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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第二章 集神ーつどう神々ー

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9 想縁


「お姉様、待って」


 先を行く姉比売を、妹比売は小走りで追いかける。


 岬へ向かう林の茂みを、姉比売は足早に進んでいる。


 断崖にぶつかる波の音が遠くに聞こえる。

 風が渡り、潮騒と混じる。


「本当に行ってしまわれるの?

 父上様が、今日は大事なお客様がいらっしゃるから

 御相手をするようにとおっしゃっていたのに」


 美しい艶やかな黒髪をひらめかせて、姉比売は先を急ぐ。


「だって、愛しい方との半月ぶりの逢瀬ですもの。

 だからそなたに頼んだのよ。

 大丈夫、私のふりをしていて、にこやかに相槌をうっていれば」


 頬を染めて急ぐ姉比売に、妹比売はさらに問う。


「お子もいらせられるのに、なぜそのように隠れてお逢いになるの?」


 そこで、姉比売はようやく歩みを緩める。

 振り返りながら、追いついた妹比売と今度はゆっくり肩を並べて歩く。


「だって、正式に妻となったら、根の国に行かなくてはならないもの。

 私はそなたと離れないわ。ずっと一緒なの」


 息を整えながら、妹比売は不安げに問う。


「私のために、嫁がれないの……?」


「そうじゃないわ。私がここにいたいのよ。

 あの方を愛するのと同じ気持ちで、

 この豊葦原の中つ国を、

 そなたを――国津神を愛しているから」


 朗らかに答える姉比売は、大輪の花のように輝いていた。


「あ――」


 背の高い、愛しい背の君の姿を視つけると、

 姉比売は歓喜の声を上げてかけより、その胸に飛び込んだ。


 すぐにくちづけが交わされる。

 そのまま、草の上に倒れ込んでいく。


 妹比売は驚いて目を視張った。


 すでに自分のことなど目に入っていないようだ。


 頬を染め、静かにその場を後ずさる。

 それから、急いでその場を走り去る。


 半月ぶりだと言っていたから、

 これから何が始まるのかはまだ夫のいない妹比売でもわかる。


 だが、姉のそのようなところを視てしまい、動揺する。


 幸せそうな姉を視て、嬉しい反面、複雑だった。



 いつか自分にも、姉のように愛する方が視つかるのだろうか。



 走りながらそのようなことを考えていると、

 突然、大きな手が自分の腰を捕まえた。


 驚きのあまり、身体が竦み、声が出ない。



「大丈夫か? 誰かに追われているのか?」



 心配げな声が上からかかる。


 咄嗟に袖で顔を隠しつつ、

 おそるおそる首を横に振る。


 ほっとしたように、息をつく音がした。


「追い立てられるように走ってくるから、

 不埒な輩に襲われているのかと勘違いした」


 男神は、妹比売から手を放し、走ってきた方を向く。


「この先に、何かあるのか」


「いいえ。この先は、何もございませぬ。ご遠慮くださいませ」


 必死で答える妹比売に、何やら思うところはあったものの、

 男神はそれ以上は問わなかった。


「麗しき乙女よ。そなたの名を、教えてくれ」


「――大山津見命(おおやまつみのみこと)が娘、神阿多津(かむあたつ)と申します」


 咄嗟に、姉比売の名を答えてしまう。


「そなたが大山津見命の娘御か。

 では、木之花咲耶比売(このはなさくやひめ)と呼ばれているのはそなたか?」


「それは――」


 姉の名だと言おうか迷い、顔を上げるが、言葉を無くす。

 頬に触れた手が、あまりにも優しくて。


 涼やかな目元が、麗しい。

 とおった鼻梁。

 唇は柔らかく笑みを刻んでいる。


 国津神ではない。


 神気が、違う。



 この方は――天津神だ。



「噂通り、咲く花のように美しい――」


 何という美しい方だろうと、妹比売の方が思った。


 天津神というのは、皆このように美しいものなのか。


 目を奪われる。


 本当に自分の目の前にいるのか、

 手で触れて確かめたい衝動にかられた。


 それは、目の前の天津神も同じだったらしい。


 躊躇う妹比売と違い、天津神は衝動を堪えなかった。


 空いているもう一方の手を伸ばし、

 妹比売の白く滑らかな頬に触れる。


 そうして、引き寄せながら、自らも顔を近づける。


「――」


「――」


 唇が触れたとき、喜びに身体が震えた。


 優しいが親密な触れ合いに

 甘く痺れるような感覚が募る。


 今くちづけをやめたら、死んでしまう――そう思った。


 くちづけが深くなるにつれ、脚の力が抜けていく。


 天津神が再び腰を引き寄せ抱きしめると、

 その力強さに我に返り、逃れようと身動いだ。


「比売――?」


「お離しくださいませ……このようなところで……」


 恥じらって顔を隠す仕草がまた天津神の心をかきたてるのだが、

 妹比売は羞恥でそれどころではない。


 天津神は渋々とではあるが、抱きしめていた腕を緩めた。


 そして、

 妹比売の潤んだ淡い色の瞳を視つめながら

 跪いて真摯に告げた。


「そなたを妻に迎えたいのだが、よいだろうか」


 突然の求愛に、妹比売は咄嗟に言葉を返せない。


 しばし唖然とし、それから、頬を染め、

 辛うじて答える。


「父に――父にお尋ねになってくださいませ」






 帰り道、美咲は慎也といつもの道を通ることを

 一瞬だけ躊躇った。


 昨日のことを思い出したからである。


「どうしたの、美咲さん」


 相も変わらず目聡い慎也は、

 美咲の微妙な変化をすぐに感じ取った。


 昨日、見知らぬ誰かに追いかけられたことを、

 美咲は慎也に話していなかった。


 斉藤親子の労りと、慎也に逢えた喜びで、

 すっかり忘れていたのだ。


「何でもないわ。早く行きましょう」


 進もうとする美咲を慎也が腕を掴んで引き留める。


「何かあったんでしょ。話して」


「何でもないわ。手を放して。誰かに見られちゃう」


 見上げると、真っ直ぐに美咲を見据えている。


「じゃあ、話して。でなきゃ、このまま歩いてく」


「――」


 こういう顔をしているとき、慎也は一歩も譲らない。


「わかったわ。歩きながら話すから、手を放して」


 ようやく手が放される。


 足早に歩きながら、

 美咲は昨日の出来事を大げさにならぬように話した。


「ふうん」


 低い声がもれる。


「そんな大変なことがあったのに、

 昨日俺には話してくれなかったんだ――」


「だって、無事だったし、大したことじゃないと思ったから」


「追いかけられたのに、大したことじゃないんだ!?」


「勘違いかもしれないでしょ?

 結果的に斉藤さんと綾さんがいてくれて、何にもなかったし」


「追いかけられたのに、何にもない? 勘違いかも!?」


 言えば言うほど、墓穴を掘っているような気がするのは

 決して気のせいではないだろう。


 慎也の声音が、いつもと違って低く、

 険しいものになっているのが、それを裏付けている。


「どうして美咲さんは、そう無防備なのかなあ。大人のくせに」


 残りの道は、腕を掴んで慎也が足早に歩いていく。

 美咲はついていくのが精一杯だった。


 そのままアパートの階段を上り、部屋の前まで来ると、

 美咲を前に押し出した。


「――」


「開けて」


 短い言葉に、美咲は逆らうこともできず、

 バッグのサイドポケットから鍵を取り出して開ける。


 ドアを開けて先に入らされる。

 続いて慎也が入ってくる。


 ドアが閉まるなり、慎也は鞄をその場に落とし、

 左腕で美咲を抱きすくめた。


 カチリとドアをロックする音がして、

 背後から慎也が体重をかけてくる。


 そのまま美咲はたたきに膝をつかされる。


「ちょっと、どうしたの?」


 美咲の問いには答えず、

 さらに背後から体重をかけられると、

 美咲が咄嗟に両手を床についても支えきれない。

 


「慎也くん? なんで――」


 慎也は美咲の問いかけに全く答えない。


 窓からもれる外の明かりだけで、

 ほとんど暗がりの中、美咲は混乱した。


 美咲の床に着いた手はぶるぶると震え、

 最後には身体はそのまま床にねじ伏せられた。


 乱暴な動きに、美咲は脅えて逃れようと身を捩った。


「やめて、やめ――」


 左手が、美咲の口元を覆った。


 驚いて美咲の動きが止まる。


 そのまま右手がさらに美咲を拘束する。


 触れているのは慎也の手のはずなのに、

 別の誰かのようで、恐怖に鳥肌が立つ。


 口元を覆っていた手も加わり、

 美咲は全く身体を動かせなくなった。


「やだ、怖い! やめて!」


 美咲は、声を殺して泣き出した。


 そこでようやく、慎也は美咲の身体から手を放した。


 明かりがつけられる。

 突然明るくなった視界に、慎也が入ってくる。


「俺が触ってたって、こんなに嫌がるでしょ。

 他の男だったらどうするの?

 泣いたって、途中でやめてなんてくれないよ」


 美咲を抱き起こすと、慎也は靴を脱がせた。


 ベッドまで連れて行って座らせると、

 今度はこちらの部屋の明かりをつけ、キッチンに向かう。


 冷蔵庫からミネラルウォーターをグラスに入れて戻ってくる。


「はい」


 グラスを受け取った美咲は、そのまま飲み干した。

 冷たい水が、心を落ち着けてくれた。


 空になったグラスをテーブルの上に置くと、

 慎也は美咲の前に膝をついて視線を合わせた。


 震えている腕を優しくさする。


「約束して。

 一人の時は、もう絶対あそこは通らないって」


「……約束、する……」


 ほっとした顔で、

 慎也は身を乗り出して美咲を抱きしめた。


 いつもの優しい慎也で、

 美咲は泣きながらぎゅっとしがみついた。


「ごめんね、美咲さん。好きだよ」


 背中をあやすように撫でる手も、

 どこまでも優しくて、美咲は安堵した。


 しばらくそうして抱き合っていた二人だが、


「やばい」


 おもむろに慎也が呟く。


 身体を離して慎也を見ると、

 慎也は困ったように美咲を見つめている。


「泣いてる美咲さんも可愛いから、

 このままだと俺の理性がもたない」


 唇に、ついばむような優しいキスが落とされる。


「このまま帰った方がいい? それとも、いていい?」


「……帰らないで」


 美咲の言葉に、慎也が嬉しそうに問い返す。


「ホントに?」


「でも、優しくして。さっきみたいなのはいや」


「了解」


 もう一度、今度はいっそうゆっくりくちづけられる。


 そして、部屋の明かりが消えた。





「女神が独りになる時はないのか?」


 苛立たしげな声音がもれる。


「いつでもどこでも国津神の気配がする。

 護りが強すぎる。

 これでは闇の遣いに手の貸しようもない」


 大柄な男神の後ろに控えていた随神が応える。


「国津神を出し抜くとしたら、あの図書館でしょう」


「何故に? あの場所は神域だとそなたが申したのだぞ」


「神域だからこそです。

 内側から気づかれずに穢してしまえばよい」


「策があるのか――?」


「お任せください、兄上。

 国津神を出し抜いてやりましょうほどに」





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