

 俺は待てる」


 塀と背けた頬の間に慎也の手が差し入れられる。


「……」


「美咲さんとキスしたい。

 させて――」


 背筋が甘く痺れる。


 頬に触れるぎりぎりで、

 慎也の手は止まっている。


 触れていないのに熱く思うのは、


 相手の熱か。

 自分の熱か。


 美咲は、

 今度はその熱から逃れるように顔を背けた。


 そして。


 唇が、わずかに触れた。


 その瞬間、泣きたくなった。



 わけのわからない感情に。



 ずっとこの時を待っていたように。



 このぬくもりを感じるために、生きてきたように。



「――」


「――」


 一度離れた唇が、

 頬から離れた手が、


 もう一度優しく、

 けれど確かに、触れ合った。


 抵抗もできずに。


 温もりだけが伝わる。



 長いような、

 それとも短いような時間が流れ――



 やがて慎也は美咲の頬から手を離した。


 我に返ったように美咲は慎也を押し退けて

 狭い空間から出る。



 幸い路地には人の気配は全くなく――



 美咲はほっとすると同時に

 震える足を足早に動かして大通りへと歩き出す。


「ごめんね、美咲さん」


 背後からかかる声に、思わず足を止めて振り返る。


 慎也は美咲を愛おしそうに見つめていた。



「でも、好きだよ。

 早く、俺のこと好きになって」



 心が震える。



「――」


 返事もできずに、

 美咲は走って自分のアパートの扉の前に来た。


 震える手が鍵を開けるまで、

 ほんの少しのはずなのに、

 とても長く感じられた。


 中に入って、アパートの鍵を閉めると、


「――」


 そのまま、玄関に座り込んだ。


 唇には、

 さっきまでの熱と甘い感触が残っていて、

 心だけでなく、鼓動さえ震わせる。



――俺のこと好きになって。



 最後の言葉が頭を離れない。



「……遅いわよ」



 認めたくなんかなかったのに。


 

 もうとっくに、好きになっていた。




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