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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第三章 禍神ーまがつ神々ー

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1 護神


「!!」


 美咲の絶叫とともに、

 閉まっていた窓が一斉に開いた。


 うねるように風と水が飛び込んでくる。


 美咲に覆い被さっていた男神めがけて、

 鋭い風の刃が襲いかかる。


 男は咄嗟に神威で防いだ。


「!?」


 だが、怒りに満ちた風の刃は

 男の身体と神威を容易く弾き飛ばした。


 風圧に、男の身体は閲覧用の机まで飛ばされ、

 さらに床に転がった。


 それでも容赦なく襲いかかる風の刃。


 全身が風圧で切り刻まれる。


 神威で押さえきれない。



 凄まじい怒り。



 桁外れの神威に、為す術もなかった。


 忽ち血塗れとなり、

 起き上がろうと抗うも膝をつく。



「そのくらいにしておけ。憑坐が死んでしまう」



 不意にかかる低い声。


 ぴたりと、男の周りの風が止んだ。


 流れ落ちる血の感触。


 目に入る血が、視界をぼやけさせていた。


 だが、姿が視えずとも、神気を感じる。


 先程までの風の神気よりも

 強く、気高く、荒ぶる、

 そこに在るだけで誰をも寄せ付けぬ――完璧な神気。



 平伏(ひれふ)して、許しを乞いたいと、男は思った。



 



 風と一緒に飛び込んできた水は、

 カウンターで美咲を磔にしていた闇へと向かった。


 鋭い水の刃が、美咲を傷つけずに闇の枷を両断する。


 斬られはしたものの、

 闇は質量を増してカウンターから退き、

 不格好な人型を次々と造りあげる。



 人型は全部で七体。



 その間に水は立ち上る壁となり、美咲を護る。


 開かれた窓の前には、美しく、強い――荒ぶる神が立っていた。


 人型がゆらりと荒ぶる神へと向かう。


九十九神(つくもがみ)如きが、俺を出し抜けると思ったのか。

 この中つ国で」


 荒ぶる神は嗤った。



 揺らめく神気。

 満ちる神威。



 ただそこに在るだけで、大気が震える。


 それを神と呼ばずしてなんと喚ぶ――それほどの、存在。


 すっと長い足が前に出た。


 優雅にはらった手に、

 湧き出でるように美しい十拳剣(とつかのつるぎ)が顕われた。



「禍事、


 罪、


 穢れを、


 祓い給え、


 清め給え」



 腕が大きく動く。


 剣の刃先が完璧な弧を描いて、


「失せろ!!」


 強き言霊とともに、空を一閃した。



 無音とともに闇の人型が弾き飛ばされる。


 

 神気が身体からだけではなく、

 握る剣からも陽炎のように揺らめいている。



 荒ぶる神。



 そう呼ぶのが相応しい。


 無造作に伸ばした髪。

 逞しい体つき。


 長い手足は俊敏に、

 それでいて優雅に動いた。


 猛々しい神気でありながら、

 完璧な美しさだった。


「さて――」


 荒ぶる神が、床に膝をつき呆然とこちらを見つめている

 血塗れの男に目を向ける。


「神域に穢れを持ち込むとは考えたな。

 内側から結界を破られたせいで、気づくのが遅れた。

 四三(よみ)神数(しんすう)――

 言霊を操るそなたに相応しい小細工だな、

 事代主(ことしろぬし)


「何故御身が女神を護るのですか!?

 そも、この女は御身のお捜しの女神とは――」


神去(かむさ)るお前が知る必要はない」


「!?」


 ゆらりと荒ぶる神の神気が揺らいだ。


 ゆっくりと剣が上がる。



 その時。



「弟をお許しください!」


 必死の声が、荒ぶる神を止める。


「兄上、来てはならぬ!!」

 

「代わりにこの方をお返しします。

 傷つけてはおりませぬ。

 ただ、気を失っているだけです」


 大柄な男神が腕に抱えているのは慎也だった。


 鋭い眼光が、兄神を射抜く。


 忽ち、兄神は身体を竦ませた。


神逐(かむやら)いされた国津神が、黄泉神と手を組んだか――」


 恐怖に震える。


 荒ぶる神の神気に、兄弟神は耐えられない。



 何という神気。

 何という神威。



 これが、荒ぶる神の怒りなのか。


 太刀打ちできない――この貴神(うずみこ)の前では、

 自分達など塵芥のような存在だと、思い知らねばならなかった。


「慈悲を……」


 震える声で、弟神は言霊を絞り出す。


「御身の血を継ぎし女神の末に慈悲を……私の身一つでお許し願いたい」


「事代!? ならぬ!!」


 兄神が弟神を庇う。


「兄上は残らねばならぬ。

 血の濃き故に――さもなくば堅州国の母神に顔向けできぬ」


 最後の言葉に、荒ぶる神は息をつく。


「あれは未だ、豊葦原を恋うるか――

 望むものを違えるのは、神代の頃から変わらぬな」


 剣を下ろし、庇い合う兄弟神を一瞥する。


「あれに伝えろ。

 俺の邪魔をするなと――根の堅州国で大人しくしているがいい。

 女神にこれ以上関わるな。

 豊葦原はそなたのものにはならん。

 それはすでに、神代から定められたことだからだ」


 兄弟神の神気が揺らぎ、神威が満ちた。



 闇に溶けるように、兄弟神の姿は消えた――


 

 兄弟神が消えると同時に、

 荒ぶる神の神気も揺らいで消える。


「そなたたちも戻るがいい。

 穢れを祓えば神域は黄泉神を受けつけぬ。

 今まで通り、女神は安全だ」


 その言霊に、風は大気を巡り、闇の名残を払拭する。


 水は神域を穢す原因となった七冊の本を包み込み、

 水圧で切り裂いた。


 風と水が飛び込んで来たときのように

 うねりながら窓から出て行く。


 同時に、開いていた窓が一斉に閉まった。


 じっ、と音がして、館内の明かりが点いた。

 

 弟神の流した血はいまだ残っているのが、

 唯一、今までの出来事が幻ではない証だった。


 荒ぶる神は兄神がおいていった慎也に近づく。


 気を失ってぐったりと床に倒れている慎也の胸に手を当て、

 神威を送る。


 びくりと身体が震えて、目蓋が開いた。


「――」


「気がついたか」


 見下ろす見知らぬ男を見て、慎也は眉根を寄せる。


 外にいたはずの自分が図書館の中にいるのを

 怪しんでいるのが表情から見て取れる。


「あんた、誰?」


建速(たけはや)と呼べ。

 敵ではない。

 お前と美咲を護る者だ。

 惚れた女を護りきれぬところは、

 神代と変わらんのだな」


「? ――美咲さん!?」


 美咲の名前に、慎也は飛び起きる。

 辺りを見回す。


「カウンターだ。

 お前が意識をなくしている間に闇の遣いに襲われかけた」


「!?」


 慎也がカウンターに駆け寄る。


「美咲さん!?」


 美咲はカウンターに身体を投げ出した状態のままだった。


 両手足は磔られた時のまま投げ出され、

 上衣ははだけられたまま肌が露わになっていた。


 慎也が裂かれたシャツをかきよせる。


「美咲さ――」


 気を失っているのだろうと

 美咲の顔を見た慎也はぎょっとした。


 美咲の目は、開かれたままだった。

 虚ろな眼差しで、天井を見上げていた。


 涙が、止めどなく流れ、唇がわずかに言葉を紡いでいた。


「美咲さん?」


 耳を寄せ、言葉を聞き取ろうとした。

 美咲は小さく繰り返していた。


 違う、と。


「美咲さん、美咲さん?」


 頬を軽くたたき、美咲を正気づかせようとしても、

 美咲は虚ろに泣きながら、違うと繰り返すのみ。


「どけ」


 低い声が、慎也の背後から響いた。


 大きな手が美咲の顎を掴み、覗き込む。


 舌打ちが聞こえた。


「悪しき言霊を吹き込まれたな――」




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