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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第二章 集神ーつどう神々ー

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8 巡縁


「根の国の様子は、如何であった?」


「どうやら、黄泉神と手を組んだご様子」


「やはりな――」


 苦々しげに、女神は首を軽く振った。


 豊葦原を追われ、封じられし後、

 かの女神はずっとこの時を待っていたのだ。


 いかなる御業か、太古の女神が黄泉返り、

 それとともに国津神が目覚めた。


 同時に、現世と失われた神代が再び重なった。


 美しき豊葦原の中つ国が、神霊の満ちる国が甦った。


 ここは神々の国。


 そして、

 かつて山津見の国津神の幸わう国だった。


 高天原より天孫の日嗣の御子が、天降ってくるまでは。


 取り戻したいと願う心はわかる。

 我々国津神はこの地を愛するように定められているのだから。


 天津神々の領界である高天原は、

 我々とは異なる故に、未だ現世とは重ならない。


 同じ太古の女神から産まれながら、

 永遠に異なる――それが、国津神と天津神。


(くら)に伝えよ。

 根の国の動きを引き続き探れと。

 この豊葦原は我々の領界。

 黄泉神の好きにはさせぬ」


「御意に――比売様、申し上げにくいのですが、一つお話が」


「許す、申せ」


 女神の美しい顔が怪訝そうに目の前に控える男を視下ろした。

 が、言霊を聞き、すぐに表情が引き締まる。


「妹の神霊を視つけただと?」


「黄泉返ったために、記憶は失われておりますが、おそらく」


「――おそらく? しかとはわからぬというのか」


「神気が、感じ取れませぬ。

 只人でないのはわかります。

 我ら山津見の国津神にとって特別な方だということしか。

 となれば黄泉へ降られた妹比売しかおりますまい」


「連れて往け」


「は?」


「今すぐ私が確かめる。妹の元へ、連れて往け!」


 立ち上がりざまに、濡れ羽色の長く艶やかな髪が揺れる。


「お待ちください。

 その前に、これも申し上げにくいのですが……」


「許す。申せ」


 逸る気持ちを抑えつつ聞いていた女神の顔色がさっと変わる。


「なんだと?

 あの憎き天津神も妹の傍らにいるというのか!?」


「は、天津神で在られることは間違いなく。

 ですが、こちらも神気を感じ取れませんでした。

 お二方とも奇妙な気の揺らぎは感じるのですが……」


 困惑したような男の声に、女神は拳を震わせた。


「許さぬ――過ぎし世では、

 あやつのせいで妹は無惨にも死なねばならなかったのだ。

 今さらどのような顔で妹の傍にいられるのだ?」


 震える指先。

 蒼白な顔。

 こぼれる涙。

 絶望に満ちたあの表情。


――お姉様……あの方に伝えて……

  御子は、確かに貴方様の御子であったと。

  決して国津神の子では御座いませんと……


――そのように言われたのか?

  そなたの子が国津神の子であると?


 あのときの屈辱を、悲しみを、怒りを、

 永い時が過ぎた今でも、

 昨日のことのように思い返せる。


 自分の半分を、喪ったのだ。


 その傷は、

 どれほど時が過ぎても、

 埋めることも、

 消すことも、

 忘れ去ることもできなかった。


 あの男神だけは、絶対に許さない。


「私は妹を護る。今度こそ、誰にも奪わせはしない――」





「今日は一緒に帰れない」


 カウンターに来て、珍しくそう言った慎也に、

 美咲は内心驚いた。


 昼休みが始まったばかりなので、学生はいない。

 一般の利用者も午前中に帰り、まだ来ていなかった。


 またタイトルのわからない本を借りに来た慎也の

 貸し出し処理をしながら、さりげなく聞く。


「何かあるの?」


「――三者面談」


 つまらなそうに言う慎也は小さく息をついた。


「うちの親、外資系の会社に勤めてるって前言ったよね。

 海外出張も多くて、空いてる日がとれないんだ。

 で、今日いきなり空いたから、今日面談ってことになったんだ。

 しかも、七時からって」


「仕方ないわよ。

 じゃあ、今日は親御さんと帰ってご飯食べれるのね。

 よかった」


「ちっとも良くない。美咲さんのご飯が食べたい。

 どうせ外食になるに決まってる。

 うちの母親料理下手だし」


「そういうこと言わない」


 レシートを本に挟み、差し出すと、

 慎也は本ではなく、美咲の手を掴んだ。


「――」


「夏休みになったら、また美咲さんとこ泊まっていい?

 ずっと一緒にいたい」


「――お家の方が、変に思うんじゃ」


「帰ってこないんだから、変に思うわけ無いよ。

 帰ってきたって、夜中で、着替え取りに来るだけだよ。

 簡単なメールがきて終わり。『チェーンかけるな』って。

 俺がいつもチェーンかけてないのにさえ気づいてないし、

 大丈夫」


「――」


 どうも慎也の家庭環境を聞かされるたびに、

 美咲は慎也が不憫に思えてそれ以上何も言えなくなる。


 本人が何とも思っていないところがまた問題だ。


 それとも、

 ひねたりせず真っ直ぐに育ったことを喜ぶべきなのか。


「夏期講習はあるのよね。真面目に出るんなら、いいわ」


「出る出る。ありがと、美咲さん。すごく嬉しい」


 空いている方の右手で本を受け取ると、

 掴んでいた美咲の手を引き寄せ、指先にキスをした。


 その素早さに、美咲は怒る間もなかった。


「じゃあね、美咲さん。好きだよ」


 にっこり笑うと、慎也は校舎へと戻っていった。


 何だか、自分はどんどん慎也に甘くなっていっているような気がする。


 こんな調子で卒業まで保つのだろうかと、

 なんだか心配になってきた。


 そんなことをつらつらと考えていると、

 一般用のエントランスから誰かが入ってきた。


「すみません。

 本を借りたいのだけれど、カードを作っていただけるかしら」


 そう美咲に声をかけたのは、とても美しい女性だった。


「は、はい。こちらに記入をお願いします」


 長く真っ直ぐな黒髪が人目を惹く。


 二十代後半に入ったばかりだろう。


 きりっとした目元が微笑むととても印象的で、

 ノーメイクにも見えるのに、肌の美しさが際だっていた。


 登録票を見ると、丁寧な字で、

 坂崎綾(さかざき あや)と書いてあった。


 滞りなくカードを作り、

 案内のパンフレットとともにカードを渡す。


「ありがとうございます」


 笑って受け取ると、女性は書架の方へと移動し、

 数分後二冊の本を持って戻ってきた。


 美咲が貸し出し処理をしている間に、


「父がここをよく利用しているって聞いたけど、

 本当に素敵な図書館ね」


 気さくに話しかけてきた。


「そう言っていただけて嬉しいです。

 またのご利用お待ちしております」


 去っていく後ろ姿も伸びた背筋が美しかった。


 坂崎という苗字に覚えはなかったが、

 左手の薬指に結婚指輪があったので、

 父親とは苗字が違うのだろう。


 今度常連の誰なのか聞いてみてもいいかもしれない。


 素敵な女性だったなと、美咲は息をついた。






 珍しく一人で帰る帰り道。


 美咲はいつも慎也と一緒に帰っている道を進んでしまった。


 大通り以外、女の一人歩きは危ないという

 慎也の言葉を思い出した時には、

 すでに引き返すには遅かった。


 静かなその道に、今美咲は一人だった。


 うっかりしていた。

 最近はほとんど慎也と帰っていたから。


 共働きの家庭が多いのか、

 明かりのついている住宅はほとんどない。


 街灯も間隔が遠すぎて薄暗かった。


 そして何より、足音が、二つしか聞こえない。


 一つは勿論自分のものだ。


 しかし、もう一つは美咲の背後からだ。


 誰かが、後をついてくる。


 学校での出来事を思い出し、美咲は背筋が震えるのを感じた。


 気のせいかもしれないと心の中で言い聞かせるも、

 何かが違うような気もした。


 バッグの肩紐に手をかけると、美咲は意を決して走り出した。


 背後の足音がついてこなければ、気のせいで終わっただろう。


 だが、後ろの足音も、速度を上げたのがはっきりとわかった。


 いつもは曲がらない横道の角を曲がり、大通りへと急ぐ。


 その時。


 手前の家の門扉が開き、誰かが出てきた。


 ぶつかると思った美咲は思わず速度をゆるめたが、

 間に合わなかった。


「きゃあ!!」


 美咲はぶつかった衝撃で、その誰かに咄嗟にしがみついた。


 ぶつかられた相手は、見越していたのか、美咲を抱きとめた。


「ちょっと、大丈夫?」


 女の声に、美咲は驚いて顔を上げた。


「あら、あなた――」


 門灯の明かりの下で驚いて自分を見下ろしているのは、

 今日のお昼に本を借りに来た坂崎綾だった。


「おや、藤堂さん」


 綾の後ろにはなんと、図書館の常連の斉藤がいた。


 なぜ二人とこんなところで遭遇したのかはわからないが、

 美咲にはそれよりも見知った顔を見て心底安堵した。


「顔色が悪い、どうしました?」


 斉藤が心配げに聞いてくる。

 美咲ははっと、後ろを振り返る。


「だ、誰かに、追いかけられて――」


「何ですって!」


 綾は顔色を変えて美咲の背後に目をやった。


「お父さん、ここお願い」


 美咲を背後の斉藤に任せると、

 綾は美咲が走ってきた方向に駆けだしていった。


「あ、危ないです」


 慌てて言ったものの、

 すでに綾は角を曲がって見えなくなっていた。


「心配いりません。

 ああ見えて、娘は柔道と空手の有段者なんです。

 そこらの男よりずっと強いので」


「そ、そうなんですか……」


 安心したのか、

 膝から力が抜けてその場に座り込んだ。


「大丈夫ですか?」


 斉藤もしゃがみ込み、目線を合わせる。


「大丈夫です、久々に走って、ちょっと、力が……」


 そうは言ったものの、身体は恐怖に震えていた。


 数分して、綾が戻ってくる。


「だめ、それらしい人影はなかったわ」


「角を曲がったところであきらめたか、

 おまえの勇ましい足音で逃げたのかな」


「可哀想に、怖かったでしょう?

 家で少し休んでいくといいわ」


 まだ震えを止められない美咲は、素直に綾の言葉に従った。


 外観の日本家屋を裏切らず、家の中は、畳敷きの和室だった。

 その上に上品なカーペットが敷かれてあり、

 ソファとテーブルが置かれている。


 一昔前の和洋折衷な家具が、意外にもしっくりと合っていた。


「座ってください」


「紅茶でいいかしら」


「ありがとうございます。本当に、とんだご迷惑を」


「何言ってるの? 良かったわ、外に出てみて」


 綾はちょうど二階のベランダで

 忘れていた洗濯物を取り込んでいる途中だった。


 走ってくる足音がただごとではないふうに聞こえたので、

 父親を呼んで外に出てきたところを、

 角を曲がって走ってくる美咲と鉢合わせたのだという。


 台所で結わえたのか、先ほどまで長くたらしていた髪が、

 今は後ろで簡単に纏められている。


 紅茶の香りがあたりに漂う。


「どうぞ。あんまり熱くないからすぐ飲めるわ」


「ありがとうございます」


 美咲は白磁に桃色の花をあしらったティーカップに手を伸ばす。

 ソーサーに置かれたカップの温もりを確かめるように手で囲んだ。


 熱すぎず、冷たすぎず、今の美咲にはちょうどいい温度だった。

 カップの温かさに、指先の体温が戻ってくる。


 一口飲んで、大きく息をついた。


「お茶請けもあったんだわ。持ってくるわね」


 慌てて台所へ戻り、何やらがさごそと物色するような音がする。


「お父さん、この間のパウンドケーキどこ?」


「おまえが戸棚に入れたんだろう」


 台所からかかる声に呆れるように答えて、

 苦笑しながら美咲に向き直る。


「すみませんね。慌ただしい娘で」


「いえ。素敵な娘さんです。

 今日、図書館に本を借りにいらしてました。

 お父様もここをよく利用しているとおっしゃってましたが、

 斉藤さんのことだったんですね」


「嫁に行ったんで、苗字は変わりましたが、

 仕事の休みには何かと世話を焼きに来てくれています。

 いつもはうるさくて歓迎しないんですが、

 今日は来てくれて本当に良かった」


 綾がパウンドケーキを切って、

 ティーカップとおそろいの模様のプレートにのせて戻ってくる。


「一緒に暮らそうって言ってるのに、嫌だっていうのよ。

 美咲さんからも何とか言ってやって」


「自分のことは自分でできるし、

 孫もまだの夫婦の世話にはなりたくないさ」


「まあ、誰も孫の顔見せないなんて言ってないわよ。

 ただ、お互い仕事が楽しくて。

 あと三年ぐらい待ってくれたら見せれるかも」


「待ってる間に母さんのとこに逝っちまう」


「お生憎様。あと十年は大丈夫。

 そんな憎たらしい口きけてるもの」


 ぽんぽんと掛け合いが続く親子を見て、美咲は知らず微笑んでいた。


 そんな美咲に気づいて、斉藤と綾も都合が悪そうに目を見交わす。


「ごめんなさいね、いつもこんな調子で」


「――いえ、仲がよろしいんですね」


「喧嘩するほどってやつよ」


 笑って、綾は斉藤の空いたカップに紅茶を注いだ。


 それから三十分ほど斉藤と綾と楽しくおしゃべりをして、

 美咲は斉藤家を出た。


 二人は美咲を心配して、大通りまで送ってくれさえした。


 並んで、美咲が振り返るたびに手を振ってくれる様子は、

 とても仲の良い親子で何だか羨ましかった。


 人通りの多い大通りの商店街の明かりは、

 賑わっていて先ほどの怖さを消してくれた。


 一人の時は、今度から絶対大通りを歩こうと決めたその時、

 美咲は携帯がメールの着信を告げる音を聞いて、

 慌ててバッグから取り出す。



 慎也からだ。



『今どこ? 面談終わったから、アパートの前にいる。』


 胸が熱くなる。

 すごく嬉しい。


 急いで返信する。


『帰り道よ。五分で着くわ。』


 そのまま、携帯を握って美咲は走り出した。






「確かに、あの子だわ」


 震えるような声に、斉藤が頷く。


「記憶がなくとも、私にはわかる。間違いなく、あの子だわ」


 永遠に、失ってしまったと思っていた。


 黄泉国からも消えてしまった妹を長い間捜してきたが、

 視つからなかったから。


 綾は泣きながら、斉藤にしがみついた。


「父上、あの子を護らねば。

 記憶がないのなら、それでもいい。

 今生では、決してあのように無惨に死なせない」


 娘を抱きしめ、斉藤は頷いた。


 複雑な思いが胸をよぎる。

 娘は妹の神霊だと言い切った。


 だが、自分にはそれに重なるように別のものが感じられた。

 確かに懐かしく、愛おしい。



 あの神霊は――



「だが、幸せそうだ。あの方と一緒なのだろう?

 今生では幸せになれるのではないか?」


「いいえ、あの男だけは許さない。

 あの男は、妹を裏切った。

 何度でも、また裏切る」


 美しい瞳から涙が止めどなく流れ、

 嬉しさと悲しさと愛しさと切なさがない交ぜになる。


「あんな思いは一度で充分よ。

 もう誰にも、あんな風に奪わせないわ――」




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