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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第一章 甦神ーよみがえる神々ー

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4 神夢



 何処までも広がる雲海(くもなだ)

 眼下には果てしない大海原(おおうなばら)


 そして、

 生まれたばかりの若々しい島々。

 大地を覆う瑞々しい緑の草。



 美しい世界。



 これが、自分達の()せる御業(みわざ)とは

 信じられなかった。





 大いなる天命により


 対の神が天降(あまくだ)りしとき


 世界はいまだ混沌としていた。



 あらゆるものは


 (かたち)を持たず


 ただゆらと震え


 ゆらゆらと震え


 なんとも頼りなき


 (かそ)けきもので在った。





 (ゆえ)


 始めに成りませる大いなる意志により


 天の浮橋(うきはし)に降り立ち


 授かりし神器(しんき)を用いて


 (したた)りめぐる(うしお)


 (あら)けなくもかき撫でた。





 かき撫でられし


 滴る潮は


 やがて


 光を(はら)


 初めの島を結び()でた。





 天より授かりしその(ほこ)


 いまだ名も持たぬ混沌の“(かたち)”を


 ()び覚ますための(うつわ)にて


 刃は持たず


 しかし触れれば混沌は


 静かに揺らぎ


 潮にまどろむ神威(かむい)(あら)われ


 そっと息を吹き返す。





 それ(ゆえ)


 (あら)ぶるようでいて


 どこか(なご)やかに


 生まれ()づる痛みと喜びを


 一つに(いだ)いた震えとなるーー





 飽きることなく眺めていた。

 いつまでもいつまでも()ていたかった。


 身を乗り出しすぎる自分を抱きしめる強い腕。


 眼差(まなざ)しを向けると、

 微咲(ほほえ)みに胸が熱くなる。


 寄り添うだけで、心が満たされていた。


 ともに生み出した国を、世界を、もう一度視る。





 やがて


 創世のために振るわれしその矛は


 役目を終えた矛先より


 淡く光をこぼしはじめた。





 潮の気配をなお(まと)いながら


 (ほの)かに


 しかし(ひそ)やかに


 天へと吸い上げられるように


 ふるりと立ち昇る。





 いまだ揺らぎの名残(なご)る世界の


 真中(まなか)へと据えられ


 そはもはや矛にあらず。





 天と地を(つらぬ)


 生まれたばかりの国を支える


 最初の御柱(みはしら)となりませる。





 神々の(めぐ)り至る(みち)となり


 祈りの昇りゆく(きざはし)となり


 世界が(まろ)びぬよう


 そっと狭間(はざま)を結ぶ柱となる。





 こうして(あめ)沼矛(ぬぼこ)


 創世の器より姿を変え


 天と地を結ぶ


 (あめ)の御柱となりて


 今もなお


 目には視えぬまま


 命の生みを待ち焦がれるーー






 雲が流れ、


 雨が降り、


 風が吹き、


 草が(なび)き、


 光が満ちる。


 海原は轟くように岩場に弾け、

 その全てが自分達を言祝(ことほ)いでいた。



 愛しさに、心が震える。



 なんという愛おしく美しい世界だろう。



 あまねく全てが満ち足りていた。


 あまねく全てが命を孕んでいた。


 あまねく全てが祈りを(たた)えていた。



 天命に従って天降(あまくだ)ったが、

 彼女はこの世界を愛していた。


 望んだ全てが、ここに在るかのように。


 地上を視下ろし、彼女は満足する。



――最後の………を



 そう言ったのは、自分だったろうか。

 それとも、愛しい背の君だったろうか。



 だが、異存はなかった。


 目の前の彼を、

 半神(はんしん)である(つい)(みこと)を。



 とても愛していたから。








 雨音に、美咲は目を覚ました。


「――」


 静かな雨音は、

 それまでの夢の記憶を掻き消した。


 美咲は起き上がり、

 どんな夢を見ていたのか思い出そうとした。


 何だか、とてもいい夢だったような気がするのに、

 思い出せない。


 何か、とても大切な夢だったような気がするのに。


 胸の奥に、

 まだ温もりの名残があった。


 誰かに抱きしめられたような、

 柔らかな気配だけが残る。


 その温もりが誰のものだったのか、

 どうしても思い出せない。


 そのことが、ひどく切なかった。


 ベッドのすぐ横の二重窓の内側を開けると、

 細かな雨が霧のように周囲を満たしていた。


 昨日は雨が降る兆候などなかったのに、

 今日の突然の雨に首を傾げる。


 昨日。


 慎也の顔を思い浮かべた瞬間、

 胸の奥がきゅうっと疼いた。


 まるで、ずっと昔から

 彼を知っていたかのように。


 そこで、

 美咲は昨日の帰り道の慎也も思い出し、

 唇を押さえた。


 半ば強引だったが、

 優しい触れ合いだった。


 温もりが今も残っているようで、

 心が震える。


 まるで何かが押し寄せ

 溢れてしまいそうだ。


 もう自分の気持ちを

 認めねばならなくなってしまった。


 初めて会ったときから、

 好きになっていたこと。


 いつもいつも話しかけてくれて

 嬉しかったこと。


 自分のほうが年上だから、

 素直になれないこと。


 認めてしまえば、きっと、

 自分の気持ちは隠しておけないだろう。


 隠そうとすればするほど

 不自然になってしまう。



 だって、

 今だって、

 こんなにも会いたいのだから。



 もし、今日も慎也が来たら、

 どんな顔で会えばいいのだろう。



 会いたいけれど、

 会いたくない。



 そのどちらでもない想いが

 胸の奥で雨粒のように溢れ揺れていた。


 会えばきっと、

 隠してきた想いが

 こぼれ落ちてしまう。



 どうしたらいいのだろう。



 答えを出せない揺らぎに、

 美咲はそっと息をつく。





 時計に目をやると、目覚ましがなる五分前だった。


 そろそろ準備をしなくては。


 もう一度外を見ても、雨は止む気配はない。


 きっと今日一日はこのままだろう。


 なんとなくそう思った。


 目覚ましを止め、身支度を整え、

 朝食代わりの果物をつまんで、美咲はアパートを出た。


 傘を開いて歩き出すと、

 優しく雨の気配がまといつく。


 雨のにおいが、

 なぜだか懐かしい。


 触れたことのないはずの景色が、

 ふいに胸をよぎった。


 なのにそれは、

 自覚することなく

 美咲の中に沈み込む。



 傘に当たる細かな雨粒は

 静かに優しく振り続ける。


 どんよりとした曇り空。


 加えて、

 何も解決していないこの状況。


 なのに、なぜだか美咲は幸せな気分だった。



 密やかな想いが満ちている。



 忘れてしまった夢が、そうさせたのだろうか。






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